なんでこんなことに……
辿り着いたドラグーン王国側の国境の街はまるで通夜でも行われているのではないかと邪推したくなるほど不気味に静まり返っていた。
私達がスノヒス国入りする際にあった活気が消失しており、人気がなくなった街中にキィキィと宿屋を示す看板の金具が悲しげな音を響かせている。
「何があったんだ?」
馬から降り立った護衛達と一緒に宿屋の両開きの扉を押し開けると、暖気が外に逃げようと私の身体を撫でていく。
「もう駄目だ……この街を捨てて逃げよう」
「そんなこと言ったって一体何処に行くって言うんだよ、戦場へ行けってか」
湿気っぽい雰囲気で酒を呑みながらボソボソと話す客達には覇気がない。
そんな彼らの席の後ろを通り抜け宿屋の受け付けに近付けば、おんぶ帯を作った際にシーツを分けてくれた女将さんが、ボゥっとしたまま古びた椅子に座っている。
「すみません、先に連れがこちらへ来ていると思うのですが、部屋はありますか?」
「ん? 珍しい、お客さんかい……見ての通りガラガラだよどこでも好きな部屋を使っとくんな」
そんな投げやりな態度に一瞬護衛達が殺気立ち腰に佩いた剣に手を伸ばしたが、私の制止の合図に柄から手を離した。
本当にレイナス王国の護衛達は血の気が多くて困る。
「では鍵をお借りします」
行きと同じ部屋を数室借り受け、リヒャエルが宿泊費を前払いで渡す。
「しかしどうかなさったんですか? 半月程前に立ち寄った時には大変賑わいを見せていたと記憶しているんですが」
疑問に思った事が口からスルリと滑り出る。
「国境に棲み着いた赤いドラゴンのせいさ……駆除しようにも村の若い男たちが奴の巣を探しに行ったが見つからず、恐怖に怯えて街の若い者らは子供を連れて次々引っ越していった。 残ったのは行くあてのない私らみたいな行くあてのない年寄りばかり」
「不気味な生き物が棲み着いたと耳が早い商人たちがこの街を避けたせいで物資も入ってこない」
その言葉にこの寒いなかタラリと脂汗が垂れた気がするのは気のせいだろうか。
「今更巣を見つけたところで、あんな巨大な生物をどうやって退治しろって言うんだい、この街は終わりだよ!」
両手で顔を覆い隠し、嗚咽を漏らしながら泣き出した女将の姿に後ろを振り返れば、リヒャエルは苦笑いしているし、クロードは真面目くさった顔で頷いている。
私達の到着に気がついたロブルバーグ様達も宿の一階に降りてきていたらしく、赤いドラゴンと聞いて何かを察したらしい。
「これ私のせい?」
自分を指差して聞けば皆示し合わせたように頷いた。
「ですよね〜……」
がっくり項垂れたものの、やっちまったものは仕方がない。
風評被害が出てしまってはこの街を復興させるのは難しいだろう。
「ちょっと街長さんの所に行ってくる」
街長と話し合った結果、木工工房のゴンサロさん一家だけでなく街に残る住人の希望者すべてをレイナス王国へ連れ帰る事になった。
後日、ドラグーン王国の辺境の街の住民すべてが国境に棲み着いた謎の生物によって喰らいつくされたと噂されるようになったらしいが、うちのサクラは無実です。