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カスタムドール  作者: 神崎 凛
序章 見知らぬ天井
4/18

ミッション

 さて、どうしてくれようか。


 寝室よりふた回りほど広いリビングの中。用意されていた椅子に座り込んだ俺は、2メートルほどの距離を保ったまま林檎を齧るミゥの様子を眺めつつ、先ほど受け取った林檎を齧っていた。


 リビングの中には大きなテーブルが一つと椅子が二つ、他には大きな木箱があるだけ。絨毯が敷かれてはいるが、他に家具らしいものは何もない。がらんとした室内にぽつんと取り付けられた大窓からは、燦々と光が差し込んでいる。寝室のものとよく似た絨毯もどこかゴワゴワとしていて、触り心地はあまり宜しくない。部屋の改築もこのゲームのやり込み要素の一つなのだろうか。


 そんなリビングにある扉は二つ。一つは寝室、もう一つは玄関だ。

 風呂トイレや台所も無しの2ルーム。生活するには何かと不便な物件である。


 まぁ、狭い家だが家具を揃えれば住めないこともないだろう。


 ちなみにミゥが抱き抱えていた果物はまとめて木箱の中に入れてある。

 ミゥくらいの小さな子であれば、中に寝そべることも出来そうなほどに大きな箱である。見た目はゲームなどで見慣れた質素な宝箱といった具合で、円柱を半分に切ったような蓋が付いているものだ。テーブルの上に鎮座していたラビに尋ねてみたところ、室内でのみ利用できるアイテムボックスであるとの返答が返ってきた。


 蓋を開けて果物を入れてみるとノイズとなって消滅し、空っぽに見える箱の中に手を入れようとすると大きなインベントリが現れる。そこには、果物のアイコンがずらりと並んでいた。メニュー欄から開けるインベントリの三倍ほど容量が大きなものである。恐らくは倉庫として利用しろということなのだろう。


 隠し機能かどうかは知らないが、箱をひっくり返すと中身が全て実体化し、そのまま床に散らばってしまうようだ。ミゥはこの事にいち早く気づいて中の果物を取り出し、食べようとしたのだろう。ちなみに果物を指で二回叩くことで俺のメニュー欄から開けるインベントリに移すこともできた。


 それにしても、ドールというからには人形なのだろうが、果物なんか食べて大丈夫なのだろうか。人形ということはつまり、あの体の中には消化器官なんてものは無いはずだし、そもそも味覚があるのかどうかすら定かではないが、まぁこの辺りは考えてはいけない疑問なのだろう。


(にしても、この距離はどうにかならないもんかね……)


 つい先ほど、頭を撫でる程度の軽いスキンシップには成功したが、結局あの後逃げるように距離を取られてしまった。予想はしていたが、やはり逃げられると少し心に刺さるものがあるな。警戒も解れたと思ったのだが、やはりそう甘くはないか。


 それからというもの、ずっと距離を保ったままである。

 一歩歩み寄ると、ミゥは一歩遠ざかる。二歩歩み寄れば二歩遠ざかる。この子なりに安全な距離を保とうとしているのだ。壁際に追い込んだり、駆け寄ったりすればあるいは……いや、やめておこう。無闇に近寄って怖がられては逆効果だ。この距離を保っている間は逃げる素振りも見せないし、ここからミゥの様子を眺めているだけでも案外楽しいので問題はない。


「ミゥ、おいで」


 来ないと分かっていても、つい呼んでしまう。

 ミゥは林檎を齧るその動きを止め、じっと視線を向けてくる。この子は、声をかけると必ず俺の方を向いて数秒ほど俺を見つめてくるのだ。俺に興味関心を示さず、ただ警戒しているという訳ではない。言葉を交わすことはなくとも、その返事代わりの視線がひどく愛おしく思えた。


