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カスタムドール  作者: 神崎 凛
始まりの丘と美しき虚の街 -西方地区-
16/18

術式札

『チュートリアルミッション04:フィールドでアイテムを採取しよう』

『達成条件:フィールドでアイテムを発見および採取する 10/10個(達成済み)』

『達成報酬:1000G 金の鍵×1 マナの欠片×1』


『チュートリアルミッション05:ショップでアイテムを購入しよう』

『達成条件:いずれかのショップでアイテムを購入する 1/1個(達成済み)』

『達成報酬:2000G カスタムパーツチケット×1 初級術式入門×1』


 二つのミッションを終え、それらの報酬をまとめて受け取った俺は報酬のアイテムをまとめてアイテムボックスと金庫代わりの黒い箱に移しながら、そこに紛れていた辞書のような本を手に取る。


 質素な黒いハードカバーがどこかシックな一冊の本。

 表紙に初級術式入門という文字が刻み込まれたその本は、恐らくはドールの動力となっているであろう術式の仕組みや魔法陣の描き方、術式を組み上げるために必要な材料や詠唱のセリフなどなど、その内容の難しさに少し目を逸らしたくなるものであった。


 さらりと流し読みした限りでは全くと言っていいほど理解できない。

 ただ、ドールが魔術的な何かによって動いているということは何となくわかった。


 まぁ、このゲームの中ではそういう設定なのだろう。

 これを読んで理解したところで、そう簡単に真似できるようなものでもないだろうし、そもそも軽く読み流した程度ではまるで理解出来ない代物だ。これもアイテムボックスに放り込んでおくかと本を閉じかけたその時、カバーの隙間からひらりと三枚の紙が床に落ちた。


 揺らめく灯火が描かれた札と、渦巻く風を描いた札と、滴る雫が描かれた札。

 それらをそっと手に取ると同時に、どこからかぴこぴこと足音を立てて歩み寄ってきたラビがメッセージを吐き出した。あまりにも平然と歩いてくるものだから、俺は思わずぎょっとしてしまう。何平然と歩いてんだよ。お前自力で動けるのかよ。

 

『チュートリアル:術式札について』

『術式札はドールに術式を組み込むための補助アイテムです。ドールの額に貼り付けるだけで新たな術式を組み込むことが出来ます。術式を組み込むことで、ドールの基本性能(ステータス)を底上げしたり、特殊なスキルを習得したりと戦略の幅が大きく広がります。なお、術式は同時に二枚まで習得させることができ、それ以降は古い順に上書きされます』


『試しに、三枚のうち一枚をドールの額に貼り付け、術式札を使用してみましょう』


 そのメッセージウィンドウが閉じると同時に、ラビはその場に座り込んだ。

 俺は三枚の札を手に軽く肩をすくめ、それらをまじまじと見比べてみる。


 札の裏を見ると、それぞれ『初級・火炎術式』『初級・旋風術式』『初級・流水術式』と書かれており、何となくではあるが、この札により習得できる術式というものが想像できる。文字通り火炎や旋風、流水なんかを生み出す魔法的なものが使えるようになるのだろう。使用できるのはこのうちのどれか一枚ということらしいし、出来れば日常生活でも役に立ちそうなものを選ぶべきだろうか。


 考えるまでもなく、最も実用的なのは炎である。


 水はショップで飲料水が買えるし、近くに川もあるから困ることはない。

 風はいまいち使いどころが分からない。せいぜい涼んだり、服を乾かす程度だ。


 それに比べ、炎には何かと使い道が多い。暖を取るのはもちろん、豊かな生活を営む上で火種の存在は必要不可欠である。焼く、煮るなどの基本的な料理に炎は欠かせない。この世界で料理をする必要があるのかどうかは甚だ疑問ではあるが、炎を選んで間違いはないだろう。


「ミゥ、おいで」


 窓から差し込む光を浴びつつ、気持ち良さげにまどろんでいたミゥに声を掛けると、ミゥはふと顔を上げて目を擦りながらぽてぽてと歩み寄ってくる。ようやく呼べば寄ってくるほど心を開いてくれたか。俺はにやけてしまいそうになる口元を軽く堪えながら、俺の傍で再び座り込み、小首を傾げてじっと見つめてくるミゥの頬をそっと撫でてやる。視線だけで何用かと尋ねているのが伝わって来る辺り、視線というものは案外侮れないものである。文字通り、目は口ほどにモノを言うのだ。


 さらりとした前髪をかきあげてまっさらな額を露出させる。ミゥは嫌がることなく、ただじっと俺の手首あたりを見つめてくる。いつの間にやら、また少し仲良くなれた気がする。思わず口が緩む俺の様子を不思議に思ってか、ミゥは目をぱちくりと瞬かせた。

 

「……?」


「大丈夫。怖くないからな」


 手にとった炎の術式札をミゥの額に貼り付ける。


 裏表もよくわからないが、とりあえず模様が描いてあるほうが表だろう。

 裏に糊なんかが付いている様子はないが、何故かぺたりとくっついた。

 

 そのまま手を離して様子を伺ってみる。ミゥは床に座り込んだまま札を剥がそうとはせず、淡く光り始める札をじっと見つめている。まるでキョンシーのようで可愛らしいその姿に口を緩ませていると、やがて札はボッと燃え上がって焼け落ちた。


「?」


 火傷なんかしていないだろうかとミゥの顔を覗き込むと、その額には札に描かれていた模様がチリチリと焼き付いていた。きょとんとしているミゥの様子を見る限り、どうやら熱くもなかったらしい。恐らくは、術式とやらを組み込むことに成功したのだろう。ミゥの額に焼き付いた模様をそっと撫でると、模様はすぅっと溶けるように消えてしまった。


