二通りの転生事情
キャロラインに一体何が起こったのかわからずに、私は彼女の頭からそれまで来ていた上着を被せて他から見えないようにして城内をひた走る。
セイン様を見た途端に取り乱したキャロラインの様子には焦りと不安、そして恐怖があった。
キャロライン付きの侍女に扉を開けさせ室内に入れば、木目の茶色と爽やかな緑色の壁紙が目に入る。
居間をくぐり抜け続きの間である寝室の豪奢な天蓋付きベッドへキャロラインの身体をゆっくりと横たえる。
「すぐに医者が来る、済まないがキャロを清め着替えを頼む」
侍女達が私の出した指示に動き出したので部屋を出ると、入れ替わるようにリステリア母様が足元が隠れるほどに長いドレスを華麗に捌きつつ、こちらへやってくる。
「おかえりなさいシオル、キャロラインが倒れたって、一体何があったの?」
「わかりません、ずいぶんと混乱しているようでした……まるで自分が誰かを確かめるような」
リステリア母様にキャロラインを任せてとりあえず陛下のもとへ戻る事にした。
やはり気候が違う事もあり、レイナス王国は冬でも暖かい。
追いかけてきたらしいクロードの話では陛下は既に執務室へ戻っているらしく、セイン様が休んでいる客室へ向かっていた足を執務室方向へ向けなおす。
執務室の両脇に立った近衛騎士に取り次ぎを頼めば、すぐに室内へと通される。
幼い頃から執務机の上に山積みされた書類の量くらいしか変わりがない、いや……陛下に次期国主として仕事を教わる私の机が増えてからしばらく立つ執務室に置かれた応接用の飴色に艶めくテーブルにロブルバーグ様と陛下が向かい合うように着席し、陛下の後ろにシリウス宰相が立っていた。
レイナス王国の近衛が三名部屋の隅にたち、ロブルバーグ様の背後にカークとスケイルが控えている。
「シオル、キャロラインは?」
陛下に促され隣合うように、革張りの応接ソファーに腰掛ければ、まるで身体を包み込むように深くお尻が沈み込む。
「今は母上がそばに付き様子を見てくれています、ロブルバーグ様……キャロラインはセイン様を見た途端に狼狽え始めました……」
みるみる青褪めたキャロラインの顔が脳裏にちらつく。
「キャロラインはこの国に生を受けてから王都より外へ出たことがありません、セイン様は?」
「神子は協会本部の最深部から出ることはない。 お会い出来る者も限られたものだけ、今回が異例中の異例なのじゃ」
ロブルバーグ様の言葉を信じるならば、キャロラインがセイン様を知っているはずがない。
「あのように取り乱すキャロラインは、初めて見ました。 このような事態に何か心当たりはありませんか?」
私の言葉に陛下とシリウス宰相の視線がロブルバーグ様に集まる。
「ふむ……皆は『輪廻転生』と言う概念を知っておるかの?」
ロブルバーグ様から出た言葉にどくんと心臓が大きく脈打つ。
「はい、たしか死んで双太陽神の身元に還った魂が浄化されこの世に何度も生まれ変わってくることでしたでしょうか?」
陛下の言葉にロブルバーグ様が頷く。
「本来なら生まれ変わる際に魂は浄化されまっさらな状態で産まれてくる。 しかし稀に転生までの期間が短いと前世の業……記憶を残したまま赤子として産まれてくる者もおるのじゃ……のうシオル殿下」
そう言ってこちらに視線を寄越されたじろぐ。
部屋中から視線が私に集まりいたたまれない。
ロブルバーグ様は何か確信しているようで、下手な誤魔化しは通用しないだろうと判断した。
「はい……あります前世の記憶……」
私があっさり認めると、部屋中から困惑と驚愕が伝わってくる。
「やはりのぅ、初めて会った時から幼子にしては伝わってくる意識がハッキリしすぎておったからの」
ロブルバーグ様は自分の意思を上手く伝えられない幼児や赤子の感情を読み解くことが出来る異能……こちらの世界では『双太陽神の加護』と呼ばれる力を有している。
「それでも言葉を覚える頃には前世の記憶は魂に封じられて薄れ、今生を歩み始める。 しかしこちらの殿下は記憶を保持したまま成長なされた。 ずいぶんと短期間で転生されたらしい」
カラカラと笑うロブルバーグ様に陛下が声をかける。
「……シオルがその輪廻転生をした者であると言うことはわかりました。 しかしキャロラインもそうだと?」
「記憶持ちには二通りありましてな、1つ目はさきほど言った赤子から記憶を保持している者、そうしてもう一つは何かのきっかけで封じれていた魂に刻まれていた記憶が蘇る者がおるのです」
常とは違うキャロラインが生前の記憶を取り戻したきっかけ、それはきっとセイン様を見たあの時だろう。
ロブルバーグ様の話では階段を落ちたり、事故に巻き込まれるなどの生前亡くなった時と類似した状況下で思い出すことが多いらしい。
「これまでの症例からみて、しばらくは人格が馴染むまで時間が掛かろう。 気長に見守っておくことじゃ……決して一人にしてはいかん。 生前の人格次第では少々厄介な事になるからの」
「厄介な事……?」
不穏なロブルバーグ様の言葉に陛下は怪訝な表情を浮かべる。
「前世の人格が凶悪犯罪者だった場合、今生でも同じような犯罪を犯す可能性がある……と言う事じゃ」
皆が息をのむ中で、私は少しだけ安心していた。
凶悪犯罪者が人の顔を見て鼻血を吹きながら「イケメンやばい萌死ぬ……」なんて言わないだろう。