 やがてぷいと顔を逸らして林檎を齧る様子を眺め、俺は思わず口を緩める。

 あぁ、もう、可愛いなぁ。本当にもう、どうしてくれようか。


 そんな一方通行な触れ合いをしていると、再びラビのメッセージが表示された。


『チュートリアル:ドールについて②』

『ドールは貴方の娘であり、姉妹であり、恋人であり、友であり、従者です。

 愛し方は貴方次第。如何様に接しようとも、ドールは必ず応えてくれるでしょう』


 ……色々とツッコミどころはあるが、敢えてスルーしておく。

 生まれたばかりということは、いわば真っ白なノートのような状態なのだろう。


 甘やかして育てればわがままになるだろうし、厳しくすればそれなりに真面目な子になるのかもしれない。ということはつまり歪んだ知識を植え付ければそれ相応に……? いや、考えるのはやめよう。そういう育て方もあるというだけでそんなことをする必要はない。俺はとことん甘やかして育てると決めているのだ。この子のためにならないとか、将来が云々とか、そんなことは関係ない。何故なら、この世界はゲームだからだ。


 それはそうとキャラメイク画面で設定した性格は反映されているのだろうか。

 まだ顔を合わせて間もないからよくわからないだけか、それともあの時に設定した性格はその方向に性格を傾けるだけで実際には変わりないのか、その辺も後でラビに聞いてみることにしよう。


「……」


 林檎を食べ終えたミゥは名残惜しげに目を伏せ、残った芯をぽいと放り投げた。

 ゴミを散らかすのは流石に叱るべきかと立ち上がろうとした俺の目の前で、林檎の芯はノイズとなってかき消された。アイテムとしての効力を失ったものはその場で消滅してしまう仕組みになっているらしい。


 中途半端に立ち上がった俺の行き場のない手が虚空を彷徨う。

 怪しいものを見るようなミゥの視線を笑って誤魔化しつつ、俺は再び椅子に腰掛ける。


 さて、これからどうしようか。


 ラビのメッセージも表示される頻度が減ってきている、ということはつまりチュートリアルの終了も近いのだろう。となればようやく本格的な活動を開始できるのだろうが、こういったゲームは如何せん目的が曖昧でマンネリ化しやすい。本格的に活動を始める前に、まずは当面の目標を立てておかねば。


 先ほど聞いた話によれば、マナの欠片というものを集める必要があるらしい。


 ソーシャルゲームでガチャを引くために使う石のようなものなのだろう。このゲームの主人公たる俺は何らかの理由――恐らくは立派な人形師になるために、それを集めなければならない。それはわかる。だがそのマナの欠片というアイテムはどうやって入手し、どのように使うものなのか。それらしきメッセージは先ほど見たような気もするが、忘れてしまった。まずは情報収集をするべきだろうか。


「なぁ、ラビ。マナの欠片ってどういうものなんだ?」


『ヘルプ:マナの欠片について』

『キーアイテムであるマナの欠片は様々な状況で稀に入手できます。入手したマナの欠片には様々な使い道があり、複数個所持しているだけでドールとの生活がぐっと豊かなものになります。ドールと共に各地を巡り、マナの欠片をたくさん集めましょう。(主な入手方法:ミッションのクリア、敵性エネミーの撃破など)』


 そのメッセージをごく自然に読み進めていた俺は、思わず二度見してしまった。


「なぁ、この敵性エネミーってなんだよ。モンスターでも出るってのか?」


『ヘルプ:敵性エネミーについて』

『街の外に広がるフリーフィールドには敵性エネミーが生息しています。

 撃破すると通貨である【G(ゴールド)】やマナの欠片、パーツなどが入手できます』


 あぁ、普通にモンスターとか出てくるのか。そういうゲームじゃないだろこれ。

 平然と表示されたメッセージに物申したくなる気持ちを抑え、イラついても仕方ないと自分に言い聞かせる。これはゲームではあるが普通ではないのだ。俺の中の常識を当てはめるのはやめよう。虚しくなるだけだ。

 

 それはそうと、この状況でまず調べるべきはミッションか。

 ひとまず俺は指を鳴らしてメニュー画面を開き、それらしき項目を探す。


「『ミッション一覧』……これか」


 アイテム一覧やらショップの利用やらの項目に紛れていたそれを押すと、いつの間にか追加されていたミッションらしきものがいくつか並んでいた。これらをこなすことで新しいミッションが追加されていくのだろう。序盤だし、そこまで難しいミッションではないはずだが……


