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カスタムドール  作者: 神崎 凛
始まりの丘と美しき虚の街 -西方地区-
18/18

デュエル

 虚空から現れたラビは短い両手を広げ、同時に淡い結界のようなものが形作られていく。


 メイキングルームで見た覚えのある幾何学模様の結界は静かに周囲を包み込み、やがて広々としたフィールドが出来上がった。紋様の上に佇むミゥとベラはノイズとなり、やがて俺も気怠さと共にノイズに飲み込まれる。


 視界が晴れると、そこは丁度俺が土手から川に降りた辺り。

 傍らには脱いだはずのコスチュームをいつの間にやら着込んだミゥが佇んでいる。その足元には火炎術式のそれと同じ赤い魔法陣が刻まれており、その表情はいつになくやる気満々だ。俺の親切心を無下にしたベラの態度が気に入らないのか、単純に初めての戦闘に張り切っているのか、若干興奮気味のようにも見える。


 結界の端に俺とミゥがいるということは、恐らく反対側の端にベラが居るのだろう。

 戦闘開始と同時に飛び出してゆく感じなのだろうか。


『パートナードール:ミゥに装備する武器を選択してください』


 そんなメッセージと共に、いくつかの武器がミゥの周囲に現れる。

 火炎を纏う身の丈ほどの剣、紅蓮に染まるナイフ、先端に真っ赤な宝玉をあしらった長杖、燃えるような真紅の拳銃……どれもこれも、炎の属性を持つ強力な武器であるというのがひと目でわかる。チュートリアルということもあって相手もそれほど強くはないのだろうが、こんないかにも強そうな武器まで配布してくれるのか。随分と気のいいウサギだ。


 まぁ、チュートリアルだしな。所詮バトルのやり方を覚えるための勝負だ。

 負ける理由などない。負けるわけにはいかない。それはそうと、武器は何を選ぼうか。どれも強そうで迷ってしまうが、なるべくミゥに怪我を負わせるような事態は避けたい。相性も考えて遠距離武器を選ぶべきだろうか。



『武器種別/大剣』

『オーソドックスな近接用武器。全武器中最大の攻撃力を誇る。

 威力と攻撃範囲に優れるが重く、攻撃速度が遅い』


『武器種別/短剣』

『近接用の小型武器。全武器中最高の攻撃速度を誇る。

 一撃の威力は低いが非常に軽く、絶え間なく攻撃を繰り出すことが可能』


『武器種別/杖』

『魔法攻撃用の武器。全武器中最大の攻撃範囲を誇る魔法攻撃を可能とする。

 魔法攻撃は範囲が広く威力も高いが、代わりに攻撃速度が遅く隙も大きい』

 

『武器種別/銃』

『遠距離攻撃が可能な狙撃武器。全武器中最長の射程を誇る。

 強力だが遮蔽物にめっぽう弱く、攻撃後には大きな隙が生まれる』


 なるほど。まぁ概ね想像していた通りの長所と短所があるようだ。

 どの武器にも長所と短所があるならば、武器同士の相性なんかもあるのだろう。他の武器もじっくり見て決めるべきかもしれないが、小柄なミゥにはこの銃がぴったりな気がする。悩んでても仕方ないし、これに決めてしまおう。


『【炎銃イグニス(武器/銃)】を装備しますか?』


 迷うことなく『はい』を選択すると、浮いていた武器は途端にノイズと消え、真紅の銃だけがミゥの手元に残った。そっと持ち上げ、目を輝かせて真紅の銃を眺め回す様子を見るに、どうやらミゥも気に入ったようだ。

 

『チュートリアル:デュエル』

『プレイヤーおよびNPCとのデュエルではドールの身を守るシールドが展開され、攻撃を受ける事に一枚破壊されます。シールドは試合形式が一対一(シングル)の場合には三枚、多対多(パーティ)の場合は二枚、一撃勝負(サドンデス)の場合は一枚与えられ、その全てを破壊したプレイヤーの勝利となります。武器の破損や状態異常により戦闘不能となった場合は、その時点で相手プレイヤーの勝利となります』


『チュートリアル:フィールドバトル』

『フィールド上で適性エネミーと接触した際に展開されるフィールドバトルではこれといってルールが存在しません。ドールの身を守るシールドも存在せず、エネミーの攻撃によって怪我を負う可能性もあります。ドールが破壊された時点で、プレイヤーはゲームオーバーとなります』

 

『ドールを操るのはプレイヤーである貴方自身。共に戦い、勝利を勝ち取りましょう』


 そんなメッセージが表示されたかと思うと、俺の視界は暗転した。

 何が始まるのかと身構えた俺の体に、得も言えぬ違和感がある。すぐにパッと鮮明になった視界には、俺に背を向けるミゥの姿がある。真紅の銃を片手にじっと向こうを見つめるであろうミゥの後ろ姿を、俺は上空2メートルほどの高さから見ている状態だ。


 なぜ俺は浮いているのかと足元を見ようとした俺はようやく違和感の正体に気づいた。体がないのだ。まるで意識だけがミゥの背後で浮いているような、何やら不思議な感じである。周囲を見渡そうとすると、ミゥを視界の中心に固定したままぐるりと周囲を回るようにしか動けない。ミゥの正面に回り込むと、何をしてるのかと呆れるようなミゥと目が合った。ドールを操るのは俺自身ってことは、もしかして……


