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カスタムドール  作者: 神崎 凛
始まりの丘と美しき虚の街 -西方地区-
14/18

森のキノコ

「……さて、どうすっかね」


「……」


 退屈そうに芝生を毟るミゥに話しかけてみるも、返事はない。

 俺は周囲に目を凝らしながら、吹き抜ける風に目を細める。

 

 外に出たはいいもの、周囲には芝生が広がるばかりでアイテムらしきものが見当たらないのだ。軽く移動して十分ほどあちこち探し回ったのだが、なにせ見渡す限り一面が緑の絨毯である。アイテムはおろか、木の一本すら生えていない。今のところエネミーの姿も見えないのが幸いといえば幸いなのだが、このままではいつまで経ってもミッションをクリア出来ないではないか。


 ちなみに、芝生を毟ってみたり土くれを拾い上げてもアイテムとして認識されなかった。ラビに聞こうにも姿が見当たらないし、呼んでも何故かメッセージが飛んでこない。メニュー欄からヘルプの項目を開いてみたり、地図を眺めて移動してみたりとやれることはやったつもりなのだが、一向にアイテムが見当たらない。


 これはあれか。

 どこか特定の場所に行かないと進まないタイプのイベントなのか。


 だとしたら面倒だ。恐らくは自宅からそう遠くない場所で何らかのイベントが発生するのだろう。とはいえ家の周囲はすでに一通りぐるっと見て回った。イベントどころかアイテムの一つすら見当たらなかったのだ。


 地図を参考に芝生の丘を越えるという手も考えた。しかし地図を見る限りではこの辺りの丘を越えると森林が広がっている。森林には流石に果実や花なんかのアイテムがあるだろうが、見晴らしの悪い場所にはなるべく近寄りたくない。チュートリアルの戦闘にビビっている場合ではないのだが、いざ実戦となるとやはり怖い。かといってこのまま芝生の丘を彷徨うわけにも……


「……よし。行くぞミゥ」


「?」


 芝生を毟っては風に流す遊びを繰り返していたミゥはすぐに立ち上がり、服についた土を払いながら俺の方を見つめてくる。軽く頭を撫でてから歩き出すと、二歩ほど後ろをついてくる。こうして素直についてきてくれるのは純粋に嬉しいな。

 

 周囲の様子に目を凝らしつつ小高い丘の頂上に立つと、鬱蒼とした深い森林が見える。

 いかにも何か出てきそうだ。しかしあの様子なら、アイテムもたんまり拾えるだろう。


「……」


 丘を降りて森林に近づいてゆくと、ミゥが俺の背後にさっと身を隠して服の裾を掴む。やはりいるらしいな。しかしミゥの前であまり情けない姿は見せられない。俺はミゥに手荷物を預け、ベルトに刺したブロンズソードを抜く。俺はよくありがちなラノベ主人公のように武芸の達人だったり、秘めたる才能があったり、最弱だ劣等だと言いつつ実は強かったりという設定があるわけではない。それどころか剣の構え方も知らないド素人だが、素手よりはいくらかマシだろう。


 とはいえなるべく戦闘は避けたい。さっさとアイテムを拾って退散しよう。

 俺は剣で雑草を切り払いながら、鬱蒼とした木々が立ち並ぶ中へと切り込んでゆく。


(む、結構切りづらいんだな……)


 行く手を阻むツル性の植物をガツガツと何度か切りつけては踏み倒し、倒木を乗り越え、時折ミゥの手を引いたり抱き抱えたりしながら道なき道をひた進む。ベッドシーツで包んだ手荷物を抱えて俺の後を追ってくるミゥはどこか不安げに周囲を見渡しているが、今のところ周囲に生き物の気配は感じない。風に揺れる木々の囁きはまるで、ひそひそと噂話をしているかのようだ。


「……」


 ふと、ミゥが立ち止まって木々の奥をじっと見つめる。

 すぐにその様子に気づいた俺は、ミゥの肩を抱くようにして目線の高さを合わせつつ同じ方に目を凝らすが、そこには立ち並ぶ木々と雑草が茂るばかりだ。何かが動いている様子もないし、妙な物も見当たらないのだが……きっとミゥには何かが見えているのだろう。俺には、傍について安心させてやることしか出来ない。



