紅茶は飲むものですよ
ドラグーン王国から連れてきた移民たちはミリアーナ・ビオス伯爵夫人の治める伯爵領に移ることになった。
ロンダークの妻となったミリアーナ叔母様はロンダークの子を産んでまだ間もないため、もと王女の地位を存分に生かし、王城にある嫁ぐ前に使用していた部屋に居を構えている。
ビオス伯爵家はロンダークの功績によりドラグーン王国寄りの土地に領地を得た新興貴族だが、国境に聳える山脈付近には未開拓な自然豊かな大地が沢山あるのだ。
あの街の伝統工芸品となっていたウルーシの群生地がある辺りに新たに街を作るため、元凶となった私が責任をとって陣頭指揮をとっている。
山脈から湧き出る清流が流れる川を挟むように橋を掛け、その橋を中心にするように開拓を勧めていく。
土地をならす作業や、住宅に使用する木材の切り出し等には血の気があり余っている騎士団の一部を訓練の名目で借り出した。
しかしご老体ばかりの街では何かと人手が足りないため、もう一つ頭の痛い問題となっていた者たちもまとめて救済する事になったのだ。
それなりの人数の騎士団が移動すればそれに伴い旅の商人や、商魂たくましい若手商人が新たな利益を求めて追従した。
ドラグーン王国からレイナス王国へ逃げてきた避難民達の移住希望者には小さいながら家屋が用意され家族分のレイナス王国の戸籍が発行されると公布したこともあり沢山の住民が集まり次第に街の形になり始めている。
いちから町おこしはやりがいがあり楽しいが、いかんせん王太子である私には他にやらなければいけない仕事が山積しているため、ある程度街が出来上がった頃、泣く泣く街長にゴンサロさんを指名しお任せすることにした。
セイン様の体調も回復し、高熱に寝込んでいたキャロラインは現在熱も下がりだいぶ以前の落ち着きを取り戻している……いるのだが……
「シオル、キャロとすこし話をしてみて? 同じ前世の記憶持ち同士ですもの、キャロの不安もすこし和らぐかもしれないし」
王城へ戻り次第、陛下の所へこれまでの開拓報告を上げるため国王執務室へ向かう途中リステリア母様に捕まった。
「わかりました、陛下へ挨拶してから向かいます。 キャロは部屋ですか?」
「えぇそうなの。 部屋に二日も閉じ込めれば脱走を試みるあの子が引きこもるようになってしまって……なんとか連れ出してくれないかしら」
そう頼まれて、陛下への挨拶を済ませた足で調理場を訪れてからキャロラインの部屋へと赴いた。
なるべく人と会わないようにしているらしく面会を申し入れても断られかねないため、少々強引だが勝手に押し入ることにする。
「キャロ? 入るよ!」
バァンと音がしそうな勢いで扉を開け放ち部屋に踏み込むと羽毛の枕が私めがけて飛んできたので、つい反射的に腰に佩いた愛剣シルバを引き抜き叩き斬った。
バフンと音を立てて床に叩きつけられた羽毛枕は、剣先が布目を滑った際にカバーが破れつてしまったらしく部屋中に枕から飛び出した羽毛が舞い散る。
やべっ、これ絶対に侍女達に怒られるやつだ。
うちの国は騎士だけでなく侍女も皆手厳しい。
王族だろうが悪いことをすれば怒られる、しかし王族を侮っているわけではない絶妙な主従関係の距離感で保たれている特殊としか言いようがない国、それがレイナス王国と言う国です。
どうやら私が枕を切り裂いてしまった事で怖がらせてしまったらしく、キャロラインは次々とクッションを投げつけて来たけれど、その全てを傷つけないよう剣の腹で撃ち落とす。
「うひゃぁ! 出たおばけ!」
久しぶりに会う兄の顔をみておばけ扱いはひどくないか?
「誰かおばけじゃ!」
「なんで『ダブソレファンタジー』の病弱兄王子がいきてるのよ!?」
キャロラインの言う『ダブソレファンタジー』なるものに私は心当たりがない。
「はぁ、キャロ。 とりあえずお菓子くすねてきたから座って食べよう、その『ダブソレファンタジー』について教えて」
そう言って部屋の外に置きっぱなしにしていたお茶セットと菓子が乗ったカートを部屋へと運び入れた。
未だ毛布を頭から掛けて警戒しているキャロラインが手負いの獣みたいでちょっとかわいい。
本来王子様はお茶の入れ方なんて知らないみたいだが、私は美味しいお茶をいつでも飲めるように入れ方を練習したから、流石に本職である侍女達には叶わないもののそれなりに美味しく入れることができる。
「はいどうぞ」
白い湯気と香り高い芳香が立ち上る白磁のカップをソーサーごとキャロラインの前に差し出せば、おずおずと受け取ってくれた。
多少行儀が悪いけど、寝台にお菓子が乗った皿を二つ並べて置く。
「さぁ食べよう! この焼き菓子は柑橘の砂糖漬けが練り込んであるから美味しいよ」
手を付けようとしないキャロラインを放置して無造作に掴んだ二つの焼き菓子をひょいひょいと口へ放り込んだ。
兄としては妹に警戒される現状は面白くないものの、まぁ記憶が蘇ったのなら警戒しているのは当然かもしれないと前向きに考える。
しかしこの焼き菓子おそろしく美味いな。
つい本題を忘れて菓子に没頭しているとキャロラインも恐る恐る紅茶を口に含み、目を見開いて今度は焼き菓子を口に運び、仏頂面がゆるんだ。
「美味しい?」
「とっても美味しいです」
少しだけ元気が出たらしいキャロラインの様子にホッと安堵する。
「ねぇキャロライン食べながら聞いて欲しいんだけど『輪廻転生』って知ってる?」
「ぶっ!? ゲホゲホっ」
口に含んだ紅茶を私の顔めがけて勢いよくお笑いの漫才のように吹き出したキャロラインは慌てた様子でむせ込みながら私を近くにあった手布で拭き取ってくれた。
「もっ、申し訳ありません!」
「大丈夫だよ、それから私前世の記憶持ちなのよ」
これ以上ないのではないかと表情がくるくる変わるところは前世の記憶が蘇っても変わらない。
そんな些細な事でも私にはとても一致していることが嬉しい。
「だから『ダブソレファンタジー』について教えて?」
そうキャロラインの手を取り顔を見つめれば、しばし硬直したあと壊れた玩具のようにガクガクと頭を縦に振っていた。