死化粧は古だぬき
愛すべき双太陽神教会の教皇と神子が同日に亡くなると言う、不可解な事態に聖都プリャは小さな混乱が起きていた。
そして神聖で荘厳な大聖堂が哀しみに包まれる中、ロブルバーグ様とセイン様の国葬が粛々と執り行われているその真下、私の目の前でも小さな混乱が起きていた……
「ちょっとスケイル、貴方とカークは無駄に体が大きいんだから外で待ってなさいよ! シオル殿下方が入れないじゃない」
真下にある削った岩面が丸出しの小部屋には、常時ではありえない人数が国葬の終わりを和やかに軽口を叩いて待っている。
クロードとリヒャエルを伴に連れて、昨晩泊まった貴賓室まで私を迎えに来てくれたのはスケイルと名乗る優しげな風貌の男性だった。
女性受けしそうな甘いマスクに気を取られそうだが、スノヒス国の平民の衣服である革の外套の袖口からちらりと覗く太く逞しい手首と硬く節張った手を見る限りただの優男でないのは明白だ。
スケイルに案内されて、削り出した岩面むき出しの通路を通り抜ける。
そうして大聖堂の真下にある緊急避難用の小部屋にやって来ると、そこには既に四人の人物がいた。
部屋に入ったばかりのスケイルに僅かにあだっぽく外套のうなじを着崩した美女が声を掛ける。
「ひっでぇ〜な〜その言い草はないんじゃないのシルビア」
そんな彼女にわかりやすく肩を落として見せるスケイルの反応は気安く、こう言ったやり取りは彼らにとって何ら特別なことでは無いのだろう。
「フライサルもなんか言ってやりなさいよ!」
「俺に振るな、馬鹿が伝染る」
「まぁまぁみんな仲良くしなくちゃ」
テンポ良くかわされる会話に不自然な所はなくこのようなやり取りが常のことなのだろう。
カークと呼ばれた生真面目そうな屈強な男性と、フライサルと呼ばれたガッチリとした筋肉に覆われたマッチョな男性、そして口元のホクロが色っぽいシルビアと呼ばれた女性と、名前がわからないがおとなしそうな女性。
みなわざわざ揃えたのかと言わんばかりに美形でございます。
司祭服ではなく、皆平民の温かそうな外套を着ているが纏う雰囲気が洗練されているため違和感が凄い。
部屋の中にスケイルが加わると大変賑やかなのだけれどシルビアの言うとおり確かに狭い。
私もクロードもリヒャエルもレイナス王国の人種的な特徴か、骨格からガッチリとした体格のため部屋に入れば満員電車か満員エレベーターになってしまう。
「私達の事は気にしないでください。 狭い室内では襲撃があった時に、対応できませんので」
そう今しがた通過してきた狭い坑道のような通路を睨みながらクロードが言う。
大人が二人も並べばきつくなってしまう程の幅しかない通路に私達以外の人影はないが、確かにこの道幅では長剣の類はむやみに振り回せない。
しかも坑道内は入り組んでいるようで逃げ場は少ない。
「そうだねぇ、あんまり短剣術って得意じゃ無いんだけどな」
くるりくるりと手の中で刃渡り30cm程度の諸刃の短剣を器用に回しながらリヒャエルはそんなことを言っているが、はっきり言ってそれで得意じゃないと言われても困る。
私も愛剣シルバとともに今日はリヒャエルが持っているのと同型の短剣を所持している。
と言うよりも、この短剣とシルバと折りたたみ式の短槍、投げナイフは常備だ。
正直二人の懸念は良くわかる。
いくら死んだことになっているとはいえ、ロブルバーグ様の存在が邪魔な改新派の動きがなさ過ぎるのだ
「この避難路の出口は既に保守派の者達が確保しているはずですから安心してください」
カークの言葉は信用したいところだけど、嫌な予感と言うか……背筋がざわざわと逆撫でられるような不快感が付き纏う。
「ならいいのですが……」
曖昧に笑って見せると、上階からくぐもった鐘の音が私のもとまで聞こえてきた。
「おっと時間だ」
そう言ってカークは板張りの天井の一部を外すとまるで体重を感じさせない軽やかな動きで、フライサルとシルビアが天井に飛び込んでいく。
その軽やかな動きはまるで……
「凄っ、リアル忍者だ」
「ニン、ジャ? とはなんですか?」
私の言葉にクロードが聞いてきたけれど、なんと答えたらいいんだろう。
「う〜ん、隠密……密偵?」
「あ〜、密偵をニンジャと言うのですか、珍しい言葉ですね」
「そっ……そうだよ! 本で読んだんだ」
いつもなら困ったときはロブルバーグ様に教えて貰いましたで済ますんだけど、流石に本人が居るのにそれはまずい。
そうしている間にロブルバーグ様とセイン様を棺桶から救出しフライサルとシルビアが戻ってきた。
「ふぅ……ただ寝ているのも疲れるのぅ」
肩をわざとらしく叩きながら左右に首を振るロブルバーグ様の顔は死人に偽装していたためか青白い化粧が施されている。
しかも目の下には茶色い隈まで書き足されていて危うくその見た目に吹き出しかける。
「ロブルバーグ様酷い顔ですね」
「セイン様にはいわれとうないの」
そんな話をしているが、はっきり言ってふたりとも五十歩百歩、ふたりとも……前世の狸の置物みたいな顔になっている。
必死に笑いを凝らえている間に脱出する為の準備が整えられていく。
もう一人の女性から濡れたタオルを受け取り二人とも顔を拭うと元の顔色を取り戻した。
教皇と神子を示す特別な法衣を脱ぐとシルビアが用意した旅装に着替える。
「御準備が整いました!」
「よし行くぞっ、フライサルとカークが先導し活路を拓け。ロブルバーグ様とセイン様はシオル殿下と護衛達の後ろに続いて下さい。 シルビアとオルヴァは殿だ! 行くぞ!」
『おう!』
スケイルの号令に皆が狭い坑道へと突撃していった。