『――まぁまぁ、落ち着いてくださいな』

『離せッ! この化け物ぉっ!!』


 俺は咄嗟にミゥを抱き寄せ、木の陰に身を隠す。

 じっと息を殺して耳を澄ますと、すぐ傍の木陰から何者かの声が聞こえてくる。



「ッ……この、裏切り者がァッ!! あたしは、あたしは絶対にお前らを――――ッ」



 叫ぶような少女の声が、グシャッという音にかき消される。

 途端に静まり返る森の中で、ふうと小さくため息をつく声が聞こえた。




「――こんなところで、何してるんですかぁ?」

「――ッ!!」


 

 耳元でそっと囁かれた甘ったるい声。

 俺がミゥを抱いたままバッと振り返ると、木陰から覗き込むようにして佇んでいたメリーさんがにこりと微笑んだ。相も変わらずゆるい笑顔を浮かべたまま、自己主張の激しいボディにパステルカラーのエプロンを着込んでいる。街の中でさえ浮いていたその姿は、緑の茂る森の中でより一層異質に思えた。


 ミゥは身を強ばらせたままぴくりとも動かない。文字通り人形のようだ。

 いや、ミゥは紛う事なき人形だが、そうじゃない。今重要視すべきはそこじゃない。


「あぁ、もしかして裕太さんもキノコを取りに来たんですか?」


「キノコ……? あぁ、えっと……俺は……」


「この森のドキドキノコはと~っても美味しいんですよねぇ。お店で買えるものより効き目もずっと良いって評判ですし、効果も長持ちするんです。私もよく採りに来てるんですよぅ」


 硬直するミゥを手のひらでぐりぐりと撫で回しながら、メリーさんはゆるい笑みを向けてくる。木の向こうで何が起きていたのかなどと、口にするべきではないのだろう。この状況とタイミングから導き出される結論を想像してしまった俺は今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られるが、ぐっとこらえて生唾を飲み込む。俺は何も見ていないし、何も聞いていない。少なくとも今は、そういうことにしておこう。


「キノコなら、ちょうどこの辺りにたくさん生えてるんですよ~」


 その場でくるりと身を翻したメリーさんは、今まさに見知らぬ少女が文字通り叩き潰されたであろう木の向こうへと跳ねるように歩いてゆく。いやいや、そっちはまずい。この木の向こうになんて行ったら目も当てられない惨状が――


「あっ、ほら。いっぱい生えてますよ」


 ミゥと共に立ち尽くす俺の脳裏に、メリーさんの朗らかな声が響く。まさかと思って木の向こうを覗き込むと、少し開けた場所に佇んでいる朽ちた巨木の根元に、毒々しい紫色のキノコがぴょこぴょこと顔を出している。あれがメリーさんのいう美味しいキノコなのだろうか。明らかに口にしてはいけない類の色だが本当に大丈夫なのか。


 いや、そんなことを気にしている場合ではない。

 ふんふんと鼻歌を歌いながらその場に屈むメリーさんを他所に俺は周囲を見渡すが、ほんの数分前まで生きていたであろう死体らしきものはおろか、血痕などの争った形跡すら見当たらない。これはどういうことだ。まさか、俺の聞き間違いだったとでもいうのか。いや、そんなはずはない。はっきりと見たわけではないが、確かにこの辺りで……


「どうかしましたか~?」


「あ、いえ。これ食べても大丈夫なのかな~って……はは」


 メリーさんの声にハッと我に帰った俺は、咄嗟にはにかんで誤魔化す。

 迂闊だった。気になることがあるとすぐその場で考え込んでしまうのが俺の悪いクセだ。さっきのことは忘れろ。今だけでいいから、今すぐに記憶から抹消するんだ。メリーさんに感づかれたら色々とやばい気がする。何がとは言えないが絶対にまずいことになる。それだけは確かだ。


