賑やかなひと時
「――じゃあ、健太くんは結構長いんだね。ここでの生活」
「はいっ! 今頃は高校受験だったんですけど、勉強も何も全部パーですよ。たはは」
「俺も、就職活動とか色々してたんだけど……中々うまく行かなくてさ」
あれから十数分。俺は、明るい笑顔を絶やさぬまま吹っ切れたように笑う健太くんと身の上話に花を咲かせていた。ちなみにドールたちはというと、ミゥはベッドに潜り込んだまま出てくる気配が無く、リコちゃんは寝室のドア付近から中の様子をじっと伺っている。俺と健太くんはそんなドールたちの様子を横目に、インベントリから取り出した紅茶を飲んでいた。
「ところで、さっきのマナの欠片の話。生み出す方法があるって……」
「はい、ありますよっ! えっと、マナの欠片は――」
世間話を交えつつ話を聞いてみたところ、色々と興味深い話を聞くことが出来た。
まずひとつとして、ドールの燃料でありこの世界の万物を司るという謎の魔力。マナの結晶たるマナの欠片についてである。この世界に存在する魔力が結晶化したものであるという話は聞いたが、それはあくまで設定上の話であり、どうやら自然発生することは無いらしい。
マナの欠片の正体は、この世界の全てを監視し、管理するゲームマスター的存在である神様こと『アリス』が、プレイヤーが自らの意思で何かを成し遂げた際に褒美として配布するアイテムだというのだ。
そんなマナの欠片を会得できるのはプレイヤーである人形師のみであり、手に入れるためには自らの意思で何かを成し遂げる必要がある。その最も簡単な手段として用意されているのが、ナビドールを通じて提示されるミッションだという。
そんなミッションにもいくつかの種類があるらしい。
まず、操作方法に慣れたり必要最低限の交流をするために用意されているチュートリアルミッションだ。これはプレイヤー全員に共通して与えられており、これを全てクリアすることでようやく自由な探索が可能となるとのことだ。全てのチュートリアルミッションを終えていない俺は、現時点ではどうやら街の外を自由に探索することが出来ないらしい。エネミーがいるという話だし、あまり街の外を彷徨きたくはないのだが。
チュートリアルミッションを全て終えると今度はストーリーミッションというものが出てきて、その後はプレイヤーごとに全く違ったシナリオを歩む事になるという。ある者はNPCとの会話をし、ある者は街の外で狩りを行い、またある者は別の町へ出向き、それぞれが正反対とも言えるゲーム人生へと歩を進めていくのだ。
そして、NPCとの交流の際に何らかのフラグを立てることで発生するフリーミッションというものもあるらしい。これはプレイヤーの言動や態度、NPCの好感度によってどんなミッションが出るか変わってしまうため、予測はほぼ不可能だとか。
というように様々な種類があるミッションだが、自らの意思でボランティア活動や他プレイヤーへのサービスなどを行うことで、その報酬としてマナの欠片が配布されることもあるらしい。健太くんは配達員として荷物を運ぶことでマナの欠片を入手し、ミッションで資金を稼ぎながら数年間もの間リコちゃんとの生活を続けているというのだ。俺は思わず彼の話に聞き入ってしまった。
しかしそれ以前に、数年もの月日をゲームの中で過ごしているということに驚きだ。
彼もこの世界に来て間もない頃は右往左往していたが、やがて今の俺のように他のプレイヤーと出会い、同じように様々な話を聞き、その後も幾度となく助けられたという。俺が今聞いた話は、かつてこのゲームに挑んだプレイヤーが語り継いできた物なのである。
「このゲームから出られない以上、プレイヤー同士で情報を共有するしかないんです。ウィキなんかありませんからね! それでもクリアの条件なんかは未だ不明ですけど。あ、でもこのゲーム、普通にのんびり生活するだけならこれといって不自由もないし可愛いドールはいるしで、今となってはゲームクリアを諦めているプレイヤーがほとんどです!まぁ僕もですけど!」
「お、おう……」
「僕がこの世界に来た頃は、強そうなドールを連れてフィールドを駆け回る人もしょっちゅう見かけたんですけどね。今じゃもう、全然。街に行っても、NPCがちらほら居るくらいで。そのNPCすらも少しづつ減ってる気がするし……」
やれやれと肩をすくめる健太くんの話を聞きつつ、俺は思わず考え込んでしまう。
クリア方法が分からないとは言うが、ゲームのクリア条件なんてゲームに触れたこともない箱入りでもなきゃ割とすぐ想像できるじゃないか。どのゲームだって、ラスボスを倒すなり何なりすればクリア出来るだろう。これがスローライフ系のゲームだというなら話は別だが。
「おおっと、僕としたことがついテンション下がっちゃいました!こんなんじゃこの先やってられませんよね!こんな状況だからこそ、いつだって元気にやっていかなきゃ。ね! 裕太さん! あれ、裕太さん? 大丈夫ですか?」
