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久しぶりの宿屋

 朝靄が晴れた頃、四頭もの馬に沢山の荷をくくりつけた一行が、関所の通行審査を待つ列に並んでいた。


 壮年の行商人のような男性が引く馬の馬上には黒髪の美しい女性が座っている。


 そして同じく黒髪の少年が直列で繋がれた三頭の馬を引いていた。


「本当にやるんですか?」


「もちろん。 失敗したら只じゃおかないから」


 早くも弱気になっている。ロンダークさんを脅しつつ、順番は次第に近付いてくる。


「次!」


 前の人が関門を過ぎ、ロンダークさんはゆっくりと近付いていく。


「荷と身分証を改める」


「はい、私はロンダーク・ビオスと申します。 ドラグーン王国で行商をしておりましたが、買い付けと商売の為にマーシャル皇国へ向かっております。馬上には居るのは妻のレーシャと、これが息子のレオルです」


 ロンダークさんの紹介に合わせて頭を下げれば、門番は私の髪の毛とミリアーナ叔母様の髪の毛を確認した。


 ちなみにミリアーナ叔母様の名前は私の侍女レーシャさんから借りてきました。


 手綱を握りしめた両手に汗をかきながら相手の反応を伺えば、門番は何かを書き付けて標的を馬体にくくりつけられた荷物へと移したようだ。


「荷は?」


「はい、珍しい南方の織物と旅の食料、石鹸などです」


 昨日入手した刺繍の入ったハンカチや、空き瓶に森で拾ったムクロジを詰めた物を見せる。


 品物を見せるときに、さりげなく袖の下、いわゆる賄賂を渡すのが止められることなく国境を越えるコツだと、ロンダークさんは情報収集の為に立ち寄った酒場で聞いてきたようだ。


「ふむ、特に問題は無いようだ行って良いぞ」


「ありがとうございます」 


 ロンダークさんが渡した賄賂で許可を貰い、怪しまれないように慎重に門を潜る。


 すると背後で騒ぎが起きて白髪の女性がどこかへと連行されていった。


 とりあえずドラグーン王国を脱出出来たことにほっと胸を撫で下ろせば、ふわりと私の頭上にミリアーナ叔母様の手が降りてきてくしゃくしゃと撫でられた。


 その撫でかたが昔に撫でられた時の記憶と重なって不意に浮かんだ涙を長袖で乱暴に拭う。


 とにかくドラグーン王国は抜けることが出来たが、ここはまだマーシャル皇国……レイナス王国じゃない。


 しばらくマーシャル皇国の大地を進み、小さな村の宿屋に部屋をとる。


 本当なら個室が相応しいのだろうけれど、心を壊したミリアーナ叔母様をひとりにするくらいならと、三人で一部屋を借り受けた。


 旅の疲れを癒すように大盥に湯をはって汚れを落とす。


 ミリアーナ叔母様は自分の事が出来なくなってしまっている事が多く、洗髪や洗体もひとりでは難しい状況だ。


 かといってロンダークさんが手伝うわけにもいかないので、私がすることになる。


 長い髪に湯をかければ染髪に使った塗料がお湯に溶け出し、湯を黒く染めていく。


 何度か湯を換えて着替えを済ませた。


 やはりミリアーナ叔母様の心身の負担は大きかったようで温かな夕食を平らげた後は、ベッドに潜るとすぐに寝入ってしまったようだ。


 堅いベッドに体を横たえて目を瞑れば急速に意識が睡魔に飲み込まれていく。


 一時の安息はそれまでの平穏な旅がまるで嘘であったかのように襲い来る苦難の前に与えられた休息だった。 

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