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カスタムドール  作者: 神崎 凛
序章 見知らぬ天井
3/18

触れ合い

「……まぁ、こんなもんだろ」



 キャラメイクを開始してからどれほどの時間が経ったことだろう。

 ようやく俺の思い浮かべた通りの姿へと生まれ変わったそれを見て、俺はふうと息を吐く。


 圧倒的ボリュームを誇るだけあって、コスチュームやアクセサリーを除いても構成する要素が多く、ついつい熱中して理想を追い求めてしまった。やはりこういうキャラメイクをメインに据えたゲームは熱中すると時間を忘れてしまうな。この空間には時計の類が無いため経過時間は不明だが、体感にして2時間程度は立ちっぱなしだったような気もする。不思議と足腰の疲れは感じないが、結構な長時間パネルと向かい合っていたことは間違いない。


 しかしその分、自分でも惚れ惚れするような出来栄えとなった。


 俺は達成感に思わず口元を緩め、完成したその姿を改めて眺めてみる。

 まず目に入るのは、調整の末に完成した濡羽色の美しい髪。


 元の髪色も十分に美しかったのだが、もっと美しく艶のある色合いを目指して調整を繰り返す末に、その髪はいつしか黒く艶やかな濡羽色へと変わっていた。もちろん、ただ黒いだけではなく、その先端にかけて夜闇のような濃紺に染まりゆくその色合いは見事である。ふわっと柔らかく広がるロングヘアとの相性も抜群。自分でも大満足の出来となった。


 きめ細かな白い肌の調整も中々に苦労した。なにせ肌色はどれも似たような色に思えて調整が難しかったのだ。艶やかな髪色によく映えるようにと、実際に様々な肌の色を試したのだが、最終的には、血の気がないほど白いわけではなく、かといって黄色人種の肌よりはよほど白く美しい肌の色へと落ち着いた。普通の人なら、肌の色なんてと思うかもしれないが、個人的には拘りたい箇所だったのだ。


 そして、何げに最も時間をかけたであろう顔つきは何度見ても完璧だ。

 顔は目や口元などのパーツの一つ一つの細部に至るまで調整することが出来、大きさや形などを決めるのだが、ここでまた非常に迷ってしまったのだ。無理もない。どう組み合わせても可愛らしくなってしまう。迷いに迷った結果、ベースとなった二号の面影はそのままに、調整前のちょっぴり生意気そうな幼女はより愛らしく、それでいてどこか美しく将来有望なお嬢様へと生まれ変わった。椅子に腰掛け、冷たく見下すような高圧的な態度がよく似合うことだろう。宝石のような輝きを秘めた真紅の瞳(ルビーアイ)もまた美しい。


 身長はさらに小さく125センチ程。

 170センチほどの俺と比べると、そこはかとなく犯罪臭漂う身長差である。


 義手のようなパーツも選択できたが、俺は敢えて人間に近いものを選んだ。


 性格は大量に用意されたテンプレートの中からいくつかを選択し、それらを組み合わせることで理想とする性格へ近づけてゆくという方式であった。俺がベースに選択した二号の傾向もあり、用意されたテンプレートはクール系の性格が多かったが、その中でも『無口』だけは外せない。ついでに『寂しがり屋』と『甘えん坊』を選択した。個人的な好みてんこ盛りである。俺は昔から年の離れたな無口な妹の面倒を見るのが密かな夢だったんだよ言わせんな恥ずかしい。


 趣味全開でいいじゃない。だってそういうゲームだろこれ。


 小さな身体に豪華な制服を身に纏うその姿はまるで、いいとこのお嬢様学校に入学したてといった具合か。数時間単位で全身を弄られたこの子からすればいい迷惑だろうが、やはりこういうキャラメイク重視のゲームは楽しいな。