 炎の術式を組み込んだということは、手から炎が出たりするのだろうか。

 もしそうなら是非とも生で見てみたいものだ。魔法という響きに思わず胸が弾む。


 しかしここはぐっと堪えて「試しにやって見せてくれ」とは言わない。まだ手に入れたばかりで、制御の仕方もロクに知らないだろう力を今すぐ振るってみせろなんて、そんなことは口が裂けても言えない。初級というからにはそれほど強い術式ではないのだろうが、うちは木造一戸建て。周囲は一面緑の芝生。どんな威力かも分からない火を放つにはあまりにも危険すぎる。


 とはいえせっかく手に入れた新たな力。少なくとも、これがどの程度のモノなのかは知っておく必要がある。下手なことをして火事を起こすわけにもいかない。丁度いい機会だし、川辺にでも行ってみるとするか。川辺でなら多少派手なことをしても問題あるまい。


 地図によれば、丘を超えた先にある森をほんの少し迂回すれば大きな川が見えてくるはずだ。


(っと、出かける前にミッションの確認を……)


 メニュー画面を開いてミッション一覧を覗くと、やはり新たなミッションが追加されている。しかし、そこには今までとは違い、たった一つのミッションのみが表示されていた。ご丁寧にも、剣を交わす図が描かれたデンジャーマーク付きである。


『チュートリアルミッション06:デュエルを行い、勝利せよ』

『達成条件:NPCにデュエルを申し込み、そのデュエルに勝利せよ 0/1回』

『達成報酬:ジャックランタン エクスポーション×1』


 なるほど。やはり戦闘は避けられぬ運命か。わかってたさ。

 デュエルというからには恐らくエネミー相手ではなく、ドール同士での勝負をして来いということなのだろうが、ここでようやく未だに不明瞭だったバトルシステムについての説明が入るわけだ。やがては、エネミーとの戦闘も経験することになるのだろう。


 状況から考えるに、恐らくはこれが最後のチュートリアルミッション。

 こんな序盤でゲームオーバーになりたくはない。入念に準備をしていこう。


「頑張ろうな。ミゥ」


「?」


 不思議そうに首をかしげるミゥをかき撫で、俺はコートを手に取った。



◆◆◆




 ファートゥムの街の大部分を占める入り組んだ路地。

 その奥にひっそりと佇むNPCドールの憩いの場、カフェ『Arcadia』のドアが、来客を知らせるベルを鳴らす。キッチンカウンターで蠢く八本の腕がぴたりとその動きを止め、淡い金色の髪が揺れる。


 静かに光るその瞳は、ひらりと店内に舞い込んだ柔和な笑顔を睨みつけた。


「――いらっしゃいメリーちゃん。また(・・)つまみ食いしてきたのね」

 

 ふうと小さくため息をついたシュラは一対の腕を腰に当てて、再び腕を動かし始める。唯一の従業員としての無数の作業を繰り返すシュラの眼前のカウンター席に腰掛けたメリーはにこりと微笑み、出されたグラスに口を付けた。


「んふふ。そういえばもうすぐお魚も美味しい季節ですねぇ」


「魚料理が食べたいなら食材を調達してきて……と言いたいところだけど、あなたに調達を任せたら他の皆が食べれなくなっちゃうわね。遠まわしにおねだりしたって無理なものは無理よ。それはそうと、あなた――」


 ほちみつラテを啜るメリーを見つめながら、シュラはふと作業の手を止める。



「――自分が何をしたか、わかってるの?」


 

 グラスを傾けるメリーは口角を釣り上げ、いたずらに舌を出した。


 その刹那、爆音と共にメリーの体が大きく仰け反る。砕け散ったグラスと甘い香りが撒き散らされ、体勢を崩したメリーはそのまま床へと豪快に倒れこんだ。変形した指先に開いた銃口から立ち上る煙を吹き散らし、シュラは眼下に倒れるカラフルな人形を冷ややかな目で睨みつける。


「ただでさえ少ない頭数を減らしてどうするのよ……ほんと、お馬鹿さんねぇ」


 変形した指先はバチンと音を立ててしなやかな指へと戻り、シュラは軽く肩をすくめてため息をつく。そして再び空っぽのフライパンを振るい、既にぴかぴかのグラスを磨き、唯一の従業員として任された仕事を繰り返してゆく。


「せーとーぼーえーってやつれひゅよぅ。んふふ」


 ゆらりと起き上がったメリーは噛み咥えた弾丸を口に含み、ぺっと吐き捨てる。

 床に転がる弾丸はやがて音を立てて融解し、その原型を失った。


「過剰防衛って言うのよ。あなたのそれは」


 何事もなかったかのように再び席に座るメリーにはちみつラテを差し出し、散らばったグラスの破片や弾丸の成れの果てがノイズとなって消えてゆく様を眺めるシュラはカウンターに肘をついて頬に手を沿え、深くため息を付く。


「それはそうと、姫様はまだ帰ってこないのかしら……」


「お姫様ですかぁ。そういえば、最近見かけないなぁとは思ってましたけど」


「予定だと、もうとっくに帰って来ている頃なのよ。おかしいわねぇ」


「まぁ、ああいう人ですしぃ。きっとどこかでお昼寝でもしてるんですよぅ」


「だと、いいけど……」



 果てしなく澄み切った青空に、二筋の燐光が迸る。

 広い青空に尾を引く紅白の輝きは、遥か彼方に広がる灰の山々に消えた。

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