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カスタムドール  作者: 神崎 凛
始まりの丘と美しき虚の街 -西方地区-
11/18

小さな友人

 


『システムエラーが発生しました』

『接続がタイムアウトしました。ベースハウスに転送します』




――――


 

――目を覚ますとそこは、木造の質素な寝室の中。


 今度はどうやら、間違いなく自宅に帰って来れたようだ。結局のところ、さっきのは何だったのだろうか。心地よいとはお世辞にも言い難いベッドに身を預けて仰向けになっていた俺は軽く身を起こすと、着込んだままだったコートのポケットに入っていたハーフドールのリンが這い出してきてぱたぱたと手を振ってくる。この子も心配してくれたようだ。


 そんな俺の手のひらには、あの場所で握らされた一枚のカード。

 何かが描いてあるようだが、古いカードなのか傷が多く、表面はバキバキにひび割れてしまっていて何が描いてあるのかよくわからない。指で触れてアイテム詳細を見ようにも、ノイズと共に『破損データ』という文字が表示されるばかりだ。


 どうやら壊れてしまっているらしい。

 これじゃあ使い物にはならないな。せめて、何に使うものなのか知りたかったが……



「……ミゥ」


 ベッドの傍らにはミゥが座り込んでおり、ベッドに突っ伏すようにしてすやすやと眠っている。寝室の中を見渡してみれば、金貨を詰め込んだ黒い箱やアイテムボックスが近くに転がっており、寝室の中はアイテム類や金貨でごちゃごちゃになっている。


 暇を持て余して金貨やアイテムで遊んでるうちに、電池切れになったのか。

 この様子だと、恐らくはずっと傍にいてくれたのだろう。


 ベッドの枕元には、ボックスに入っていた果物類がそっと積み上げられている。

 ブドウらしき果実をもぎって口に放り込みつつ、眠るミゥの頭を撫でてやった。


(エクレール、か……)


 脳裏に残る機械的な声が、ちくりと胸を刺す。

 俺は破損しているらしいカードを光に透かすようにして握りながら、枕に頭を預ける。あの人はメリーさんやシュラさんのようなNPCというよりも、どちらかといえばミゥに近い。俺のような人形師の手により生み出されたドールであるような気がした。豪華な家具で統一された部屋といい、如何にも強力そうな装備といい、あの部屋で生活していた人形師はそれなりにやり込んでいるプレイヤーだったはずだ。しかしそうと考えると、不自然な点がある。


 本来あの部屋に居るはずの人形師は、一体どこに行ったのか。


 あの人はまるで、久しく主と会っていないかのような素振りを見せた。

 彼女の主は自らの相棒たるドールを家に残し、一人で外出したというのだろうか。


 自らの理想の具現であるはずのドールを置いて。たった一人で。何処に。何をしに行ったというのか。考えれば考えるほどに、彼女の存在が胸に引っかかる。俺の脳裏に渦巻いて消えないこれらの疑問を解消するには、知識も経験もあまりに不足していた。


「……」


 悶々と考え込む俺を見つめる寝ぼけ眼。

 ぐしぐしと目を擦りつつ俺を見上げてくるミゥを撫で回しつつ、やがて俺は悶々と渦巻く思考を軽く流すことにした。流して良い疑問なのかどうかは甚だ疑問であったが、あまりごちゃごちゃ思考を巡らせるのは得意ではない。ぶっちゃけた話、もうすでに頭がパンクしそうなのだ。


 あまり深く考えず、流すことにしよう。

 このゲームのことだ。きっとそのうち、嫌でも理解することになるだろう。


「おはよう、ミゥ。ごめんな。退屈だったろ」


 さらりと柔らかな髪をかき撫でながら微笑みを向けてやる。


「……」


 ミゥはやはり何も言わずにじっと俺を見つめ、やがてくぱと口を開けた。突然のことに一瞬戸惑ったが、枕元に置かれたブドウを見た俺は「あぁ、なるほど」と頷いてその一粒をつまみ、ミゥの小さな口にそっと押し込んでみる。どうやら俺の選択は間違いではなかったらしく、ミゥは少し満足げに目を伏せて口をもぐもぐさせた。そんな様子を微笑ましく眺めながら、俺もブドウを一粒口に放り込む。


 平然と口にしてはいるが、この果物やココアなどの飲み物はどう言う仕組みになっているのだろうか。見た目や香りはもちろんのこと、食感や味まで俺の知るものと全く同じとはどういうことなのか。体が空腹を訴える様子もないし、便意を催すこともない。だったらこの食べた物はどうなるのだろう。


 この生活における疑問はそれだけじゃない。

 時計のようなものがどこにも見当たらないのも妙だ。外は相変わらずの晴天だが、時間の経過による昼夜の区別や天候の変化はあるのだろうか。というより、時間という概念が存在するのか。もし存在しないとなれば、この世界はどうやって回っているんだ。そもそも回っていないという可能性も出てくるぞ。