 試しに、俺の体を動かすつもりで一歩前に歩くイメージを思い浮かべてみる。


「……」


 俺が脳内で一歩踏み出すのとほぼ同時に、ミゥが一歩を踏み出した。やはりそういうことか。俺の体がどこにいったのかは知らないが、どうやら俺の意識はミゥの体とリンクしているらしい。動かし方のコツを掴んだ俺はミゥの体を操り動かしてみる。ミゥの体は非常に軽く、身長を超えるほどの高いジャンプや、俺自身の体では到底不可能であろうバク転なんかも軽々とやってみせた。もはや運動神経がいいとかいうレベルではなく、恐らくは魔術的な力によるものなのだろう。瞬間移動なんかは流石に出来ないようだが、これは中々面白いぞ。

 

 意識をミゥに集中させれば、どこか期待するような、そわそわとした高揚感のようなものがじんわりと伝わって来る。ミゥは無口だが、これがもしお喋りな子がパートナーだったら脳裏で会話を楽しむことも出来たのだろうか。


(行くぞ。ミゥ)


 返事代わりか否か、体がさらに軽くなる。

 そのまま勢いよく大地を蹴ると、ミゥの体は弾丸のごとく飛び出した。


 丸石の転がる川辺でも体勢を崩すことなく、ぐんぐんとスピードを上げてゆく。フィールドの端を示す幾何学模様がぼんやりと見えてきた頃、視界の端にすれ違う人影が見えた。ベラだ。俺は駆け出した勢いを殺さずに大きく旋回、水しぶきを上げて川を駆けるベラを視界に捉えると同時に真紅の銃の引き金を引く。


「――ッ!!」


 心地よい爆音と共に放たれた炎の弾丸は虚空を裂き、爆発のような水しぶきが上がる。しかしその刹那、飛沫を掻い潜るようにして飛び出したベラはまっすぐこちらに向かってくる。外したか。流石にそう上手くはいかないらしい。なんて考えている場合ではない。ベラが装備している武器の見た目からして、接近戦に持ち込まれたら不利になる。ひとまず距離を取らねば。


 爪を構えて迫ってくるベラを視界に収めながら銃に意識を向けると、どうやら弾数は無限だが再び撃てるようになるまでは少し時間が掛かるというのが何故かするりと理解できた。ミゥが教えてくれたのかもしれない。


(距離を詰められてる……まずいな)


 想像はしてたが、やはりベラの方が早いか。

 ただ駆け回るだけでは、追いつかれるのは時間の問題……ならば覚悟を決めるしかない。


 川辺の大岩を蹴り、向かってくるベラの方向へと高く跳ぶ。ベラは急に跳び上がったミゥの姿に驚いてか、方向転換に失敗して川辺を転がった。俺はその隙を見逃さずに空中で銃を構え、迷うことなく引き金を引く。放たれた炎の弾丸はベラの胸に命中し、同時に透明な盾のようなものが砕け散った。


(当たった……!)


 すとん、と着地して心の中でほっと胸を撫で下ろす。

 歯ぎしりがこちらまで聞こえてきそうな表情を浮かべて起き上がったベラはその瞳に更なる怒りを灯し、ギッとこちらを睨みつけてくる。そんな目で見るな。勝負を吹っかけてきたのは君だろう。


「うぐ、ぐ……このあたしが、先手を……」


 片膝を付き、恨めしげにこちらを睨むベラの足元に、再び緑の紋様が浮かび上がる。

 その姿が霞んだように見えた次の瞬間には、緑の燐光を纏う斬撃がミゥの足元を抉らんと牙を剥いていた。咄嗟に飛び退いたおかげで直撃は免れたものの、一瞬遅れて石が吹き飛ばされるその光景に思わず息を呑む。


(あっぶね……ギリギリだったぞ今の)


 安堵に胸を撫で下ろす暇もなく、繰り出される斬撃が迫り来る。

 幸いにも左右から放たれる斬撃はリーチが短く、後ろに飛び退くことでなんとか回避することが出来た。輝く爪を構えて襲いかかってくるベラの攻撃を躱しつつも、避けきれなかった一撃がついにミゥの足を捉え、透明なシールドが破られる。しかしそれと同時に真紅の銃口から放たれた炎の弾丸がベラのシールドを撃ち砕いた。


「があああぁぁぁッッ!!」


 もはやなりふり構っていられないのか、ベラは猛虎のごとく牙を剥いて爪を振るう。輝く爪のリーチは武器本体の二倍ほども長くなり、息付く間もなく繰り出される連撃を回避するのがやっとだ。しかしもはや目で追える動きではなく、俺も左右や前後への回避をがむしゃらに繰り返しているだけとも言える。そんな動きで逃げ切れるはずもなく、また一枚のシールドを失ってしまった。


「!」


 攻撃の隙を見て飛び込んだその場所は、大岩に囲まれた袋小路。

 まずいと思ったその瞬間には、もう遅かった。ハッと顔を上げると、迫り来るベラの爪が振り下ろされようとしていた。ミゥのシールドは残り一枚。銃を構える暇もない。もはやここまでかと諦めかけたその時、視界が大きく揺れる。


 身構えたミゥが、丸石に足を滑らせたのだ。



――ギィンッッ!!



 揺れる視界に映り込む鋭い爪。甲高い音と共に散る火花と、吹き飛ぶ金属片。

 青ざめた表情を浮かべるベラと、至近距離で目が合う。飛んだ金属片がキンと音を立てて砂利道に落ちた。鋭く細長いそれは、ベラが装備していた武器の鉤爪であった。大岩に拳を突き立てたまま硬直するベラはその場に崩れ落ち、がくりと肩を落とす。


「そんな……嘘だ……こんなの……」


 金属片を拾い上げ、さめざめと泣き始めるベラ。

 今、何が起こったのだろうか。鉤爪が折れてしまったようだが……。


 ……武器が、壊れた? ってことは、もしかして……




『【NPC:ベラ】武器破損により戦闘不能。あなたの勝ちです』



公募用原稿執筆のためしばらく休載  2.9

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