「さて、と」


 操作パネルの下部に表示されているキャラメイク完了の文字に手を伸ばす。

 俺の指がその文字に触れると同時に、少し久々のラビメッセージがポップアップされる。


『キャラメイクを確定しますか? ※確定後は変更できません』


 最後にもう一度完成したその姿を眺め、選択肢の『はい』を押す。

 するとつい先ほど味わったものと同じ倦怠感が全身を包み、空間にノイズが走った。


 立ちくらみのような感覚に思わず膝をついた俺が再び目を開くと、そこは既に電子的な空間(メイキングルーム)では無かった。かといって先ほどの広く豪華な部屋でもなく、広さにして八畳一間ほどの質素な寝室の中であった。貼り合わせたような木の床に安っぽい絨毯が敷かれ、木製の家具が必要最低限設置されているだけの部屋である。ため息と共に立ち上がると、床はギシと音を立て、天井もそれほど高くない。なるほど、ここが物語の拠点となるわけか。


 ストーリーとやらを進めていくうちにこの部屋も改装を重ね、やがてはあの黒く豪華な部屋を作ることもできるのだろう。恐らくは、あの部屋に存在していた全てがとんでもない高級品だったのだ。チュートリアルで最高クラスのユニットを使わせてくれるソシャゲは確かに存在するが、それと似たようなものだろうか。


 兎にも角にも、まずは状況の整理とこれから何をすればいいかを考えなくては。

 ログアウト出来る可能性は……考えないほうが良さそうだ。気持ちを切り替えていこう。


『チュートリアル:マイルーム』

 貴方の部屋です。ドールとの触れ合いや、休眠、食事などを行えます。

 街に居る『NPC:クラリス』と会話することで改築および改装が可能です』


 やっぱりNPCもいるのか。街、ということは外出も出来るようだ。

 NPCというものは大抵わかりやすい場所に佇んでいるはず。そうでなくとも探すのはそこまで難しくはないだろう。外の世界がどうなっているのか、すぐにでも飛び出したい気持ちはあるが、まずは家の間取りを確認しておこう。俺が生み出したあの子もどこかの部屋にいるのだろうか。


「えーっと……」


 改めて部屋の中を見渡してみる。

 部屋の中には大人が一人寝れるほどのベッドが一つと、空っぽの本棚と小さな机、こじんまりとしたクローゼット。そして外へ通じる扉があるだけだ。恐らくはどれも安物なのだろうが、高級感あふれる部屋よりは過ごしやすいかも知れない。部屋の外に通じていると思わしき扉は少し開いており、その向こうからはガタゴト何かを動かすような音が聞こえてくる。向こうに誰かいるようだ。誰だろうかと考える必要は……なさそうだな。


 さてどうしてやろうかと考えながら扉を開け放つ。


「!」


 リビングらしき部屋で大きな木製の宝箱をひっくり返して食材を散らかし、林檎とよく似た真っ赤な果実を今まさに齧ろうとしていた少女がハッと振り向いた。艶やかな黒髪をふわりと翻し、宝石のような瞳を光らせるその姿は、メイキングルームで見るよりよほど美しく可憐で、俺は思わず言葉を失ってしまう。


――可愛い。可愛いじゃないか。

 

 創作をやっている人なら誰でも心当たりがあるとは思うが、出来上がった作品を後ほど見返してみるといまいちパッとしないことが多いのだが、決してそんなことはなかった。やはり俺の美的センスに狂いはなかった。地面にぺたりと座り込み、両手で林檎を抱えてじっと俺を見つめるその姿はまさに黒い天使と呼ぶにふさわしい姿である。


『チュートリアル:ドールについて①』

『生まれたばかりのドールには名前がありません。

 貴方が名前を呼ぶことで、ドールは自らの名前を認識します』


 突然のポップアップメッセージにも驚かない。何かもう慣れた。

 読む限り、何やら触れ合いイベントらしきものが始まっているようだ。


 実を言うと名前は前々から決めているので迷うことはない。俺は軽く咳払いをした。



「――――おいで。ミゥ」


 

 硬直していたその体が、ぴくりと小さく跳ねる。

 瞳をぱちくりと瞬かせ、そのまま後ずさるようにして木箱の影に……ってあれ?


