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カスタムドール  作者: 神崎 凛
序章 見知らぬ天井
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見知らぬ天井

 ふと気が付くと俺は、立派なベッドに寝そべって見知らぬ天井を眺めていた。


 突然何を言い出すのかと思う人もいるだろう。

 いや、実際俺も何が起きたのかよくわかっていない。


 

 事の始まりはほんの十数分前。


 自他ともに認めるオタクだった叔父を突然の事故で亡くし、その部屋の整理を任された俺は渋々ながらも叔父が遺した大量のフィギュアやゲーム類を整理していたのだが、その最中に見つけた一本のゲームソフトがふと目に付いた。


 ゲームのタイトルは確か、『カスタムドール』

 人形のヒロインを自由にカスタマイズし、共に生活してゆくというゲームだったはずだ。終の見えない片付け作業に半ばうんざりしていた俺は休憩がてら、そのゲームを起動したことだけは覚えている。


 気が付くと俺は、見知らぬ部屋の中にいた。



 普段使っている家の物よりよほど大きく、全身を柔らかく包むようなベッドの感触がやけにリアルだ。体を蝕む気怠さを振り払うように身を起こすと、黒を基調とした広い部屋の中に高そうなクローゼットや机、これまた立派な本棚や椅子などが置かれているのが見える。どこの高級ホテルかとツッコミを入れたくもなるが、視界に映り込むメッセージが現実を容赦なく突きつけてくる。


『チュートリアルモードを起動しますか?』


 そのメッセージを捉えると同時に、その下に選択肢が表示される。


『チュートリアルモードを起動する』

『フリーモードを起動する』


 刻々と減っていくタイマー付きではあるが、どうやら俺が選ばなければならないらしい。恐らくこのタイマーがゼロになったら勝手にゲームが進行するのだろう。制限時間を設けるならせめて、状況を理解する程度の猶予は与えてほしいものだ。俺が今何処にいるのか、何故こんな場所にいるのか、そんな疑問をまとめてかなぐり捨て、俺はただこのゲームの製作者を殴りたい気持ちで胸がいっぱいだった。


 コントローラーやキーボードは当然のごとく手元に無い。

 俺はごくりと生唾を飲み、虚空にポップアップされた選択肢に手を伸ばす。


 こういう場合は、まずはチュートリアルからやっておくべきだろう。

 そっと伸ばした俺の指が選択肢に触れると同時に、文字が書き換えられてゆく。


『貴方は駆け出しの人形師(ドールマスター)

 可憐な人形(ドール)を生み出し、絆を深め、マナの欠片を集めましょう』


 ゲームのストーリーらしき文章の右下に表示された小さな逆三角系に触れると、再びメッセージが書き換えられてゆく。なるほど。原理は分からないがタッチパネルと似たようなものらしい。俺がウィンドウに直接触れることでゲームが進んでいく仕様になっているようだ。


『ミッションをクリアすることでマナの欠片を入手できます。

 数々のミッションをこなし、一人前の人形師を目指しましょう』


 よく見てみれば表示されているウィンドウは四角い吹き出しのような形をしている。ウィンドウの左下にちょっぴり突き出した三角形が指し示す方を見てみると、ベッドの枕元にはタキシードを着込んだ白いウサギの人形が鎮座していた。


 大きなシルクハットがやけに似合うそいつは首だけを軽く動かし、ガラス玉のような赤い目でこっちをじっと見つめてくる。どうやらこいつがナビゲーターキャラと見て間違いなさそうだ。


