侵入者
直ぐ様カルロス宰相への取り次ぎを求め、ミリアーナ叔母様が目を覚ました事を伝えてもらう。
ちょうど道すがらこの数日間ミリアーナ叔母様の看護をしていた侍女と遭遇したので、ミリアーナ叔母様が目覚めたことを告げて直ぐに医師を呼んで部屋へと来てほしいと告げた。
取り次ぎは直ぐに許可されカルロス宰相がいる彼の執務室へと案内された。
「シオル・レイナス殿下をお連れいたしました」
扉の前で案内をしてくれた騎士の一人が声を駆ければ、ゆっくりと扉が開かれた。
「お仕事中失礼いたします、お邪魔ではありませんでしたか?」
過労か心労か……カルロス宰相の顔色が悪い。
「いや、そろそろ休もうかと思っていたところです」
それまで見ていた書類から視線をあげると、執務机から立ち上がったカルロス宰相に来客用に設置されているテーブルへ促された。
「手短に……ミリアーナ様が目を覚まされました……」
「おぉ、よかった。 直ぐに医師を手配いたします」
「勝手ではありますが、既に医師を呼びに走らせております」
「そうですか、殿下には多大なるお力添えをいただきまして、感謝いたします。 クラインセルト陛下がお亡くなりになられた今、私だけではこの国はまわせません。 ぜひ王妃様にも頑張っていただかなければ」
中身はさておき外見は僅か十歳の私に他国の王太子として丁寧な対応をしてくれるカルロス宰相の言葉に、先ほどのミリアーナ叔母様の様子を思いだし、表情が曇る。
私の様子が変わったことに気がついたカルロス宰相が訝しげに口を開いた。
「もしや、王妃陛下になにか……」
「私が説明するよりも実際に会っていただいた方がわかると思います……」
カルロス宰相を伴ってミリアーナ叔母様の部屋へと戻ると、医師による診断が終わったところだった。
「ミリアーナ王妃陛下のご容態は……」
カルロス宰相の質問に医師は顔を曇らせている。
「どうやら記憶に混乱があるようです。いくつか質問を致しましたが、陛下はご自分の年齢を十歳だと……」
「なんと言うことに……、混乱と言ったが一時的なものなのか?」
「わかりません、なにかの拍子に思い出されることがあるかも知れませんし、このままという可能性もございます。 クラインセルト陛下がお亡くなりになられた事と長時間生き埋めとなられていた事が要因かと思われます」
白磁のカップに注がれた蜂蜜を溶かした温かなミルクを嬉しそうに飲むミリアーナ叔母様に聞こえないようにひそめられた声に血の気が引く。
「宰相閣下……、ミリアーナ陛下は正妃としての責務を全う出来るのでしょうか……」
私の口から出た呟きは、この場にいる全員が危惧しているのだろう、重い沈黙が垂れ込める。
「……はぁ、暫く様子を見るしか無さそうですね……明日の王妃陛下の合同葬儀へのご列席は見合わせるしかなさそうです」
度重なる心労のためか、カルロス宰相はふらふらと自室へと帰っていった。 人が多くなれば休むことがむずかしくなるため、絶対安静を厳命したのち医師や侍女が下がっていった。
いつのまにやら誰かが持ってきたらしい熊のぬいぐるみで遊ぶミリアーナ叔母様は、私の記憶にある叔母様とかけ離れ過ぎている。
一緒に食事をとりあくびをし始めたミリアーナ叔母様をベッドに横になるように促し手を繋げば、子供のように無邪気な笑顔を浮かべて私の手を両手で包み込むようにして抱き込んだ。
すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてきたところでスルリと繋いでいた手を抜き取り、ミリアーナ叔母様の身体が冷えてしまわないように布団をかけ直す。
「ねぇ、ロンダークさん……」
「はい、どうかなされましたか?」
はたしてミリアーナ叔母様はこのままこの国で暮らして幸せになれるのだろうか……。
「……ううん、やっぱりなんでもない」
この国で余所者でしかない私にはどうすることも出来ないだろう。 ましてやロンダークさんは従者だ。いらぬ心労は増やさない方が良い。
「そうですか」
どこか腑に落ちない様子で、それでも柔らかく笑うとロンダークさんに促されて寝室に戻るべく踏み出したとたん不自然にロンダークさんが足を止めた。
「ロンダークさん?」
バッと背後を振り返ったロンダークが走り出すと同時に廊下に繋がる扉と窓ガラスを割って飛び込んできた者に肉薄した。
「くっ! ミリアーナ叔母様!」
ロンダークさんは窓ガラスを突き破って入り込んだ不審者を斬り飛ばすと、返す刃で扉からやって来た全身を黒い装束でくるみ顔を隠した侵入者が上段から振り下ろした剣を受け止める。
シルバが手元に無い私は、ロンダークが斬り伏せて意識の無い黒ずくめの侵入者が持っていた長剣を持ち上げる。
カチャリと金属音がして持ち上がった長剣は信じられない程に軽かった。
長剣を構えていまだに斬り結ぶ黒ずくめの後ろへ回るように距離を詰めて、侵入者の膝の裏へ長剣を叩き込んだ。
軸足を失い背中から倒れ込む黒ずくめをすかさず床へと拘束すれば、いつの間に起き上がったのか始めに斬られた黒ずくめが窓から逃げていった。
ロンダークさんのそれた隙を狙い拘束を抜けようともがく黒ずくめの額に剣の柄を叩き込み昏倒させると、素早く顔全体を覆い隠す黒い頭巾を剥ぎ取り、持っていた大判のハンカチを噛ませるようにして押さえた。
「大丈夫だと思いますが抑えていていただけますか。私はロープを持って参ります」
「わかった」
もし目が覚めれば直ぐにでも対応できるように長剣を首もとに沿わせながら、改めて侵入者の顔を覗き込んだ。
とりとめて特徴の無い顔をした男だ。これはもしどこかで会っていても記憶に残りにくいだろうな。
ロンダークさんは持ってきた縄できっちりと男を縛り上げて扉を開けると、黒ずくめに倒されたらしく気を失っている護衛騎士を手荒くたたき起こした。
どうやら一撃で昏倒させられたようで、命に関わるような怪我はないようだ。
この災害のドタバタに襲ってきた刺客は真っ直ぐにベッドに横たわるミリアーナ叔母様を狙っていた。
一体何が起きようとしているのだろうか。