 何か間違えてしまったのか。物の見事に逃げられてしまった。


 木箱の影から手だけを伸ばして床に散らばる果実を拾い集め、ちらりと顔を覗かせるその様子は、紛れもなく見知らぬ男を警戒する少女そのものであった。二号をベースに選択した時点で少々懐きにくいとは聞いていたが、まさか歩み寄ってすらくれないとは予想外である。とてもではないが、触れ合えるような雰囲気ではない。これはどう対応すべきか、一瞬の間に考えをまとめた俺は無意識のうちに、人見知りが激しく無口な姪っ子の相手を任されたときのことを思い出していた。


 姪っ子と最後に遊んだのは5年ほど前だったか。あの時彼女は6歳だったから、今は小学五年生くらいだろうか。彼女も幼いながらに将来有望な可愛らしい顔をしていたから、きっと今頃は美少女になっているはずだ。彼女はひどく無口で、俺も幼い子と触れ合うのは初めてでどうすればいいか分からず、子供部屋の中で視線を交わすことしか出来なかったっけ。


 思い出せ。あの時俺は、彼女が帰ってから必死に考えたはずだ。どうすれば彼女と仲良くなれたのか。無口で人見知りな彼女に、どう対応するべきだったのか。その答えを、俺は確かに導き出したはずだ。


「(……よし)」


 俺はふうと息を吐き、ひとまずは胸を撫で下ろす。


「……ミゥ」

 

 そっと、呼びかけてみる。美しい髪が揺れ動き、輝く瞳がじっと俺を見据える。

 呼びかけるたびに反応がある、ということはメッセージ通り名前として認識しているようだ。しきりにこちらの様子を伺ってくるということは少なからず俺に興味を抱いてはいるようだが、これはつまり、自分の名前として認識はしていても、俺自身を警戒しているということだろうか。これでも叔父さんと違って身だしなみには気を使っているし、初見で嫌悪感を抱かれるようなことはないと信じたいのだが……


 とりあえずまずは警戒を解いてもらわねば。

 とはいっても、対応を間違えれば好感度は一気に地を這うことになる。慎重に行こう。


 俺は木箱の影を覗き込み、びくりと身を震わせるミゥと目線の高さを合わせてみる。


「大丈夫。怖くないよ」


 精一杯の優しい笑顔と共に手を差し伸べ、まずは挨拶だ。

 ミゥは木箱を背に座り込んだまま俺を見つめ、両手に抱えた果物を決して渡すまいと身を捻る。どうやら、この子は部屋で見つけた果物を独り占めする気らしいな。別に果物を奪おうというつもりではないのだが、しかし何というか、美味しいものを渡すまいと必死になっている様子は愛らしいことこの上ない。何とも微笑ましい子だ。


 ちっちゃい子って、何かと独り占めしたがるよな。思わず笑みが溢れてしまう。


「……一つ、分けてくれないか?」


 ミゥは輝く瞳を瞬かせ、抱きしめた果物に視線を落とす。

 言葉が通じるのかどうか若干の不安はあったが、この様子だと言葉の意味はきちんと伝わっているようだ。小さなその頭を撫で回したい衝動をぐっと堪え、笑顔を浮かべたまま様子を伺ってみる。すると、ミゥは抱えていた果物の中から林檎を拾い上げて恐る恐る俺に差し出してきた。林檎、だよな。これ。


「ありがとう」

 

 差し出された林檎を受け取った俺は、怖がらせぬようにそっとミゥの頭を撫でてやる。

 さらりとした髪の感触が指先に伝わると同時に、身を強ばらせていたミゥがむずがるように目を伏せた。柔らかな髪の毛は少しひんやりとしていて、まるで絹糸のように滑らかだ。そんな髪の毛の感触を指先で味わいつつ、俺は軽いスキンシップの成功に胸を撫で下ろす気持ちだった。


 嫌がっている様子はないし、とりあえずは警戒を解いてもらえただろうか。


 何はともあれ、拒絶されるようなことがなくてよかった。こんな可愛い子に拒絶されようものならショックで三日ほど寝込んでしまう。初めに聞いていた通り、仲良くなるには少し時間が掛かりそうだが、この様子ならそれほど苦労することもなさそうだ。


 これでもし一号をベースに選んでいたら、きっと今頃はすっかり仲良くなり、膝の上に抱っこしたりとか出来たのかもしれない。三号をベースに選んでいれば、滞りなく挨拶を済ませてテキパキと家事をこなしてくれそうだ。だが、二号を選んだことに後悔はない。



 時間が掛かろうとも構わない。少しづつ、仲良くなっていこう。

 

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