 硬直していたミゥも空気を読んでか黙々と足元の落ち葉を漁っている。

 これはいける。このまま手早くキノコを採取してさっさと帰ろう。そうしよう。


「と~っても甘くて、食べると穏やかな気分になれますよ。うふふ」


「そうなんですか……」


 ……いや、思わず平然と返事を返してしまったが、食べると穏やかな気分になるってそれもしかしてやばいキノコじゃないのか。少なくとも食用じゃないだろう。どう考えても。そう言いたい気分をぐっとこらえて恐る恐る足元のキノコに手を伸ばす。大きな傘に触れると同時に白い胞子がぽふと吹き出した。

 

『アイテム:ドキドキノコ』

『主に森林区画に群生している毒キノコ。食用は可能だが強い中毒性を持つ。

 生のまま食べると【混乱】や【虚脱】などの状態異常に掛かる可能性がある』


 表示された説明書きを見た俺は軽くため息をこぼす。

 やっぱり毒キノコじゃないか。とはいえようやく見つけたフィールドアイテムだ。ミッションを達成するためにとりあえず10本ほど採ってインベントリに放り込んでおく。甘い味がするというのはあながち間違いでも無いのだろうが、これは好き好んで口にするようなキノコじゃないぞ。中毒性もあるらしいし、知らずに食べたりしたらひどい目に……


「ミゥ、このキノコは食べちゃダメだぞ」


 毒キノコを回収して振り返った俺は、思わずぎょっとしてしまった。

 

「……」


 両手にキノコを抱えたミゥが地面に座り込み、黙々と大きな傘を頬張っている。

 とても甘く中毒性があるらしい毒キノコを、何の迷いもなくぱくぱくと。俺の声など聞こえていないかのような虚ろな表情でぼんやりとキノコを見つめながら次々に齧り付いてゆく。その時、俺はようやく己の判断が遅すぎたのだと知る。


「ミ、ミゥ……」


「……」


 行き場のない手を虚空に泳がせながら呼びかけるも、返事はおろか何の反応もない。くるくると目を回しながら夢中になってキノコを頬張るミゥの様子をただ呆然と見ていた俺は、やがて半ば無意識のうちにミゥが抱え込むキノコを取り上げていた。


 ぼんやりと座り込むミゥはキノコを取り上げられたことにも気づかず手元を探るが、そこには何もない。そのまま虚ろな瞳でゆらりと周囲を見渡すと同時に、俺が手に持つキノコを見つけたミゥは呻きとも唸りとも言えぬ声を漏らしながら擦り寄ってくる。やっぱり、こいつはとんでもないキノコだ。そしてミゥはどうやら、こういう類の毒にはめっぽう弱いらしい。


「ミゥちゃんも美味しいって言ってますよ。んふふ」


 食べかけのキノコを片手に微笑むメリーさんが、ぱくりと紫色の傘を頬張る。

 ゾンビの如く俺の足にすがり付いておねだりしてくるミゥにキノコを渡すまいと躍起になっていた俺は、両手に握り締めたキノコを高く掲げたままキッとメリーさんを見つめる。


「っ……どうしてくれるんです。毒キノコじゃないですか、コレ」


「裕太さんも一口いかがですか? 美味しいですよ」


 ダメだ。そういえばこの人頭緩いんだった。

 この場で怒鳴りつけたところで、この人はのらりくらりと話題を逸らすだろう。


「……お先に失礼しますッ!」


「ほぇ、もう帰っちゃうんですかぁ?」


 俺はキノコを握りつぶして木々の合間へと放り投げ、追いかけようとするミゥを半ば無理やり抱き上げて肩に担ぐ。ぱたぱた暴れる手足を抑えながらもメリーさんには一応会釈し、全速力で地を蹴る。中毒を絶つにはまず離れることだ。一刻も早く、家に帰らなければ。


 先ほど採ったキノコで、ミッションは達成できているはず。

 これ以上、この森に用はない。もう二度とこの森には近寄らないようにしよう。


 

 俺はただひたすらに、帰りの道を急いだ。

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