兄馬鹿二人
ナターシャ姫による貴族子息蹴落とし事件は、レイス王国に新たな出会いをもたらした。
どうやらまだ正式には発表されていないが、マーシャル皇国の第一皇子カイル・アーレイ・マーシャル殿下とレイス王国のナターシャ・ウィル・レイス王女殿下の婚約が内定したらしい。
さて、なぜ他国の王子である私が、正式発表前にこんな重要な情報を知り得たかと言うと、夜会後にお酒をもって私の滞在している迎賓館を内密に訪ねてきた人物のおかげです。
「うぅ〜まだ五歳になったばかりのナターシャに婚約なんて! 早過ぎると思うだろう!?」
夜会で既に酒精が回っていたアールベルトはそう言って管を巻いた。
見事な絡み酒だ。 行儀悪く高級品であるテーブルに、お酒の入ったグラスを叩きつける。
「そうだな……早いかもな」
王侯貴族なんて産まれる前から婚約者がいることも珍しくないけれど、それを酒が回っているアールベルトに告げれば、更に絡まれるだろうことがわかっているので適当に相槌を打つ。
「兄様のお嫁さんになるなんて可愛いことを言うから、兄妹では結婚はできないって教えたんだよ。 だからってさ、まさかカイル殿下のお嫁さんになるって宣言されるとは思わないじゃないか」
血の涙でも流さんばかりに悲嘆するアールベルトの空いたグラスにワインを注ぎ足す。
「まぁ、基本的にはおめでたいことだろう?」
「シオルはキャロライン王女が突然連れてきた男を見せられて『この人と結婚します!』って言われたらどう思う?」
なぬ、あの男装麗人と化した可愛いキャロラインが隣にどこの誰ともしれぬ馬の骨を伴って、そんな暴言をはく姿を想像して思わずグラスを持つ手に力を入れ過ぎたらしい。
バリンと音を立ててグラスにヒビが入り、割れてしまった。
「うわっ!?」
「あっ、ごめん」
「何やってんだよ……」
幸い中身はほとんど飲み干していたし、幾度となく血豆が潰れる鍛錬を積み重ねて愛剣シルバを振り回し続けた両手の皮は、前世では信じられない硬度と化している。
今ではグラスの破片を握り込んだくらいじゃ血も出ない。
酒でふらつく足で椅子から立ち上がると、アールベルトは部屋の外に待機している侍女に指示を出した。
直ぐに入室してきた侍女たちの手で手際良くテーブルの上が清められて行く。
「はぁ、妹でこんな気持ちになるなら父上の心情は想像を絶するな……」
「本当にな、まぁもしもうまく行かないときは迎えに行けばいいんじゃないか? ミリアーナ夫人は今幸せそうだよ」
「そうだな、もしもの時は攻め滅ぼしてでも取り返せば済む話か」
「アールベルト、冗談に聞こえないんだけど……」
「気にするな、ただの酔っぱらいの戯言だよ」
ニッコリと見る者を魅了するような美しい微笑みを浮かべながら話すアールベルトの言葉にゾクリと悪寒が背筋を駆け上る。
急激に下がった空気を払拭するようにアールベルトは、新しく用意させたグラスへとワインを注ぎ手渡してきた。
「まぁ今夜は飲もう! しかしこの料理は美味いな」
先程までのお酒のお供に出したたまり醤油ベースで味付けした鳥肉の照り焼きをフォークで口へ運んではご機嫌な様子でグラスを空けていく。
「レイナス王国で新しく出来た調味料を使ってるんだよ。 祝いの品にも持ってきたから、気に入ったら買ってくれると嬉しいな」
酒の席だからだろう、お互いに軽口をたたきながら、将来国を背負う者同士でいかに妹や家族、国民を愛しているかを語らい飲み明かした。




