街道封鎖ってマジ?
キャロラインと別れ国王陛下の執務室で、アルトバール陛下とシリウス宰相に明日の早朝城を立つ旨を伝えて、リステリア王妃殿下……私の母様とともに食事を取った。
私室は幼児に貸してあるため、王城の客室を借り受けて一晩休むことにする。
いつものように私の枕元に真紅の小さく身体を丸めて眠るサクラの滑らかな背を撫でる。
「奴隷なんて居なくなっちゃえばいいにのね?」
奴隷制度が当たり前のように浸透したこの世界で私の意見はきっと異端なのかも知れない、それでも地球に……奴隷なんて居ない日本に生きた記憶がこの現実を受け入れない。
「明日はまたドラグーン王国のあの街まで飛ばなきゃね……サクラ……よろしくね?」
心に渦巻く闇を無理やり生唾と一緒に飲み込んで、目を瞑り深く深く息を吐く。
「おやすみサクラ」
翌早朝直ぐにサクラに飛び乗り国境の街へと飛び立った。
行き同様帰りも休憩を挟みつつ、あの国境の街に辿り着いた時には、日が落ちてすっかり夕暮れに空の色が染まっていた。
出発した時には飛び立ったのと同じ山の中に舞い降り、小さくなったサクラに礼を告げ、手早く鞍を纏めて街へと移動する。
「誰か! 篝火を増やせ!」
「赤い怪物が戻ってきたよ!」
「あんな怪物が、なんでこんな辺鄙な街の近くに……」
荷車に家財を積み込み街から逃げ出す人々、剣や槍、弓矢を装備して決死の表情を浮かべる男たち。
「う〜わ〜、修羅場?」
この騒ぎ、絶対私達のせいだわ。
なるべく騒ぎにならないように気を使ったんだけど、どうやら甘かったらしい。
宿泊していた宿へ急げば、沢山の人が宿に集まっていた。
「ふざけるな! 宿屋なのに部屋が準備出来ないとはどういう事だ!」
「申し訳ありません……申し訳ありません!」
宿の店員に詰め寄る客らしい男達を無視して、借り受けた部屋へ階段を駆け上がる。
部屋の前の廊下にリヒャエルとクロードを始め、今回の旅の同行者八名が集まっていた。
「怪物騒動でこの街道を閉鎖されてしまったのが痛かったな」
「だな……スノヒス国側からはまだ閉鎖されて居ないのが救いだな」
ただでさえ強面なのに、渋面を浮かべているから更に迫力が倍増している。
「ただいまぁ……」
「殿下!?」
バッ! っと一斉に十対の瞳がこちらに向いて怖い。
「お怪我はありませんか?」
あっという間に取り囲まれた。
「大丈夫だ、しかし随分騒ぎになったねぇ」
「キュウ」
のほほ〜んと言うと盛大にため息を吐かれた。
「他人事みたいに言わないで下さい、殿下の不注意でサクラが見つかったせいでスノヒス王国へ続く街道を閉鎖されてしまったんですから」
額に手を当てて首を振るクロードの肩にリヒャエルが手のひらを置く。
「そう怒んなって、レオル様あの奴隷の子は?」
「リヒャエルのおかげで凍傷で手足を落とさずに済みそうだよ」
「そりゃ僥倖だ。 それで、これからどうしますか?」
街道は閉鎖されて行けないなら他の道を行くしかない。
「う〜ん、他の街道は?」
「ここから十日程行った場所らしいな」
十日間かぁ……
「まぁ下手したらそっちも閉鎖されてるかもね」
マジかぁ……確かに正体の知れない巨大生物が突然現れたらパニックにもなるだろう。
「う〜ん、その騒動の原因がサクラだって知ってるから危険がないのに街道が閉鎖されたのは痛いなぁ」
ガシガシと頭をかく、街道は雪が旅人たちに踏み固められているため馬車の車輪でも進む事ができるが、街道から外れれば深い親切に車輪が埋まり馬車で進むのは不可能だ。
「街道を強行突破する?」
「冗談は寝てから言って下さい、サクラを討伐するためにこれから討伐隊が組まれるって話もあるんですから無理は禁止です」
サクラを討伐なんてさせる訳にはいかない。
「仕方ない、街道は諦めて山越えするかぁ」
「はい!? 貴方は何を考えておられるのですか!」
クロードはとんでもないと否定するが、仕方ないじゃない。
「ぷっはははっ! あーレオル様サイコ〜、そのぶっ飛んだ思考回路」
クロードとのやり取りにリヒャエルが吹き出して笑いだした。
「さて準備に行くかな。 クロードとリヒャエルは私と一緒に来て、他のみんなは食料確保とスノヒス国側へ案内できそうな猟師を探して道案内を頼んでくれ、解散!」
『御意!』
私の指示で、皆が自分たちがすべきことに動き出した。
あとがき
場所は城中の洗濯物が一手に集まる洗濯場、いつものように洗濯物を洗う手を止めずにそれよりも早い口調で世間話に花を咲かせる洗濯婦達のもとにひとりの侍女が駆け込んできた。
「すいません! これお願いします!」
「あいよ〜」
侍女はたしかシオル殿下付きだった筈だ。
「あら珍しい、シオル殿下は確か国外に行ってるんだよね」
「その筈だけど……うちの殿下は、神出鬼没たからねぇ」
受け取った洗濯物は直ぐに王族用の洗濯物へと選別する。
「あら? 随分小さい服だこと、それから……これは何かしら? あんた知ってる?」
まだ居る侍女に洗濯婦の一人が声を掛けた。
「それですか? 殿下か幼い子供をそれで背負って帰られたんです」
「こんな布っきれでかい?」
そう言って半信半疑に変な布が縫い付けられた布を広げた。
「えぇ、ちょっと布……あぁこれでいいかしら、これが子供だとすると……」
そう言って洗濯婦たちの前で布きれ……おんぶ帯に子供に見立てた布の塊を乗せて背中に背負い、みようみまねで帯を胸元で交差させて帯留めに通し、腹の前で結んでみせた。
「ほ〜、そう使う布なのね、この切れ込みは……なるほどここから足を出すのね!」
「便利だねぇ、これがあれば子供を背中に括り付けて家事や仕事ができるじゃないか!」
「うちの嫁に丁度いいよ! ちょっと作ってみる」
「待っとくれ! うちの娘の分も作っとくれ!」
「私の分もお願いします! この子が産まれたら仕事辞めなくちゃならないかと思ってたけど、これがあれば、子供と一緒に出仕できるかも!」
洗濯場に居た洗濯婦たちはその形状をすぐ様現物にして量産し始めた。
*****
数ヶ月後……
「やっぱりこっちの世界にもおんぶ帯ってあるんだね〜」
子育てに追われる主婦達の間で急速に作り方が普及したおんぶ帯を、スノヒス国からレイナス王国へ帰還した王子が見てそんな事を言っていたのは別の話。