恩師からの使者
双太陽神教の大聖堂かある北聖区に戻ると言うエレナ大司教に紹介された宿は北聖区にある高級な宿屋だった。
受付のあるエントランスホールには趣ある太い柱が各階へ続く螺旋階段を支えている。
確認した所、他の聖区にある宿屋はお金さえ払えば、部屋を借り受けることが可能だが、北聖区の宿屋は教会の大司教以上の紹介状でしか泊まることができないらしい。
宿泊手続きとエレナ大司教の直筆サインが入った手紙を宿に見せると直ぐに宿泊するための部屋へと案内される。
この宿に泊まれる客はみな身分が高いものが多く、その多くが侍従や護衛、使用人を連れているためおおよそワンフロア単位で部屋を借り受けるシステムだ。
部屋割は私が個室でリヒャエルとクロードがその隣、更に階段に近い部屋に護衛として同行した騎士たちが入るもよう。
宿での夜間の警備は二人ずつ交替で行うらしい。
私に割り当てられた部屋は南向きに位置する場所にあり嵌め殺しの窓の四隅には贅沢に色ガラスのステンドグラスがあしらわれており流石スノヒス国の特産品だと言わんばかり。
光苔の光がステンドグラスを通して部屋へと入り込み茶色い木目の床に美しい光の絵画を映し出していてまるで足の下に広がる魔法陣のようだ。
「異世界召喚! ……なんちゃって」
自分で言っていて痛いけど、近くの木製の机の上に寝そべっていたサクラがどうしたの? と言わんばかりにつぶらな瞳で見上げてきて少しばかり恥ずかしい。
リヒャエルが部屋にお湯を貰ってきてくれたので、旅の汚れを落として旅装から綺麗な衣服に着替える。
そうこうしている間に旅装を解き終わりさっぱりしたクロードが部屋へとやってきた。
「失礼します。 シオル様、先程双太陽神教の教会からこちらの書状が届きました」
「こっちに頂戴」
同じくサクラの身体をお湯にくぐらせたタオルで拭き清めていた手を止めて、タオルを桶に戻し書状を受け取るべくクロードに伸ばす。
手渡された紺色の短筒につけられた白いリボンには私の名前が記載されロブルバーグ教皇聖下の封蝋がされている。
「クロード、ナイフある?」
「こちらをお使いください」
差し出されたナイフで封蝋を潰さないように封を開け中に丸めてしまわれていた書類を引き出す。
上質な羊皮紙を広げていく。
前世で使用していた植物から作る紙も好きだけど、個人的には異世界にいるのだと実感できるので好んで羊皮紙を使用している。
植物紙を開発するのは簡単だろうけど、少なくとも私の代では再現するつもりは無い。
群雄割拠のこの大陸でレイナス王国は目立たない事で平和を維持できている。
なら急激に変化させて覇権を狙う周辺諸国の好餌になるつもりなんてサラサラない。
もちろん狙われれば全力で抗うけどね。
懐かしいミミズが這ったような達筆な字が羊皮紙の上に踊っていて心がほんわか温かくなる。
「教皇聖下はなんと?」
クロードの言葉に書面から視線を上げて、サクラの頭に手を伸ばして撫でると、サクラは気持ちよさげに目を閉じた。
「プリャに着いたのはエレナ大司教に聞いて知ってるんだぞ! 明日朝一番でこんか! ってさ全く……全然変わってないや」
クスクスと笑う。
「聖下と本当に仲がよろしかったんですね?」
「うん、良くも悪くも私の先生だったからね、本当に色々なことを教えてもらった……」
当時私の誕生を祝う儀式に双太陽神教会から大司教だったロブルバーグ教皇聖下が来てくれてから当時の教皇聖下から枢機卿に指名されてスノヒス国に帰国するまでの出来事が脳裏に蘇る。
こちらの世界の文字も根気良く教えてもらったおかげで今不自由せずに王太子として執務をこなせているのだから。
「使者の方はまだいるのかな?」
「いらっしゃいます」
「なら挨拶しないとね」
「おっ、お待ちください! 実はこの書類は急遽身軽な下男に持たされたものらしく、正式な……高位の使者ではないので殿下が対応されるのは問題が……」
ごもごもと口ごもるクロードに苦笑いを浮かべる。
それなら伝言を頼もうかな。
「それなら書面に記載されたお時間に大聖堂へお伺いいたしますと伝えてもらえる?」
「御意」
私の言葉に納得した様子でクロードが頷いた。
明日十年以上ぶりにロブルバーグ教皇聖下と会えるのか、楽しみ!