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冷夏の兆し

「キャロライン、すまん順番に説明してくれ」   


 冷夏と言う言葉はなんとなく聞いた覚えはある、しかしそれがどうして食糧の備蓄を増やす話に繋がるのかピンとこない。


「もう初夏なのに、曇りが多くて日照時間があまりにも少ないでしょう」


 ここ数日の天気を思いだし確かに雨や曇りの日が多い事に気がついた。


「そういえばそうだな、この前霜がおりてて驚いたのを覚えてるよ」


「そう、この天気が例年通りの気温や日照時間まで回復してくれれば良いけれど、このままなら間違いなく秋の収穫量が激減する。 冬には飢饉で沢山の民が犠牲になりかねない……それに嫌な噂を耳にしたの」


 不安げに揺れるキャロラインの瞳を見ながら聞き返す。


「嫌な噂?」


「そう、レイナス王国から離れているけど、南方にある国が双太陽神の怒りを買い山が火を吹いたらしい双太陽神教会が神託をくだされたらしいって私の侍女が旅商人から聞いたみたい」


 山が火を吹く、所謂噴火なのだけれどどうやら被害が大きい自然災害は双太陽神の怒りだと信じられているようで神の怒りを買った王家に民の不満が集まっているらしい。


 それを双太陽神教会が煽っている、その情報が真実ならば一体誰に神託が下ったのだろうか。


 我が国に亡命中の本物の双太陽神教会の神子であるセイン様を差し置いて?


 なんにしても噴火の話が本当ならばこの曇り空が続く原因は火山灰の可能性もある。


「神託が本当ならセイン様にも何かご存知かもしれないな……一応確認するか、クロード、急ぎセイン様に早馬を送って予定を確認してくれ。 陛下へも急ぎの謁見申請を! キャロラインも行くぞ!」


 指示を飛ばした途端に最近では私の行動パターンをすっかり把握してしまったクロードの部下二人が執務室から飛び出している。

 

 食糧の備蓄の増備予算の編成の件も陛下に相談する必要があるし、急いだ方が良さそうだ。


「えっ、陛下はわかりますけどセイン様にお会いするのですか!?」  

 

「もちろん、キャロラインには説明してもらわなくちゃいけないからね」


 急にそわそわもじもじし始め、出口の場所を確認しながらジリジリ後退していくキャロラインの腕を掴む。


「でっ、でも説明ならお兄様がしても問題ありませんよね?」


「又聞きの私が説明するより知識のあるキャロラインが説明した方が確実でしょう?」


 にっこりと微笑み、今にも逃げたそうにしているキャロラインをしっかりと拘束する。


「両殿下。 陛下への謁見許可が下りました。 陛下の執務室にお出でいただきますように仰せつかってまいりました」


 最短距離を選択し最速で謁見許可をもぎ取ってきた側近たちには頭が上がりません。


「わかった。 さぁ行こうか」


「えっ、ちょっと!? 行くなんて言ってないわっ、ぎゃぁ!?」


 じたばた逃げようとするキャロラインを引きずるのも疲れたので隙をついて抱き上げると肩に担ぐようにして執務室に向かう。 


「ぎゃぁ、は女の子の悲鳴としてはいかがなものか」  


「女の子を肩に担ぐ方が紳士として駄目だと思います!」


「紳士じゃないから大丈夫だな」


 兄妹で騒ぎながら最短ルートで執務室へたどり着けば、待ち構えていた警備の任に着いていた近衛が扉をあけてくれていた。


「お前達は相変わらず賑やかだな、扉を閉じていたのに来たのがわかるほど騒がしいのはどうかと思うぞ」


「申し訳ありません、きっと父上に似たのだと思われます」


 もともとレイナス王国は王族と貴族の距離が近い。


 私と父上のやり取りを見ながら父上を補佐している侍従たちが小さく吹き出して笑いを堪えても許される程度にはこの国の主従の距離が近い。


「わかったわかった、どうせ私は騒々しいよ。 で? 突然謁見したいなど一体何があった?」


「今年の気候についてです、本来ならば双太陽の季節が過ぎれば夏が来ます。 しかし今年は双太陽が登る前とさほど変わりません」


 四方を高い山脈に囲まれた盆地にレイナス王国はある。


 冬には雪が降り夏は蒸し暑い四季が存在する国だ。


 双太陽の登る季節、それは前世の感覚で四月下旬から五月下旬ほど、六月も半ばを過ぎているのにあり得ないほど涼しい。


「たしかに今年は涼しいな」


 両木戸の開けられた窓の外から吹き込む冷たい風が執務室に詰めた者達の髪を揺らしていく。


「えぇ、先に兄様にも説明させていただいたのですが……」


 それから私にしてくれたように、そして分かりやすく他国で大飢饉が起きた年の僅かに残っていた資料を提示しながら淀みなく説明していく。


「以上のことから冷夏の可能性が非常に高く大飢饉に備える事を進言させていただきます」


 陛下相手にしっかりと言い切ったキャロラインの姿が眩しくて誇らしく、そして羨ましい。


 彼女の知識は幅広い、死ぬ前はほぼ同じ時代に生きてきいたはずなのに、これほどに知識量に差が出てしまった。


 インターネットが存在していれば検索エンジンで溢れかえる情報の海から必要な知識をその都度調べれば良かった。


『勉強しなさい』


 煩わしいと思っていた前世の親の言葉が頭を過ぎる。


 数学の公式なんてなんの役にたつ?嫌々ながらに学んだはずなのに数学はもとより、理科に社会、国語、外国語全て学力試験が終わればすぐに記憶からぶっ飛んだ。


 しかしこの世界に、異世界に転生してからは嫌々ながらに通っていた学校すら恵まれていたのだとしみじみ思う。


 もしもう少しだけ積極的にあちらの知識を勉強していれば、もし面倒がってゲームばかりせずに祖父母の農作業の手伝いとかいろいろな職業体験などに参加していればこの国を暮らしやすい国にできたかもしれない。


 もし……もし、そんなもうあり得ないもしかしたらが積み重なる。


 キャロラインは前世で沢山のことに興味を持ち知識として吸収してきたのだろう。


 なんにしても既に終わったことを悩むだけ無駄なんだ。


 知識量はキャロラインが上ならば、私はキャロラインが動きやすいようにさらに動けば良いじゃないか。


 出来ないことを悔やむくらいならで来ることを全力ですればいい。


 出来るかどうかはやってみてから考えろ。


「さて忙しくなりそうだな」 


 キャロラインの予想が外れてくれる事を祈りながらぼそりと呟いた。


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