異世界のおトイレ事情……
『新しい農法?』
はい。 って二人してぽかんとしないでくださいな。
実は前々から絶対にやろうと考えていた事があるんです。
子守りのミナリーを撒くのもかなり上達した私。
あの日もこっそり中庭へ脱走して追っ手のミナリーを躱すために外壁に張り付くようにして気配を消した後、壁沿いに進んだところで悲劇は起きました。
「ん、雨? 晴天なのに?」
ポタッとした滴が空から降ってきたのに、歩きながら見上げたのが不味かった。
足元の泥濘に気が付かず踏み出した足がにゅるっとした感触と共に重心を失いその場に足を滑らせて尻餅を着いた。
「痛っ! なんでここだけ? ぶっ!」
間髪入れずにバシャッっと頭上から降ってきた汚泥の追撃を受けた。
全身から漂うアンモニア臭に自分が今何の上に鎮座しているかを認識した途端絶叫した。
「うぎゃー! くっさ! うえー!」
「シオル様? こちらにいらっ、きゃー! シオル様!?」
本来空から降ってくるはずのない物に呆然としていると、声を聞き付けたミナリーが駆け寄ってきました。
「うううっ、ミナリー」
「シオル様、壁際を歩かれてはいけませんとあれほど」
「言ってないからね!? 私聞いてないよ!」
そんな大切な話を聞いてたら絶対に歩かないから。
「あら? 言ってませんでしたか?」
「言ってません!」
「とにかく移動して着替えましょう」
ひょいっと私を持ち上げると肩に担ぎ上げるようにしてのしのしと歩き出した。
「ちょっと、ミナリーまで汚れちゃうよ。 自分で歩ける」
「お気になさらず、汚れたら洗えば大丈夫ですし、なんならシオル様が新しいお仕着せをください」
ミナリーは水場に向かう途中巡回の兵士を捕まえるとリーゼに状況説明と共に助っ人を要請してくるように指示をだし迷うことなく井戸へと向かった。
「はい脱ぎますからばんざーい」
両手をあげるとペロンと一気に上着を全て脱がされた。
「ミナリー! 一体何があったの? ってキャー! シオル様なんてお姿にぃ!?」
絶叫とともにリズとレーシャを引き連れてリーゼさんが駆け付けるなり私のおかれている状況を察したのか、ミナリーに着替えてくるように指示を出す。
運ばれてきたお湯を使い丸洗いさせてふかふかのタオルにくるまれてミノムシ状態で浴場へと運ばれました。
そこからがひたすら長かった。 香りの良い石鹸を贅沢に使用して全身ピカピカになったと思うんだけど、匂いはとれないんだよなぁ。
「臭くありませんか?」
自分の腕に鼻を近付けると、石鹸の香りがする。
「大丈夫ですわ。 災難でしたわね」
「本当だよ。 降ってくるのが普通なの?」
「えぇ、ですから壁沿いは歩かないのが常識ですわ」
まじか、王城でこれなら城下は一体どうなってるのよ。
「城下も降ってくるの?」
もしそうなら由々しき事態だよ。 道路に散乱するあれを避けるのもだし、何より疫病が怖い!
「城下はトイレは貴族の家を除いて一階に作られますからふってくることはありませんが、馬車を引く馬の脱糞と同じく道に捨てますね。 いつまでも家の中に置いていては匂いますから」
匂いを思い出したのか顔を歪ませる。 そんなにすごい臭いんだ。
「リーゼ様、陛下がいらっしゃいました」
レーシャはリーゼさんに駆け寄るとそう告げた。
「シオル様お通ししてもよろしいですか?」
「どうぞ」
淹れてもらったばかりの温められたヤギのミルクを飲む。 ふわりと広がるはちみつの香りがおいしい。
「シオル、今日は災難だったなぁ」
ニヤニヤ笑いながら入ってきた父様に手近にあった読み掛けの本を投げつけてやった。
「おっと危ないじゃないか。 壁沿いは歩かないのは一般常識だぞ?」
無理言うなや、水洗式のトイレが主流の世界から転生したにしても糞尿垂れ流しとか思っても見なかったワイ!
「父様、その常識は近い将来必ずこの国に災いとなると断言します! 改善させて下さい!」
糞まみれの道路を歩きたくない!
「良いぞ? やってみろ。 きちんと企画書や予算案を出せばシリウスも許可を出すだろう」
と、言う許可を貰って動く前にドラグーンへ来たわけですが、別にこのドラグーンでやっても問題ないよね。
一応親戚になるわけだし。 正直貴族社会なんてわからん。
「肥溜めを作りましょう!」
「「コエダメ?」」
「そう! 肥溜めです!」
幼い頃に曾祖母の家に有った肥溜めをうまく利用できれば、一石二鳥!
穴を掘って壺を入れそれに人糞を放り込んで発酵させればあら簡単。 即席肥料の出来上がり。 本当なら牛糞やら鶏糞、腐葉土なんかが良いんだろうけど、それは追々試せば良い。
とりあえず疫病を引き起こし兼ねない落とし物を何とかするのが先決だ。
もう被りたくないもんなぁ。 肥溜めに落ちる人は出るだろうけどね。
「試験的に導入して頂けませんか? 今のままよりも収穫量は上がるはずです」
まぁ、ダメもとだし断られたらレイナスでやれば良いんだから。
「そうだなぁ。 面白そうだし一番近い農村でやってみようか!」
「はい!」
さすがミリアーナ叔母様ノリが良い。
「それじゃぁノムル村まで出発!」
ヤル気満々で指示を出したミリアーナ叔母様に、副官らしい男性が額を押さえて項垂れた。
「……ご婚儀に間に合うでしょうか」
「大丈夫です! 間に合うように早駆けすれば」
にっこり見上げると苦笑いされた。
えっ!? なんか変なこと言った?