 あれもこれも、分からないことだらけだ。

 兎にも角にも情報収集をしなくては。今のままでは分からないことが多すぎる。


「……」


 しかしその前に、まずは部屋の片付けだな。

 床のあちこちに小瓶などのアイテム類が散乱し、至るところに金貨が散らばっている。考えるまでもなくミゥの仕業だろうが、もしかしたらこの子は散らかしグセがあるのかもしれない。なるべく甘やかすつもりではあるが、初歩的な躾くらいはしておくべきだろう。せめて金貨をおもちゃにするのはやめさせないと……。


 俺はベッドから身を起こして立ち上がり、ミゥを抱き上げてベッドの上に座らせる。


「ミゥ。金貨で遊んじゃダメだって言ったろう。これはおもちゃじゃないんだぞ」


 拾い上げた一枚の金貨をミゥに見せながらちょっぴり強めの口調でそう言うと、ミゥは途端にむっと表情を曇らせ、何ともやりきれないような表情を浮かべて俺を見つめてくる。お気に入りのおもちゃを取り上げられたような気分なのだろうが、流石に通貨をおもちゃ扱いするのはダメだ。心を鬼にしなくては。


「……」


 ミゥは細い指を絡ませながら口をへの字に結んでいるが、ダメなものはダメなのだ。俺は床に散らばる金貨を拾い集めて黒い箱に入れ、椅子を踏み台にクローゼットの上へと移動させる。


 この高さなら流石に届かないだろう。

 背後から向けられる不満げな視線をスルーしながら、床に散らばるアイテム類を拾い集めてアイテムボックスに放り込んでゆく。チケットや鍵など、何に使うのかすらよくわからないアイテムだが、使うときが来るまでは大切にしまっておこう。ゲームの序盤で報酬として配られるアイテムは何かと便利なものも多かったような記憶があるし、いつか役立つ日が来るかも知れないしな。というよりいつか必ず役に立つはずだ。

 

(とりあえず、これから何をしようか……)


 さくっと片付けを終えた俺はベッドに腰掛け、クローゼットの上をジッと見つめるミゥを眺めながら軽くため息をつく。まだ情報が圧倒的に足りていない。今日も街に行くべきだろうか。それとも家の中でミゥを構いつつのんびり過ごすか、家の外をぶらりと見て来るのもいいな。まだ色々と試していない機能もあるし、生活していく上で必要最低限必要な家具だって揃ってない。何から手をつけるべきだろうか。


 そんなことを考えていると、不意に扉を叩く音が聞こえた。


「おはようございまーす! 郵便でーすっ」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは、年端も行かぬ少年の元気な声。

 もそもそと毛布に潜って身を隠し始めるミゥを横目に、誰だろうかと考えながら入口のドアへと向かう。この状況での来客は、恐らく何かのイベントだろう。ゲームであるこの世界で起こり得る全ての出来事は仕組まれたイベントであり、その全てを避けては通れない。居留守を使うわけにもいかないだろう。


 ドアを開けると、小学生ほどの明朗な少年が赤い箱を抱えて立っていた。


「あっ、どうも! 僕、配達員の佐川健太です。こっちは相棒のリコです」

「です」


 健太と名乗った少年はパッと弾けるような笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げる。それと同時に、その隣に立っていたドールが一緒に頭を下げた。長い銀髪をツインテールに結んだ可愛らしい子だ。ドールを連れている、ということは人形師か。俺に何かを届けに来てくれたようだが、この子も俺と同じようにしてこの世界へやってきたプレイヤーなのだろうか。


「初めまして。えっと、俺は……」


「佐々木 裕太さんですよね。神様からお荷物届いてますんで、確認お願いします!」


 どうやら名乗る必要すら無いようだ。

 ずいっと差し出された赤い箱を勢いのままに受け取ったものの、これが何なのかすら皆目見当もつかない。赤い箱はピザの箱をふた回りほど大きくしたような平べったい箱であり、それほど重くない。中で何かが揺れ動く様子もない。何なんだこれは。確認しろと言われても、全く身に覚えがないのだが。


 というより、差出人は神様なのか。いよいよ訳がわからなくなってきたぞ。


「これは……?」


「裕太さん宛のお荷物です。じゃ、僕らはこれで」

 

「あ、待って! 色々聞きたいことがあるんだ。俺、ここに来たばかりで……」


 会釈して立ち去ろうとする少年とドールを慌てて呼び止める。一瞬きょとんとした少年はすぐに何かを察したような表情を浮かべ、懐から取り出したメモ帳を捲りながら、傍らに佇むドールに目配せをする。リコというらしい銀髪のドールは黙って頷き、長く美しい髪をさらりと流した。


「話を聞かせて欲しいんだ。良ければ、中でお茶でも」


「あー……なるほど。この後はしばらく予定ないし……まぁ、少しくらいなら怒られな……あ、いえ。分かりましたっ!僕が知ってることでよければ、色々教えますよ」


 そう言って人懐こい笑顔を浮かべるその姿は、小さくも頼もしい。

 俺はほっと胸をなで下ろし、彼らを家に招き入れる。


 これが、後のライフラインとなる小さな友人との出会いであった。

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