疫病とかまじで要らないんですけど!?
キャロラインが予兆した通り、その年は酷い冷夏に襲われた。
レイナス王国は前もって国庫へ穀物を買い入れたり飢饉の準備を進めていたため、他国よりは幾分かましだったもののそれでも秋の収穫量は昨年を大きく下回った。
各地を治める領主へ課せられる税金を免除し、国民から税金を取らない事を条件に支援物資として国庫を解放する。
国難ゆえに高位下位問わずレイナス王国の王公貴族へ夜会や茶会等の社交を控えるように通達を出していたものの、中には理解をしてもらえず支援物資を私物化し暴動を引き起こした領主も何件かあったものの、それが見せしめとなったことも事実だった。
国内各地で領主家族が主体で炊き出しを行い、もちろんそれは王族も例外ではなく、城下の広場で炊き出しを行う時には王妃である母や私、キャロラインも率先して参加している。
「国民と苦難を分かち合い共に乗り越えよう」
陛下はその言葉通り激務の合間を縫って炊き出しに顔を出して、民と同じ釜から炊き出し料理を食べて職務に戻っていく。
そして不幸は重なるとは良く言ったもので……
「流行り病だと!?」
レイナス王国の大会議室でなされた報告に机の上に積まれた書類が雪崩を起こしそうな勢いで陛下が立ち上がった。
「はっ、はい。旅商人から兵士達が聞き取り報告が上がってきました」
既に平野でも雪がちらつき、レイナス王国はすでに周囲を囲む雪山に封鎖されている。
「既に近隣の国々では少なくない死者が出ており、小さな村等は壊滅的な状態まで陥っているところもあるようです」
「今年の大飢饉だけでも頭がいたいのにこの上疫病とは……」
国の中核を担う人物が揃い踏みの大会議室で動揺が拡がっていく。
「我が国の感染者は?」
「はい、夏が短くそれに伴って初雪が早かったこともあり、既に細い山道が封鎖され今のところ国境沿いの村に数名出ているのが確認されております」
その言葉に不安拡がりざわめきが大きくなっていく。
「その病の症状は?」
「高熱と頭痛、咳やくしゃみ、悪寒や身体の痛みを訴える者が多いようです」
次々と交わされる報告を聞きながら私は隣に立っているキャロラインに視線を向ける。
「風邪かな」
「抗生物質がないこの世界でも風邪ならここまで酷くならないでしょ」
「だよな、インフルエンザか?」
「う~ん、わかんないかな、前世が医者や看護師とかだったら病気とかもっと詳しくわかるんだろうけど」
症状は聞く限りインフルエンザや風邪などに近いような気がする。
体力さえあればそれほど被害が出なかったかも知れないけれど、大陸全土を襲った冷夏に麦などの穀物の収穫量が激減し、辛うじて飢えを凌いでいたもの達の中には、高熱に耐えられるほどの力は残っていないのだ。
「予防接種も有効な薬があるのかもわからないなら、あと出来るのは自衛と感染者をなるべく減らすしかない……か」
有効は手立てがない以上、例え気休めであっても何かしら手立てをたてなければ、疫病はこの小さな国を簡単に飲み込んでしまうだろう。
とは言っても感染対策なんてうがい手洗いくらいしか思い付かないんだよね。
「とりあえず不必要な外出を控えてもらうようにして、なるべく感染者を出さないのが大切かな、どうしても外出するならマスクするとか」
「だな、とりあえずマスクを作るように城の服飾担当の部署にでも製作の依頼を出して城内外での着用を義務化するか」
「そうね、なんだかんだ行ってもここは政の中枢出しおちおち病気を貰う余裕なんて無いもの、国な難のときこそキリキリ働いて貰わなくちゃ!」
「いや、だいぶ頑張ってると思うぞ皆」
「あら?私は働いていないとは言ってませんわよ?更に頑張って貰わなくてはとはもうしましたけど」
「陛下、治療法ではありませんが、感染者を増やさないための案があるのですが」
「本当か!? 何でもいい、案を出してくれ!」
「では口や鼻を覆い隠す布の着用をしばらくの間、我が国に在中している国民すべてに義務化してほしいのです」
「布?なんのために? 確か鉱山や暖炉掃除等の埃が充満するようなところで口鼻や口を覆い隠す布をつけているのは見るな」
「そうです、病には色々な症状がありますが、今回の流行病には咳やくしゃみが症状として報告されております。集団感染の原因の可能性としても考えられますから出来るだけ他者への近距離での接触を控えるようにしましょう」
そのためには、今のような大規模な炊き出しのスタイルは一ヶ所に多数の人を集め、余計な感染を誘発しかねない。
感染リスクとしては屋外だから屋内ほどではないけれど、出来る限りの手を打とう。
「現在王宮前で行っている炊き出しを小規模にして開催場所を増設、または各家庭で援助が必要な家庭には代表一名に鍋を持ってきてもらい配布するとかでしょうか」
ふむ、家族皆で並んでいる今よりも効率は良さそうだ。
「ふむ、キャロラインも同じ意見か?」
「はい、他にも対策はありますが、これ以上感染者を増やさないためには有用かと思います」
今回の大飢饉を事前に予見したこともあり、キャロラインの発言の影響力は大きい。
可愛い可愛い自慢の妹だぞ、一部ではキャロラインの方が王位に相応しいのではないかと、ささやく貴族たちもいる。
女王となったキャロラインの王配となって甘い汁を啜りたいんだろうが、肝心のキャロラインにその気が全くないから困り者だ。
「どれだけ効果があるのかは未知数だが、やるしかないだろう! 他にも有用かと思われる政策があれば各部の長を通して意見を上げてくれ!」
こうして国をあげての飢餓&疫病対策は実施される事となった。