父様帰国と大国の王太子
「陛下が城下に御付きになりました」
朝からおめかしとばかりに気合いの入ったかぼちゃパンツを履かされました。
襟元にボリュームのある白いブラウスに精緻な刺繍を施したジャケットを羽織らされてげんなり。
本日の離乳食。 ニンジンとジャガイモのシチュー(ガッツリペースト)をお母様と食べていると、近衛騎士の青年が知らせに来てくれたのでこれからみんなで城門までお出迎えです。
お客様も一緒との事なので、お母様もばっちり重装備。今日も大変お綺麗です。
ミナリーに抱かれながら先を行くお母様の奥に見えた城門は見上げるほど高く、堅牢な石造りの門を両開きの大きな木製の扉で開閉できる様になっているようです。
あんなデカイ扉どうやって開閉してるんだろう。 ふふふ、自分で動けるようになったら調べてみよう。
「シオル様楽しそうですね、あんまり暴れないでくださいね、落ちますよ?」
ついつい落ち着きを無くしてしまっていたようですね。 すいません、ミナリー、怖い、怖いから本気で落とそうとしないでくださいな。
「アルトバール陛下と会えるのですもの嬉しいんですよねー?」
「あい」
リズさんが覗き込んでくれたので、手を伸ばして引っ越しを要求させていただきます。 ミナリーは本当に落としかねないので自主避難、戦略的撤退です。
日陰で暗いとんねるになった城門を潜ると、大きな広場の様になっていました。
広場には沢山の人が集まりそれを狙った商人達が露店を開いていて小さなお祭りの様になってます。
「シオル様、あの馬車にアルトバール陛下が乗っていらっしゃいますよ」
「あう? (どれ?)」
確かに馬車が近付いてくるものの、五台全て同じ形の幌馬車です。
王族って幌馬車乗るの!? 王族と馬車のイメージはどうしても前世の天皇家とかが使う装飾が施された箱馬車の印象が……。
そうこうしてる間に目の前で停車した馬車からヒラリと地面に降り立った赤い髪のごりマッチョをお母様が笑顔で出迎えるとそのまま父様に抱き締められてます。
「あーう(仲いいねぇ)」
あまりラブシーンに免疫のない私としては正直目のやり場に困る。 スキンシップの稀薄な民族なんだよね、日本人。
うっ、なんか苦しい! リズさん!? 見上げると、食い入る勢いで何処かを見詰めている。
「ちょっと! ミナリー! あれあれ!」
「何よリズ? 無駄口してるとリーゼさんに気付かれるっ!?」
頭の上で囁かれるふたりの視線の先に居たのは、ドラグーン王国へ旅立ったはずのロブルバーグ大司教様。
そして続いて現れた人物に広場全体がどよめいた。
「あう! なう! (誰! あの美少年!)」
銀色に輝くストレートは肩に届かない位に切り揃えられ、陽の光をうけて煌めく。
文句なしの美少年! 眼の保養! 降り立った少年は乗ってきた幌馬車に手を伸ばしました。
「きゃ~! ミリアーナ様~!」
「こっち向いて~!」
美少年の手をとって現れた麗人に広場から上がる黄色い歓声、大半が女性なのは気のせいだろうか。
うん……気のせい気のせい。
ミリアーナ叔母様は基本的にキリッっしています。
男性物、とくに軍服を好んで着用する叔母上は今日も通常営業。
自分よりも背の高いミリアーナをエスコートして地面に降ろすと、銀髪美少年がおもむろにミリアーナの手の甲に口付けた。
「「「きゃー!」」」
先程の歓声の比じゃない、男装の姫君に忠誠を誓う美少年。
お伽噺の世界が目の前で繰り広げられたら騒然となるよね。
うん、その気持ち解る。 解るけど背中に走った悪寒は一体なんなんでしょう。
「あの~、陛下? お客様とお訊きしましたがどなたですか?」
「彼は、ドラグーン王国の王太子殿下だ……。」
「「「え~!」」」
予想以上の大物の登場に父様が窶れた理由が判った気がする。
初めは長旅からの疲れだと思っていたけど、心労から来る窶れだったんですね。
上機嫌でミリアーナの手を引きながらドラグーンの王太子殿下が父様の側まで移動し、優雅に礼をするとそれだけでとても絵になりますね。
美形は何をやっても様になります!
「お初に御目に掛かります。 私はドラグーン王国でこの度王太子になりました。 クラインセルト・ドラグーンと申します。 この度は急な訪問となってしまいましたが宜しくお願い申し上げます」
「よっ、ようこそクラインセルト殿下。 レイナス王国の正妃リステリア・レイナスですわ。 ようこそレイナスへ。 田舎の小国ではありますが歓迎いたします」
さすがお母様、持ち直して優雅に挨拶を交わすと、ミリアーナとクラインセルト殿下を城内へ案内するべく城へと歩き出しました。
「うむ、クラインセルト殿下は立派な王になりそうだのぅ」
「ええ、とても聡明な方の様ですね。 賢く状況を把握して常に最善の結果を求め策を練る」
「ミリアーナ様との仲も良好の様ですな。 おぅ、これはシオル様生誕祭ではすまなかったのぅ」
クラインセルト殿下を見送った後、父様と合流したロブルバーグ大司教様がやって来ると私に気付き声を掛けてきました。
「シオル! 今戻ったよ。 さぁ父の元においで」
リズさんは緊張しながらも私を父様へと渡してくれた。
「あーい、あーあーう? (お帰りなさい、大丈夫?)」
「シオル様はアルトバール陛下を心配している様ですよ?」
頬に両手を添えて聞くと、父様の後ろから通訳が入ります。
「シオル! ありがとう!」
感極まった様に力強く抱き締められたけどこれは不味い! ぐぇ、苦しい! マジで堕ちる!
「アルトバール陛下、感動の再会なのは解るのだが、シオル様が堕ち掛けてますぞ」
「はっ! すまん! シオル大丈夫か?」
「……あーい……。」
危なかった~、ロブルバーグ様、ありがとう! 苦笑しないで下さいな、今回の父様は熱血漢なんですよぬー、熱い男なんですこれが。
「しかしクラインセルト殿下はやはり本気なんでしょうか」
「うむ、見事な手腕で押しきられましたからな。しっかり逃げ道を塞ぐ手腕はさすが大国ドラグーン王国の王太子と言うべきでしょうな」
何処か疲れたような遠い目をしないで下さいな。何があったドラグーン王国訪問。
本来ならば教会本拠地へとドラグーン王国から真っ直ぐ帰国する筈のロブルバーグ大司教様がまたレイナス王国へ来ている時点で何かあったと見るべきでしょう!
「シオル……可愛く育ってくれな?」
本当に何があった父様よ。思わぬ大物の来訪に、帰国にも関わらず心労が晴れそうにない父様の頭を撫でる私なのでした。




