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無事帰国するために

 今、ドラグーン王国は後継者争いが表面化しはじめていた。 


 本来ならば故クラインセルト陛下の嫡出子がドラグーン王国の後継となるのだが、まだ産まれても居ない赤子を王位にはつけられない。


 混沌とする王城内では誰が国王の地位に付くかで表だって揉めることが増えてきていると、ミリアーナ叔母様の世話をしにくる侍女が教えてくれた。


 宰相はミリアーナ叔母様を支えてクラインセルト陛下のお子に王位について欲しいようだが、混乱する国内を導ける指導者を求める声が高まる中で起きた昨夜の襲撃を重く見た宰相が朝早く、人目を避けるようにして日の出と変わらぬ時間に私の元を訪れた。


「早朝に訪問する無礼をお許しいただき感謝いたします」


 宰相は二人だけの護衛を引き連れてやって来ると、その二人に部屋には誰も近寄らせないように厳命し、私へと謝罪と感謝の言葉を述べた。


「いえ、なにか問題が?」


 私の問い掛けに、宰相は言いにくそうにしながら口を開いた。


「昨夜ミリアーナ王妃陛下に放たれた刺客が、牢屋で殺害されているのが発見されました……」


「はい? そんな、警備は?」


 動揺を誤魔化すように冷静さを心がけて問う。


 カルロス宰相の話によればミリアーナ叔母様を襲撃した男が何者かの手によって捕らえられた牢屋の中で死んでいるのが発見されたとの連絡が入ったらしい。


 いまだ地震の爪痕が色濃く残っているにしても、城内の警備の杜撰さが浮き彫りになったと言って良いように感じる。


 いや……、杜撰にしている者がいる、が正しいのかもしれないが、何にせよ内部に犯人がいると言うことだろうか。


「シオル殿下にご相談があって参りました……」


 そう話すとカルロス宰相は深々と頭を下げた。


「王妃陛下のお国下がりをお願いしたいのです」


「なっ!?」


 国へ下がる……すなわち離縁と同意として使われる言葉だ。


「お耳の早いシオル殿下にも届いているかと思いますが、我が国はこれから荒れるでしょう。 そして真っ先に矢面に立たれることになるのはクラインセルト陛下のお子を宿されたミリアーナ陛下です」


 そう言ってベッドに横たわるミリアーナ叔母様を見詰めた。


「私はお二人のご婚約が決まってから今日まで影ながらこの国を導かれるお二人の助けになればと働かせていただきました。 そしてクラインセルト陛下には幼い頃から手を焼かされて来ましてね、畏れ多いため明言したことはありませんでしたが、息子のようにご成長を見守って参りました」


 淡々とカルロス宰相が語る言葉にはいつもの気を抜けば直ぐに飲まれてしまいそうな覇気はなく、好好爺とした気配を放っていて嘘をついているようには感じられなかった。


「本当ならクラインセルト陛下のお子に後をついでいただきたいとおもっておりましたが、今の私達では、クラインセルト陛下が愛されたミリアーナ陛下も、本物の孫のように誕生を待ちわびているお子をお守りする事は……難しいのです」


 カルロス宰相の懸念は昨晩の襲撃を重く受け止めた事だろう。


「ミリアーナ陛下とお子をお守りするにはドラグーン王国に留まるよりも母国へお戻り頂くのが一番だと考えております」


 誰が敵か味方かも分からない熾烈な王位争奪戦の火蓋が落とされようとしているのは火を見るより明らかだ。


「しかし、お子を宿されたミリアーナ陛下をレイナス王国へお返しする事は他の王位継承権を持っている者達が納得致しません」


 私としては甥か姪となる赤子を人質にするなんて頭はないが、邪推するものは一定数いるだろう。


「そのために、ミリアーナ陛下には……流産していただきたいと考えております」


「なっ!?」


 流産と言ったカルロス宰相からミリアーナ叔母様を庇うようにして直ぐに対処出来るように愛剣に手をかける。

 

「もちろん、本当に堕胎させようとは考えておりません、ですがミリアーナ陛下とお子をお守りするには、流産された事にしてレイナス王国へ逃げていただくしか道はないのです」


 ミリアーナ叔母様を見ながら何かを耐えるように色が変わるほど拳を握り締めるカルロス宰相からは不本意な事なのだ全身で訴えているようだった。


「ドラグーン王国は……カルロス宰相様はそれでよろしいのですね?」


「……はい」


 しっかりと頷かれたカルロス宰相の顔は決意に満ちていた。


「わかりました。 信頼できる医師に流産の偽の診断書を書かせてください。 明日の合同葬儀でクラインセルト陛下と一緒に弔いましょう」


「はい、手配はこちらで致します。 それからこれをお渡ししておきます」


 カルロス宰相は胸元から私の両手に収まる程の大きさがある短剣を取りだし私に差し出した。


「これは?」


 キラキラとした宝飾が施された鞘と刀身には精密なドラグーン王家の紋章が刻まれていた。


「代々ドラグーン王家の国王陛下に受け継がれる宝剣です」


 カルロス宰相の言葉に危うく短剣を落としかけた。


「まっ、待って下さい!」


「その剣をお願いいたします。 それからこれはミリアーナ陛下にお渡しください」


 包装された中身が見えない四角い物をミリアーナ叔母様のベッド脇に伏せた。


「明日の警備を手薄にしておきます。 私の直筆の通行証もお渡し致します。 新しい国王に名が上がっている者に実権が渡れば、この国は戦乱へと向かうことになります。 今いる他国の王族は既に知らせを走らせましたので帰国している事でしょう。 葬儀の間にお逃げください。 きっとお見送りすることは叶いますまい……無事にご帰国なさいますことを心より願っております」


 それだけ告げると何かを決意した目で足早にカルロス宰相は出ていった。


 カルロス宰相の助言にしたがって私とロンダークはミリアーナ叔母様を連れて、葬儀会場に背を向けて王都から脱出した。


 ミリアーナ叔母様の体調は心配だったが、追っ手がかかる心配がある以上ドラグーン王国から離れることを優先したのだ。


 無事に帰国を果たした数ヵ月後、レイナス王国にドラグーン王国に新国王即位の報告と、カルロス宰相死去の知らせが届いた……。


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