キャラメイク
『メイキングルームへ転送します』
視界に表示されたメッセージと同時に、黒く豪華な部屋にノイズが駆け回る。
俺はじわりと体を蝕むような倦怠感に目を伏せ、再び目を開いたときには、黒く豪華な部屋は青く電子的な正方形の空間へと変わっていた。床面こそ六畳程度の広さではあるが、青白く輝くウィンドウが視界一面を埋め尽くし、見たこともない文字列や数字のようなものが渦巻き描かれる幾何学模様が美しい。
空間の中心に用意された台座には、ウサギの人形が鎮座している。ラビだ。
こいつはどこにでも現れるのだろうか。まるでセーブポイントみたいだな。
俺はまだメニュー画面の使い方を完全に把握していないのだが……。
『ベースとなる素体を選択してください』
そんなメッセージと共に、台座を囲むような配置で三人の少女が姿を現した。
大きなアホ毛が愛らしい赤毛の少女と、少し大人しめな青髪の少女、優しげな表情と豊満なボディが特徴的な金髪女性の三人だ。パッケージに描かれていたヒロインたちである。この三人の中から一人を選んで、それをベースにオリジナルのドールを作っていくのだろうか。だとしたら酷な話だ。
これなら、デフォルトのままというのも十分にアリだな……
透明なカプセルのような物の中にじっと佇む三人を順番に眺めていくと、それぞれが明るい笑顔を向けてきたり、少し気恥ずかしげに目を逸らしたり、はたまたそっと会釈したりとそれぞれが違う反応を見せてくれた。着ている服も、愛らしいワンピースに制服、メイド服とこれまた見事にバラバラである。
カプセルに手を触れてみると、三人のちょっとしたプロフィールが表示された。
『カスタムドール一号』
ベースとなるカスタムドールの基本タイプ。起伏の少ないボディを採用。
その人懐こい笑顔と愛らしいボディで数多くの人形師を虜にしてきました。
明るく元気な傾向を持つ彼女と一緒なら、きっと楽しい日々を送れます。
デフォルトコスチューム:シンプルワンピース
所持アイテム:アホ毛 (アクセサリー:その他)、ランダムBOX (アクセサリー)
『カスタムドール二号』
一号の次に開発されたカスタムドール。平均的なボディを採用。
どこかクールな傾向を持つ彼女と仲良くなるには、ちょっぴり時間が必要かも。
その代わり、気を許した相手には絶大な信頼と好意を寄せることでしょう。
デフォルトコスチューム:流星学園制服
所持アイテム:クリスタルアイズ(瞳パターン)、ランダムBOX (コスチューム)
『カスタムドール三号』
二号の次に開発されたカスタムドール。新型のグラマーボディを採用。
穏やかで忠誠心が強い傾向を持ち、様々な業務を卒なくこなすことが出来ます。
その包容力のあるボディと母性あふれる笑顔に魅了される人形師は後を絶たないとか。
デフォルトコスチューム:クラシックメイドドレス
所持アイテム:アップルティーセット(ドリンク)、ランダムBOX (ルームグッズ)
……どの子も魅力的だ。
一目で決められないほど、それぞれに違った魅力がある。
「なぁウサギさんよ。これって、どの子を選んでもストーリーに変化はないのか?」
『どの素体をベースにしても、ストーリーに影響はありません。なお、性格や体格はあくまでも素体の傾向であり、キャラメイク時にある程度変更可能ですが、一度確定するとその後は変更できませんのでご注意ください』
ということはつまり理想に近い子を選んで微調整すれば良いというわけか。
俺はどちらかといえば貧乳派だが、メイドという響きには一種の憧れもある。
これは少し迷ってしまうな。性格や体格は変更できるとはいえ慎重に選ばねば……
「一応聞くけど、この三人とも手に入れる方法って……」
『ストーリーを進めていくことで、やがてライセンスが解放され新たなドールを制作することが出来るようになります。ライセンスを開放してゆくことで最大三体まで制作出来ますが、ライセンスを解放するためには特定のミッションを完了する必要があります』
つまり、最終的にはこの三人と暮らすことも出来るというわけか。
出会う順番が先か後かというだけで、一人だけを選んで、その先ずっと二人きりで生活していくわけではないらしい。もちろん、敢えて二人目のドールを作らず、自慢の一人だけを愛するプレイスタイルの者もいるだろうが……そう考えると少しだけ気が楽だ。
俺は三人を改めて見つめ、並ぶカプセルの一つにそっと手を添える。
「決めたよ。俺はこの子と一緒に行く」
カプセルに描かれた数字は『02』。中に佇む少女が、驚きに目を見開いた。
俺は元よりメイドさんに憧れてはいたが、それ以上に、いわゆる猫系少女がたまらなく好きなのだ。
カプセルの中で細い指を絡ませる二号を改めて見つめてみる。
見た目の年齢的には、一号と三号の中間くらい。制服を着ているということもあり、十代前半から後半という辺りだろう。ささやかな胸の膨らみと締まった腰回りが年相応にスレンダーな印象を与えてくれる。黒を基調としたブレザーに身を包み、青い髪をショートボブに切り揃えた可愛らしくも綺麗な女の子である。
『カスタムドール二号をベースに選択しますか?』
カプセルに表示されたウィンドウの下には、『はい/いいえ』の選択肢が表示された。
