墓参り
翌日私はアンジェリカと一緒にロンダークの墓地へと墓参りにやってきた。
ここのところ大活躍だったサクラは城の竜舎で休んでいるので、愛馬のアルフォンスに二人で身を寄せ合うようにして不謹慎ではあるがデート状態で乗ってきたのだ。
墓前に供えるための花束は生前ロンダークが好きだと言っていた白い百合に似た花をメインに拵え、今はアンジェリカが大切に抱えている。
ロンダークの墓地は王都の外れにある共同墓地のビオス伯爵家の土地に埋葬されているらしく、墓参りに来た遺族の誰かが乗ってきたであろう馬車が数台、墓地の入り口に建てられた墓守の宿舎に停められていた。
馬で墓地へ乗り入れる事は出来ないため、先にアルフォンスから下り、馬上のアンジェリカを抱き上げるようにして地面へ降ろす。
アルフォンスを墓守たちに預け、アンジェリカの腕から花束を受け取り左腕を差し出せば、スルリとアンジェリカの細い手が添えられる。
周りをよく見れば喪服である黒衣を纏った団体がおり、幌馬車の荷台から木で作られた箱を親族らしき男達が丁寧に運び出している。
二本の装飾が施された担ぎ棒の取り付けられた土台の上にゆっくりと木の箱……棺桶を降ろすと棺桶に薄い青の布をかけて棺桶がずり落ちない様に近親者の女性が死者の為に染め上げた青い縄で固定していく。
神々が住まうと言う空へ青い双太陽神教会の象徴である金糸で二羽の白鳥が刺繍された弔い布は、色が美しいほどに双太陽神の側へ侍ることができるとされている。
「父の弔い布は陛下と王妃殿下が用意して下さり、王家で死者を埋葬する際に使用する弔い布を陛下が棺にかけて下さいました。 縄の染めも王妃殿下とお義母様がその手で染め上げてくれたものです」
その葬儀の様子を見ながらロンダークの葬儀を思い出しているのだろう、アンジェリカの言葉に頷く。
「うん、聞いてる……私は城での療養を余儀なくされたからロンダークの葬儀には出れなかったんだ」
レイス王国からサクラに乗って帰還してから意識を失い気がつけばロンダークの葬儀は終わってしまっていた時の苦い思いが蘇る。
「えぇ、ロンダークさ……お義父様がレイス王国から戻られたら婚約者候補として貴方に面通し後、正式に養子に入る予定だったから、ビオス伯爵家に既に行儀見習いで入っていたから知ってる……おります」
丁寧な言葉遣いで話そうとするアンジェリカはやはり何度か言葉を言い直している。
「前のままの話し方でも良いのに」
「あらだめよ! 貴方の隣はすなわち王太子妃じゃない、ただでさえ平民出身の養女だってだけでも生粋の貴族のご令嬢方に嘗められるのよ?」
無意識にだろうか、わずかに頬を膨らませてみせる姿に愛らしい頬を突きたくなる衝動を抑え込み、そんな話をしながらゆっくりとアンジェリカをエスコートして墓地の敷地内へ歩きだす。
死者の眠る神聖な墓地を動物の排泄物で穢さないよう敷地内に馬車や騎馬での乗り入れは出来ないため、歩くしかない。
唯一歩かないのはこれからここに眠る事になる死者だけだ。
死者とともに墓地まで足を運んだ双太陽神教の神父が先導する形で輿に乗せられた棺を親族の男達が担ぎ上げ、粛々とその亡骸を埋葬する場所へと運んでいく。
その様子を見ながら私はアンジェリカとともに墓地の奥へと進んだ。
地面に質素な墓石が並ぶ平民達の墓地を抜けて、貴族用の墓地へとやってくると美しく整えられた石畳が敷き詰められている。
ロンダークの墓は王家が所有していた墓地の一角にあった。
ミリアーナが降嫁する際にビオス伯爵家に譲渡したそうで今はビオス伯爵家の墓地になっている。
墓守達によって整備された墓地には真新しい墓石が鎮座しており、その下にロンダークの遺体が眠っている。
墓石の前にはまだ新しい花束が多数あげられており、とても華やかだ。
アンジェリカに花束を渡そうとしたら、アンジェリカはゆっくりと首を横に振る。
「私はもうお供えしたから、その花は貴方が供えて上げて、そのほうが喜ぶと思うから……」
そう言われて、ゆっくりと墓石の前に歩み寄ると、アンジェリカも私に続いて来てくれた。
光を浴びて黒いツヤツヤと輝く石には、双太陽歴で享年とロンダーク・ビオスの名前が刻まれていた。
「ロンダーク……墓参り、遅くなってごめんな」
墓石の前に花束を供えて両手の平を繋ぎ合わせるようにして握りその手に額をつけて死者に鎮魂の祈りを捧げる。
本当に、本当にロンダークには世話になりっぱなしだ。
しかも死んだあとまで私を驚かせるロンダークにはきっと来世まで恩を返しきれない気がするよ。
次々とロンダークとの思い出が……黒歴史が蘇り、私の長い長い黙祷をアンジェリカは黙って隣にしゃがみ込み付き合ってくれる。
ロンダーク……貴方のおかげでアンジェリカと婚約する事が出来そうだよ。
「ちょっ、シオル!?」
「えっ!? うわっ」
アンジェリカが懐から出したハンカチーフを私の目尻に添えようと伸ばして来た。
「もしかして具合い悪い? もしかして昨日水浴びしたから……こんなに泣くほど具合いが悪いなら、延期したほうが良かったんじゃない?」
「へっ? 具合い悪くないよ」
そんな事を言い出したアンジェリカの顔は真剣そのもので、ハンカチーフとともに頬に添えられた華奢な手の甲に解いた右手を重ねる。
固く大きな男の筋張った手、すっかり今生の自分の手だと認識しているその手は、アンジェリカの華奢な手をすっぽりと覆い、その中指に雫が付着した。
どうやら無意識で泣いていたらしい、アンジェリカに泣き顔を見られたと言う事実が無性に恥ずかしくなりゴシゴシと服の袖口で強引に拭い去るが、忌々しいことに一度切れた涙腺は復活するまでしばらくかかるらしく、なかなか止まってくれない。
本当に最近はすっかり涙腺が緩くなってしまっていただけない。
そんな私を自らの胸元に引き寄せ埋もれさせるとアンジェリカはゆっくりと自らよりもガタイがでかくなってしまった私の背中を撫で始めた。
「泣きなよ、王子様ってそうそう人前で泣けないでしょ? 他に人は居ないし、それでもひと目が気になるならこれからは見えないように私の胸かしてあげるからさ」
アンジェリカが男前すぎる気がするが、お言葉に甘えてアンジェリカの細腰を抱きしめる。
「ありがとう……少しだけ借りるな」
「うっ……好きなだけ貸してあげるわ!」
アンジェリカの妙に速い鼓動の音を聞きながら、私は悩んでいた。
いつ顔を上げたら良いのだろうかと……
私生活ドタバタしており更新遅くなってしまいます。すみません!