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事を……ところで、ゲームオーバーになるとどうなるんだ?」
「そう!それ!それも分からないんですよ! ゲームオーバーになったプレイヤーは皆、ドールを残して忽然と姿を消してしまうということくらいですかね。そのまま死んでしまうのか、はたまた元の世界に帰れるのか、こればかりはどうにも分かんないです」
「まぁ、そうだよな……」
この疑問は、人間の死後の世界がどうなっているのかと聞くようなものだ。結局のところ、死んでみないとわからない。天国や地獄へ行くという説もあれば、また別の人間として生を得るという説もある。しかしどれも憶測に過ぎず、決して確証はないのだ。試すのは簡単だが、それはつまりこの後の人生を擲つということである。
「すいません。話すのは久しぶりなもんで、あんまり面白い話できなくて。たはは」
「いや、いいんだ。むしろありがたいくらいだよ」
悪い話ばかりではない。聞いた話の中には、朗報と言える情報もある。
まず、この世界には時間という概念が存在しているということ。それと、俺や健太くんのようなプレイヤーが他にもいるということだ。困ったときにはラビやNPCなどのゲーム上の存在ではなく、プレイヤーに頼ることが出来ると分かっただけでも、この話を聞いた甲斐がある。
「それはそうと。そろそろ、ドールたちは仲良くなれましたかね?」
そう言われてみれば、先程からやけに静かである。リコちゃんもそれほど口数が多いわけではないらしいので、無口なミゥと掛け合わせても賑やかにならないとは思うが。ふと目を向けると、寝室のドアから中を覗き込んでいたリコちゃんの姿は無い。
「リコは人懐こいんですけど、その、ミゥちゃんは人見知りみたいなんで」
「まぁ、喧嘩とかはしてないと思うけど……様子を見てみようか」
二人で軽く笑みを交わしてから席を立ち、寝室のドアから中を覗き込む。
「!」
ベッドの上に腰掛けた状態でミゥを膝の上に乗せ、柔らかなそのほっぺたをもちもちしていたリコちゃんがハッと顔を上げてその手を止める。またしてもミゥがもちもちと弄ばれているようだが……相変わらず少し不満げな表情を浮かべつつも嫌がっている様子はない。確か、メリーさんにも同じようなことをされていたが、ミゥは小さいから抱っこしやすいのかもしれないな。
「あぁ、もちもちしてますね。良かった」
ひょっこりと顔を出した健太くんが安堵に息を吐いてにへらと微笑む。
「NPCにもやられたんだけど、何か意味があるのか?あれ」
「ドール同士が行うコミュニケーションの一種ですよ。人懐こいドールは、ああやって自分より小柄なドールを膝の上に抱いてスキンシップするんですけど、それで相手が暴れたり、逃げたりしなければ友好関係を結んだことになるみたいです!微笑ましいですね!」
「じゃあ、あれでお友達になれたってことか」
「はい。このまま放っておくだけでどんどん仲良くなっていきますよ。僕たちもフレンド登録とかしておきましょうか! こうしてお話が出来るプレイヤーは今じゃ殆どいませんからね。せめていつでも連絡できるようししておいた方がいいですからね! というわけでちゃちゃっと申請しちゃいますッ」
さらりと爆弾発言をした健太くんは途端に凍りつく俺の様子を気にすることもなく、ぱちんと指を鳴らしてメニュー画面を開いて指を走らせてゆく。形こそ俺のものと同じだが、色合いが少し違っている。俺はどうすれば良いのかと尋ねようとしたその瞬間、視界にメッセージが表示された。
『佐川 健太からフレンド申請が届きました。承認しますか?』
『プレイヤーネーム:佐川 健太』
『【銀の鋭針】リコ』
『トータルスコア:32000』
『地区ランキング:12位』
『総合ランキング:39位』
何やら物々しい数字が並ぶリコちゃんのプロフィールの下に表示された『承認する』という選択肢に触れると、ちょっぴり派手な青いエフェクトが弾けて光を放ち、俺と健太くんの胸を淡い線で結んで消えた。こういうところはゲームらしく、きちんとエフェクトが用意されているのか。全く手が込んでやがるな。
『チュートリアル:フレンド登録』
『他プレイヤーとフレンド登録を結ぶことで、メッセージのやり取りやアイテムの交換、パーティを組んでタッグマッチなど、様々なことができるほか、相手プレイヤーが所有するドールのスコアを確認することもできます。気の合うプレイヤーと出会った際には積極的にフレンド登録を結びましょう』
「はい、フレンド登録完了です。これで、メニューからいつでも連絡取れますんで。何かあったらすぐに僕を呼んでくださいね! これでも僕、ここじゃ結構強いって評判なんですよ。へへっ」
「わかった。よろしく頼む」
シャドーボクシングをするような仕草を見せて自慢げに笑う健太くんと握手を交わし、俺はようやくこの世界での初めての友人を手に入れたのである。見た目こそ年端も行かぬ少年だが、小さいなりに頼りになりそうだ。
その後は皆で机を囲んで紅茶を飲みつつ、賑やかなひと時を過ごすこととなった。