ヤンデレじゃないもん
頬に当たる柔らかい布の感触と、甘い花のような香りが鼻孔を擽る。
首に鈍い痛みは残るものの頭部を支える枕はほんのりと温かく弾力性が抜群で幸せだった。
頬を撫でる風は暖かく、サワサワと髪を撫でられるくすぐったさにゆっくりと意識が浮上していく。
静かに閉じていた瞼を上げれば目の前にアンジェリカの顔があり、私が起きたことに驚いたのか頭を撫でていた白く美しい手が離れそうになり反射的に掴まえる。
「おはよう」
掴まえた手に唇を寄せると、みるみる真っ赤に染まっていく彼女の姿が可愛くてついついスキンシップが過剰になってしまう。
全体的に草食系で愛情表現が苦手な日本人の魂はレイナス王国の情熱的な愛の前には敵わなかったらしい。
だって愛でたくなるんだから仕方ないよね。
「かっ、身体に痛みは?」
「ないよ、大丈夫。 心配してくれたの?」
「べっ、別に……貴方が倒れたら困る人間がたくさん居るんだから少しは自分の立場を」
「アンジェリカは私が倒れたら困る?」
もし少しでもそう感じてくれれば嬉しいなと、おどおどとしているアンジェリカに問えば、呆れたような顔でため息を吐かれた。
あれ? 期待していた反応とちがうぞ?
「はぁ、そうね。 簡単に倒れるような軟弱な男はお断りね。 私は人生を共に闘い抜ける強い男がいいの」
軟弱な男は要らない!?
「きゃっ!」
がばりと勢いよく起き上がればアンジェリカが小さく悲鳴を上げる。
「捨てないで!」
細い腰に両腕を回すように抱き締めて恥も外聞もかなぐり捨てて必死に言い募る。
我ながら男としても王族としても女々しくて駄目だろう。
だがしかし、元が女なんだから仕方がないよね。
「もぅ、落ち着いて。 人払いしてあるから良いもののそんなに取り乱さないでよ」
アンジェリカの手がサラサラと私の短い髪を撫でる度に失うかもしれないと強ばった身体が解れていく。
我ながらアンジェリカに対する執着具合に、自分にヤンデレの気が有るのではないかとヒヤリとする。
「捨てない?」
上目遣いで見上げればみるみる顔を赤く染めてアンジェリカがプイッと顔をそらせた。
「倒れていたシオルを拾ったからにはきちんと責任はとるわよ」
まるで捨てられた犬猫を拾ったようなアンジェリカの照れているのがまる分かりの言葉すら愛しいのだから我ながら仕方がない。
「そうだね、きちんと最後まで面倒をみてもらわなくちゃね」
「バカ」
調子に乗ってそう告げ私の額に落ちたアンジェリカの手刀は幸福な痛みだった。