『チュートリアルミッション01:ドールを作成しよう(達成済み)』

『チュートリアルミッション02:ドールと触れ合ってみよう(達成済み)』

『チュートリアルミッション03:街にいる【NPC:ファベル】と会話しよう』


 三つあるミッションのうち二つが既に達成済みということになっている。

 達成済みというからには、報酬とか貰えるのだろうか。


 俺が喜々として達成済みの項目に手を触れると、ミッションの詳細が表示された。

 

『チュートリアルミッション01:ドールを作成しよう』

『達成条件:キャラメイクを行い、ドールを完成させる。1/1体(達成済み)

 達成報酬:5000G 家具チケット(銀)×3 ラヴポーション×5』


『チュートリアルミッション02:ドールと触れ合ってみよう』

『達成条件:ドールとの会話およびスキンシップを成功させる。1/1回(達成済み)

 達成報酬:5000G アイテムボックス拡張チケット×1 金の鍵×1 マナの欠片×1』


『達成報酬をまとめて受け取りますか?』


 表示された選択肢。俺は迷うことなく『はい』を選択する。

 するとメニュー画面ごと全てのウィンドウが消滅し、どこからともなく現れた豪華な黒い箱がズンと音を立てて床に落ちた。形はアイテムボックスとよく似た宝箱だが、アイテムボックスと比べるとかなり小さく、そのカラーリングも黒塗りに金枠と中々に派手だ。


 突然現れたその箱に驚きながらも興味津々な様子で近寄ってきたミゥの様子を眺めつつ箱を開け放つと、まず目に入ってきたのは大量の金貨。ピカピカの金貨はその一つ一つが煌びやかな光を放っており、非常に眩しい。ゲームでしか見たことないような金貨の山を前に俺は思わず「お、おぉ……」と情けない声を漏らすことしか出来なかった。


 この金貨は報酬の中に含まれていた通貨なのだろう。

 総額は10000Gになるはずだが、これはもしかしてこの金貨が一万枚あるのか?


 いや、この様子だと流石に一万枚は無さそうだ。せいぜい千枚くらいか。


 その輝きに目を細めながら金貨を漁ってみると、やはり大量のコインということもあり、ゲームセンターのメダルゲームで大量のメダルをジャラジャラしたときの感触とよく似ている。金貨一枚の大きさは百円玉ほどで、小さな箱にぎっしり詰まっているのだ。俺への警戒も忘れて箱を覗き込んだミゥはその瞳をキラキラと輝かせ、声にならない吐息を漏らしている。畜生、可愛いなこいつ。


 しかしこれが達成報酬ならば、この箱の中身は金貨だけではないはずだ。

 とりあえず箱をひっくり返して金貨の山を床にぶちまけ、かき分けてゆくと、何やらどぎついピンク色の液体が詰まった小瓶やら、輝く銀色のチケットやら、鍵やらと色々なものが一緒に埋まっていた。これが報酬に書いてあったアイテム類とみて間違いないだろう。


 用途はまた後で確認するとしよう。金貨も箱に戻しておかないと。

 俺は手に入れたアイテム類をまとめてアイテムボックスへと移してゆく。


 そして、手元に残った宝石。七色に光を放つこれが、マナの欠片か。

 大きさは五センチほどだろうか。それを手に取った俺は窓から差し込む光に透かし、その眩い輝きに目を細める。透き通る極彩色の水晶はため息が出るほど美しく、金貨の山に負けず劣らず見事な輝きを放っている。


 ラビ曰く、これがストーリーのキーアイテムであり、これの収集が当面の目標になりそうだ。たくさん集めろとは言われたが、どれくらい集めればいいのか確かめておかないと……



「……」


 散らばった金貨にじゃれつくミゥはどこかご満悦である。

 手のひらで輝く小山に頬を寄せ、口を緩ませるその姿は愛らしい。



 ちなみにその後しばらく、金貨の山に手をつけることは出来なかった。

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