木材加工工房
宿の女将に金を握らせて場所を聞き出し、クロードとリヒャエルを引き連れて私が向かったのはこの街にある家具を作る材木加工工房だった。
「こんなところになんの御用ですか?」
クロードは怪訝そうな声を出して、古びた小さな工房を眺めている。
「クロード、きっとレオル様の事だ。 また私達か思いつかないような奇天烈な事を始めるに違いないよ」
何かを期待するようなリヒャエルの視線が背中にグサグサ突き刺さる。
「そんな変なことしないって、すいませ〜ん、どなたかいらっしゃいませんか?」
人気がない店内に声を張り上げると、返事と共に店の奥からふくよかな体格の壮年の女性が走り出してきた。
「いらっしゃい! 何をお探しですか?」
前掛けで濡れた手を拭いながらやって来た女性に、よそ行きの笑顔を貼り付ける。
「宿の女将さんに紹介されて参りました、実は大至急オーダーメイドで作って欲しいものがありまして」
「まぁ女将さんに? オーダーメイドなら主人に聞いてみなくてはだめね、ちょっと一緒に来てくれます?」
「はい、大丈夫です」
女性の案内で店内を抜けて奥に作られた工房に案内される。
工房には切り出したばかりの木がうず高く積まれ、木の香りが広がっている。
シャッシャッと木を削り出す音が響く工房内を女性は迷うことなく突き進み、奥で作業していた壮年の男性に声を掛けた。
「アンタ! オーダーメイドのお客さんだよ」
「んぁ? オーダーメイドとは珍しいな」
作業を中断して、使っていたカンナを作業台に戻し、顔を上げるとこちらに向って歩いてくる。
「はじめまして、私は旅の商人でレオルと申します、後ろの二人は従業員です。実は至急オーダーメイドであるものの作成をお願いしたく参りました」
丁寧に頭を下げると、クロードとリヒャエルが続いて頭を下げた。
「旅の商人ねぇ……まぁ他に急ぎの仕事もないし、話を聞こうか」
そう言って作業台の側に設えられていた製図台に案内される。
手荒く製図台にあった図面の描かれた薄い木の板を近くの棚に放り込み、新しい木の板を用意して、細く削り出した木炭を取り出した。
「それで? 何を作って欲しいんだ? 椅子か? それとも衣装箱?」
コツコツと木の板を木炭で叩いて聞いてくる。
「実は馬車に取り付ける部品と雪山用の靴を作っていただきたいんです」
「ほう……ちなみにどのような?」
そう言って男性が木炭を手渡してくれたので、木の板に簡単な構想図を描き出していく。
「馬車の部品は、真っ直ぐな木の板の進行方向側をこう滑らかに削り出して、この板の二箇所に馬車の車輪を固定する……」
「ふむ……こうですかな?」
「そうです! あとこう、木の輪を組んでそれを靴の底に履いて雪に沈まなくする物をですね……」
「ほう……これで深雪に沈まなくなるのですか? にわかには信じられないが」
オーダーメイドの内容を詰めて行く。
「ふむ……これくらいなら明日の夕方には納品出来ると思うよ」
ひと通り内容を決め、必要な個数を頼むと、工房主の男性はそう請け負った。
「助かります、あと費用ですが……」
「ん? そうだな材料費だけでいいぞ」
「いや、そう言う訳にも」
ただでさえ急ぎで仕事を頼むのに材料費だけでは申し訳無さすぎる。
「その代わりと言っちゃなんだが、このソリ? とカンジキ? の製作権を譲ってくれ」
やる気に満ちた工房主の熱い眼差しに思わずたじろぐ。
「馬車の車輪に板を付けるだけで雪山を越えられるなんて話聞いたこともねぇ、場合によっちゃこれはえらい稼ぎになる! 頼む、このとおり!」
勢い良く距離を詰められて、頭を下げられ、私は勢いに負けて頷いた。
「わっ、わかりました……」
「本当かっ!? ありがとう! どうする? 出来た物はどこに運べばいい?」
カンジキはそれほど運送の負担は大きくは無いだろうが、馬車用の脱着式ソリはそれなりの大きさになるだろう。
「私たちは宿に宿泊しています、そちらに届けて頂けますか?」
「お安い御用だ、ついでに使い方を説明してくれりゃその場で調整もさせて貰うからよ」
図面を見ながらチラチラと忙しなく木材に視線を流す工房主に製作と運搬を頼み、私達は宿への帰路についた。