『初めまして。私、ナビドールのラビと申します。

 貴方の快適なドールライフをサポートするのが私の役目です』


 ウサギ人形ラビの頭上に、そんなメッセージが表示される。


 そういえば、表示されたウィンドウ以外の物体には触れるのだろうか。

 ベッドの感触が分かるということは、恐らく他の家具にも触れるだろうが……。


『チュートリアル:操作方法』


 ラビの頭上に、再びメッセージが表示される。


『貴方自身が動くことで、視点が移動します。

 まずはこの部屋の中を自由に歩き回ってみましょう』


 なるほど。当たり前だが、いわゆる視点カメラは俺自身というわけか。

 やはりチュートリアルというだけあって、本当に基本的なことから説明してくれるらしい。


 この状況をどうにかするのはひとまず後回しだ。逆らっても仕方がないので、俺はベッドから立ち上がり部屋をぐるっと見渡してみる。俺の部屋を四つ組み合わせても足りぬほど広々とした部屋には、如何にも高級そうな家具が用意されている。そんな黒を基調としたデザインに統一された家具の中でも一際立派なクローゼットに近寄ってみると、再びメッセージが表示された。


『チュートリアル:アイテム』

『指でタッチすることで、アイテムの詳細を見ることが出来ます。

 小型のアイテムであれば、そのまま自由に動かすことも出来ます』


 とりあえず触ってみろということか。

 ラビを触った時には名前が表示されたが、つまりはそういうことだろう。


 俺はそっと手を伸ばし、黒塗りの立派なクローゼットに触れてみる。



『家具:オニキスクローゼット』

『シックな色合いが人気の高級ブランドオニキスのクローゼット。

 様々な衣服や小物を収納することが出来ます。かくれんぼにも大活躍!』


 こういうところは普通、か。


 にしても、まずは元の世界に帰る方法を模索するべきなのだろうが、こんな機会は今後ないだろう。ちょっとだけこの状況を満喫してから、脱出法を模索するのはそれからでも遅くない。


 俺はふと目に付いた黒いハートのオブジェを指でつついてみる。



『インテリア:オニキスハート』

『部屋に設置可能なインテリア。貴方の机をおしゃれに演出。

 ドールと仲良くなれるおまじない付き。置いておくといいことあるかも?』


『(付与効果:親密度UP Lv.9 積極性UP Lv.9 情愛度UP Lv.9)』


 どうやらこれはお守りらしい。

 これはこれで、中々にゲームらしいアイテムだ。


 他の家具に触れてみても、それぞれにちょっとした説明文が用意されていた。どうやら、この部屋に用意されている家具類は全てオニキスというブランドのシリーズ家具らしい。道理でカラーリングが似てるわけだ。洋館の一室のような部屋の雰囲気ともよく合っているし、何より黒と金に統一された部屋は中々に豪華である。


『チュートリアル:メニュー画面』

『室内、屋外問わず、指を鳴らすことでメニュー画面を表示することが出来ます。

 メニュー画面を閉じる際は、画面右上のクローズマークをタッチしてください』


 あちこちを指でつつく作業を続けていると、視界に再びメッセージが表示された。


 とりあえず指示通りに指を鳴らしてみると、なるほど確かにメニューらしきコマンドがずらりと出てきた。見たところ様々な機能があるようだが、まぁこの辺りは使っていくうちに少しずつ慣れていくしかなさそうだ。試しにアイテム一覧という文字をタップしてみると、いくつかのアイテムが入ったインベントリが表示される。このアイテムはどうやって使うのだろうか。タップすればいいのか?


 数秒ほど眺めていると、視界に移りこむメッセージが書き換えられてゆく。


『チュートリアル:インベントリ』

『アイテムを使用する際は、タップしたまま欄外に弾き出すことでアイテムが実体化します。実体化したアイテムは指で二回叩くことで再びインベントリに収納することが出来ます。以上の基本操作の他に、様々な隠し機能も……?』


 ……うむ。流石にチュートリアルというだけあって親切だ。

 俺の疑問に対し即座にフォローを入れてくる辺り、やはりこのゲームはどこか変だ。まぁ、突然別世界に転送するようなゲームがまともなはずもないのだが。


 インベントリに表示されているアイテムのアイコンに触れると、それぞれ『ボール』『ブロンズソード』『ティーセット』という名前が表示された。とりあえず色々とつっこみたい気持ちはあるが無難なボールのアイコンをタップし、指で弾き出してみる。


