ソリ完成
翌日の正午頃困惑気味に私達が借り受けている一室を宿の店主が困惑気味に訪ねてきた。
「すみません、宿の者ですが……レオル様にお客様がお見えです、いかがなさいますか?」
部屋と通路を繋ぐ立て付けが悪い木の扉を押し開けたクロードが、宿の店主からこちらに視線を向けてきた。
「こちらから向かいますので、少し宿の受付でお待ちいただいてください」
そう告げて知らせに来てくれたお礼に小額貨幣を握らせると、宿の店主は深く頭を下げて伝言を伝えるべく階段を下りていく。
「客人とは……どなたか心当たりはございますか?」
クロードに問い掛けられて横に首を振る。
「いや、この街で知り合いは木材加工工房の工房主と、この前リヒャエルが奴隷の子を引き取ったゾディアック枢機卿猊下だけだよ」
木材加工工房の工房主との約束は夕方のはずなのでまだ時間には早い。
「まぁ行ってみればわかるでしょ」
「またそんなあっさりと、もし殿下のお命を狙う刺客だったらいかがなさるおつもりですか?」
刺客に襲われるような大した人物では無いんだけどなと苦笑いを返して階下へ下りる。
「あっ! 昨日の若様、ご依頼のお品を納品に参りました!」
そこには目の下に隈を作ってテンションがおかしい工房主が同じく隈を作った若い男性を二人従えて待ち構えていた。
よく見れば隈だけでなく目が血走りランランと輝いている。
足元を見れば皆長丸のかんじきをはいているようだ。
「おっ、おはようございます、もう完成したんですか? 確か納品は夕方になるとお聞きしたはずですが?」
そう問い掛ければ店主が詰め寄ってきた。
「あははははっ、いやぁ実はこの時期は他に仕事もなくて……つい年甲斐もなくソリ作りに熱中してしまいました」
「もしかして寝ておられないのでは?」
「大丈夫です! 納期が近い時には二、三日徹夜は当たり前ですからな、あっ、後ろの二人は私の息子です」
「この度はご注文ありがとうございます!」
「お前らはもういい! 先にいって準備しとけ!」
店主は二人を呼び寄せ頭を下げさせると、さっさと追い払った。
「いやぁこのかんじきは素晴らしいですね、敢えて誰も踏み込まない深雪の上を歩いて来ましたが本当に沈まないとは……素晴らしい!」
「とりあえず落ち着いてください、ソリを見せていただいても?」
「そうでした! こちらですこちらです!」
徹夜明けで興奮気味に喋る店主さんに案内されて宿の裏手に回り込む。
そこには既に人だかりが出来ていた。
どうやら娯楽に飢えた小さな街の住人たちの興味を激しく引いたらしい。
「何が始まんだ?」
「それが木材工房の新商品発表だってよ」
店主は囁き合う人垣を蹴散らして既に馬車へ取り付けていた息子たちに近寄っていく。
「どうだ?」
「不具合は調整済み、いつでも走らせられるよ」
「完璧……」
額に輝く汗を浮かべて、いい笑顔で答えた息子たちに満足げに頷くと私の方へと振り返った。
「試運転願いたい!」
「あっ、はい……」