きちんと選択の余地を与えてくれるのか。だがいつまでも迷っているわけにもいかない。俺は最後にもう一度三人をじっと見つめ、心の中で他の二人に謝りながら選択肢の『はい』を押す。一号は寂しげにバイバイと手を振り、三号は満足げに頷いてから深々とお辞儀をし、それぞれがノイズとなってカプセルごと電子の波に飲み込まれた。
『ベースを確定しました。キャラメイクを開始します』
そのメッセージと共に、一人残った二号がカプセルから解放され、黒い制服を身に纏うその体がふわりと浮かび上がる。短いスカートを押さえるような仕草をしながら宙に浮く二号の周囲にはいくつかのウィンドウが表示され、その一つ一つが二号の手足や胸元、腰回りやつま先と線で結ばれてゆく。ウィンドウに表示されている数値は恐らく、線で結ばれた部位の数値なのだろう。デフォルトでもスタイルは悪くないようだが、それほど豊満というわけではない。良くも悪くも平均的な体つきをしているようだ。
それと同時に、俺の手元にはそれなりに大きな操作パネルが表示された。
頭と胴体、手足がある人型の図といくつかのウィンドウが並ぶそれを見た俺は、すぐに使い方を理解することが出来た。恐らくはこのパネルの数値を変更することで、目の前に浮かぶ二号の体に変化が及ぶのだろう。初めから所有しているアクセサリーなども自由に試着することが出来るようだ。
試しに身長の欄をタッチすると、数字を入力するテンキーが表示された。
デフォルトでは145と設定されていた身長を170にまで引き上げてみる。
すると、宙に浮かぶ二号の体が細身で等身の高いモデル体型へと変わってゆく。身長以外の数値にはそれほど大きな変化は無いものの、顔つきも少し大人っぽい色気を含んだものへと変わっている。やはり数値が連動しているらしく、体系のバランスも自動で調整される仕組みになっているらしい。
デフォルトのコスチュームが制服であるため同級生や後輩といったイメージだった二号ではあるが、こうして見ると後輩たちから慕われる美人な上級生といった具合だ。バストの数値を少し大きくしてみるとさらにそれっぽくなった。
しかし改めて見てみると、やはり美人である。
少し切れ長な瞳が青っぽい髪と相まってどこかクールな雰囲気を醸し出している。
元々の完成度が高いせいか、もうこれでいいのではという気持ちが脳裏に浮かぶが、俺はどちらかといえば貧乳派なのだ。ついでに身長は低い方が好みである。身長が低く、相応に貧相な女の子が好きなのだと自覚すると同時に自分は変態なのではないかと思ってしまうが、こればかりは好みだからどうしようもない。モデル体型も中々見事ではあるが、試しにデフォルトよりさらに低い130にまで引き下げてみる。
すると浮かぶ二号の体がみるみる縮み、気が付けばちょっとキツめな幼女がそこにいた。
目の形が少し切れ長なせいか、ちょっぴり生意気な性格を匂わせる顔つきだ。
こうして見ると、背伸びしたがるお年頃というか、子供扱いされると怒りそうな女の子である。人懐こい子犬のようなイメージだった一号とはまた別ベクトルの愛らしさを秘めた姿となった。やはり小さいほうが可愛いな。まぁ身長はこのくらいでいいだろう。
さて次は、と操作パネルを覗き込むと、瞳パターンや髪型、肌色や髪色など、まだまだ様々な要素がデフォルトのまま設定されていた。瞳パターンを選択してみると、ネコ目やハイライト多めなど、主に瞳の模様らしきアイコンがずらりと表示される。その一番下には、宝石のような瞳パターン『クリスタルアイズ』というものもしっかり混ざっていた。これは二号が最初から持っているアイテムだったはずだ。
それを選択してみると、金色のシンプルな瞳が透き通る琥珀のような色合いへと変わった。二号はそれほど瞳が大きくない故に変化がよくわからないが、遠目にもキラキラとしていてとても綺麗だ。瞳パターンはこれで決まりだな。瞳の色はあとでまた調整しよう。
次は髪型か。デフォルトでは肩の辺りで切り揃えたショートボブになっている。
これはこれでよく似合っているが、個人的にはふわっと広がるロングヘアも捨てがたい。
選択できる髪型一覧を見るとそれっぽいものがあったので変更しておく。髪色はデフォルトのままでも良さげだが、色が濃い方が見栄えがいいかもしれない。俺は操作パネルに用意されたカラーパレットで適当な色を作成して適用する。
海のように青かった髪の色はあっという間に濃紺へと塗り替えられてゆく。
空気をはらんで大きく広がり、ふわふわと揺れ動く柔らかそうな髪型だ。
『……』
ロングヘアとなった小さな二号は長くなった艶やかな髪を弄りながら輝く瞳を瞬かせ、じっと俺を見つめてくる。もう既に原型がほぼ無くなっているような気もするが、これはこれで何とも可愛らしい。髪のボリュームも多くて触り心地も良さそうだ。
キャラメイク中も、ベースとして宙に浮かんでいる二号はしきりに体勢を変えたり、じっとこちらを見つめたりするため、どうしても人形ではなく一人の女の子をカスタマイズしているような気分になる。
俺は二号と軽く視線を交わし、再び操作パネルに視線を落とす。
肌色や体型の調整、顔つきや手足の長さ。それと、性格や口調なんかも。
まだまだ、調整できる箇所はたくさん残されている。
俺はごくりと生唾を飲み、欲望の赴くままにカスタマイズを続けた。