 すると説明通り、実体化した手のひら大のボールがふわりと虚空に現れた。


 光に包まれたまま浮かぶボールを手に取ると、よく弾みそうなゴムの感触が指に吸い付き、押せば押し返してくる弾力がどこか心地よい。握りしめて感触を確かめつつ軽く放り投げてみると、ぽよんぽよんと音を立てて部屋の中を跳ね回った。予想通りよく弾むそのボールは、子犬相手に使えば結構楽しめそうではある。


 壁や家具に跳ね返って再び手の中に戻ってきたボールを掴んで指で二回叩くと、ポンと音を立ててボールは消滅。代わりに、開きっぱなしのインベントリから消えていたボールのアイコンが復活した。仕組みは分からないが、これはこれで中々に面白いじゃないか。


 同じ要領でティーセットのアイコンをインベントリから弾き出すと、家具と同じカラーリングの黒く豪華なポットと小さなカップがプレートに乗った状態で虚空をふわふわと漂う。一度メニューを閉じてポットを傾け、ティーカップに注ぎ入れてみると、紅茶の柔らかな香りが湯気と共に俺の鼻孔をくすぐる。こういう所はゲームらしく、カップに注ぐだけで飲めるように温度やその他諸々が調整されているらしい。


 試しに一口飲んでみると、火傷するような温度でもなく普通に美味しい紅茶だ。


 紅茶に飲み慣れていない俺はこの紅茶がどれほどのレベルなのかはよくわからないが、まぁ恐らくはそれなりに質のいい茶葉を使っているのだろう。いや、所詮チュートリアルで飲める程度の紅茶なら粗悪品だという可能性も……? そもそもこのゲームに茶葉という概念があるのか?


 考えるのも面倒だ。ここまで来てしまったからには、細かいことを考えるのはやめよう。俺はポットとカップをプレートに置き、プレートを指先で二回叩いてみる。すると、やはりポンと音を立てて消滅し、そのままインベントリに収納された。ポットの中身が無くなったらアイテムが消滅してしまうのか、それとも無限に補給されるのか。その辺りはご都合主義なのかリアル志向なのかどっちなのか後で調べておく必要がありそうだ。


 なぜか凶器も交じってる気がするが……とりあえずこれは触らないでおこう。

 アイテムの使い方は一通り覚えたし、そろそろ次の項目に行ってみるか。


 俺は再び指を鳴らし、メニュー画面を開いてみる。


 アイテム一覧という項目の下には、ショップの利用やモード切替、図鑑やステータス閲覧など、色々と気になる項目が並んでいる。一つ一つ確認してもいいのだが、とりあえず気になるものから埋めていこう。


「……モード切替って、なんだ?」


 そう呟いた途端に、待ってましたと言わんばかりにメッセージが飛び出してきた。

 こいつは随分と仕事の早いウサギだな。優秀すぎて怖いくらいだ。


『チュートリアルモード』(選択中)

 ゲーム内の基本的な操作を学びつつ、ストーリーを進めていくモード。

 操作方法を説明するナビドールが貴方のドールライフをサポートしてくれます。


『フリーモード』

 駆け出し人形師の貴方が、ドールと共に一人前を目指してゆくモード。

 上級者向けの隠しコマンドが解放され、より自由度の高い生活が可能です。


『エディットモード』

 購入したアクセサリーやパーツを用いて様々なカスタマイズを行えるモード。

 ドールのカスタマイズの他、新たなドールを作成する際にも利用されます。



 表示されたそれらの説明に目を通していると、再びメッセージが表示された。


『チュートリアル:キャラメイク』

『貴方の思い描く理想を形に、貴方だけのドールを作成しましょう。

 作成したドールは衣食住を共にする貴方のパートナーとなります』


「お、おい。勝手に進むな。まだ試してないことが……」


 そんな俺の訴えも虚しく、メッセージは書き換えられていった。

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