バジリスク
*クラインセルト視点*
時は戻り王城でシオル殿下から連絡をうけた俺は関係各所に、事実確認の指示をだしていた。
収まる気配がなく次第に強くなる揺れに耐えるべく近くの石壁にすがる。壁づたいに大地が震えているのを感じながらありとあらゆる事態を想定して指示をだし続けた。
多くの城勤めの者達には城内から避難するように指示を出し、数名の騎士をつれて妻の私室がある城の上階へと急いだ。
ミリアーナは立て続けに発生している地震にただならぬ異変を感じとったのか、婚姻してから着るようになった大国の王妃に相応しい豪奢なドレスを脱ぎ、本来の彼女が好む質素な男装に着替えていた。
腰には彼女が嫁入りの際に持参した長剣が下がっている。
初めて出逢った頃はミリアーナの方が高かった身長も、今では逆転している。
年月を重ねたミリアーナの身体は女性らしい丸みを帯びた体型に変化しており、男性の装いをしていても女性であることが一目でわかる。
「クライン! 良かった無事だったのね、この地震は一体……」
「すまない迎えに来るのが遅くなってしまった。 すぐに城を脱出する」
「えぇ。さぁ貴女達も逃げるわよ!」
「「はい!」」
本当なら色々問い質したいことがあるだろうが、ミリアーナは自分付の侍女二人に声をかけると、俺の手をとって出口へ向かい絨毯がひかれた廊下を足早に移動していく。
現時点では起き続けている地震の正確な原因はわからない。
しかし仮にもミリアーナの甥でレイナス王国の王太子であるシオル殿下のもたらしてくれた情報が真実であれば、迅速な対応が王都に住む全ての者達の命にかかわってくる。
既に動かせる兵や騎士達の大半は住民達の避難誘導や救助活動に向かわせていた。
ミリアーナの手を引きながら、なるべく腹部に負担がかからないように、城の非常口がある広間へとやって来た。
広間にはレンガを組み上げて造られた大きな暖炉と楕円の大きなテーブルと二十脚は有ろうかと言う椅子が並べられていた。
火が入っていない暖炉の中に半身を入れて隠されたレバーを引き下げれば、鈍い音を響かせ煤を落としながら非常口の通路が現れる。
王族を有事の際に逃がす為の狭い隠し通路を地上に向けて下っていく途中、一際大きな地響きに先頭を進んでいた騎士の足場が騎士もろとも外壁と伴に崩れ落ちた。
先を進んでいたミリアーナを引き寄せた直後
騎士の断末魔が響き渡る。
「シュルルルル」
「ぎゃー!」
「か、怪物!?」
上段から響いた侍女の悲鳴に視線をあげる。護衛の騎士が佩いていた長剣を引き抜いた。
目の前には三角と菱形の中間のような顔の巨大な蛇が、深紅の身体をくねらせる。
私達を見下ろしながらシュルルと音をたてて切断された痕がある赤く長い舌を出し入れしていた。
「バジリスク!」
そんなはずはない、バジリスクは人々の恐怖が作り出した幻想の中の生き物のはずだ。
しかし目の前の大蛇はたしかに絵物語に出てくる伝説の大蛇に良く似た特徴を持っている。
「いやー! 放してぇえ!」
バジリスクは俺たちよりも上段にいた侍女に素早く舌をからめると、軽々とその身体を空中へ放り、そのまま侍女を自らの口へ入れると、バリバリと音を立てて咀嚼し始めた
侍女が残した最期の悲鳴と濃厚な血の匂いが辺り一面に充満する。
「この! よくもシャーサを!」
顔を真っ赤に染めて、今にも大蛇に斬りかかろうとするミリアーナを止めてゆっくりと階段をのぼらせる。
侍女や落下してしまった騎士に黙祷し逃げに回る。
足場が悪い階段では満足に応戦も、身重のミリアーナを守ることも出来ない。
なんとか広間まで戻ったものの、城を揺るがす衝撃に足元から落下時特有の浮遊感が襲う。
「きゃー!」
「くそ! ミリアーナっ!」
容赦なく瓦礫が全身を打つ痛みに耐えながら自分の身体をたてにミリアーナの身体を守るように引き寄せて抱き締める。
襲い来る瓦礫をミリアーナの身体に覆い被さるようにして耐える。
額から流れ落ちた血が目に入り霞んで見える。
自分はもう長くはないだろう、自分では見えないが首からしたの感覚がないため、痛みを感じずにすんでいるのはありがたかった。
地面に落下した衝撃でミリアーナは気を失ってしまったようだが、見える範囲には大きな怪我は無さそうで安心した。
長い赤い髪に頬を寄せる。ミリアーナだけでも無事で良かった……薄れ行く意識の中で赤子を抱くミリアーナの笑顔が見れた気がした……。
*ミリアーナ視点*
背中に走った鈍い痛みに呻き、身体を起こそうとしたが、何かに身体を挟まれているようで動けなかった。
目を開けて瞬きをすれば、自分の上に折り重なり僅かに空間を開けているのがクラインセルトだとわかった。
「クライン、大丈夫? どうなっているの?」
声をかけたがクラインセルトに反応がない。 良く見れば彼の背中には大量の瓦礫がのし掛かっている。
「クライン!」
自分の肩口にあるクラインセルトの顔を確認すれば、頭部からの出血と砂と埃で汚れている。
動く手をクラインセルトの頬にあてがえば、ゾッとするほどに冷たく、そのまま脈を計ろうと指先を首へ走らせたが、いっこうに触れない。
「クライン! クラインセルト!」
必死に視線をさ迷わせれば視線の先に瓦礫が重なり空洞となっているところを見付けた。
クラインセルトのしたから抜け出そうともがけば、右足首に激しい痛みを感じてうずくまる。
どうやら右足首に大きな瓦礫がのし掛かっているようで抜け出せない。
「だっ、誰か! クラインセルトを助けて! 誰かいない!?」
クラインセルトの背中や頭に乗った瓦礫を必死に手で払い避ける。
嘘、嘘、嘘だ!上着の袖で血だらけになっているクラインセルトの顔を必死に拭いた。
私は一体どれだけの間意識を失っていた?血液は塊となって中々落ちてくれない。
すっかり冷えてしまったクラインセルトの身体を少しでも暖めようと首筋や胸元を擦る。
お願い、お願いよ……。 誰かクラインを助けて!
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