クロードは、私の監視らしいっす
翌日の早朝には雪も止み、朝日に照らされた白銀の世界が宿の外に広がっていた。
どこの世界でも子供は雪が好きなのか、はたまた雪が晴れたことで外で遊べることが嬉しいのだろう。
まだ早いにも関わらず窓の外から子供達のはしゃぐ賑やかな声が聞こえてくる。
「サクラおはよう」
枕元でまるで猫のように身体を丸めて寝ているサクラのスベスベした赤い鱗を撫でる。
幼少期はピンク色だったのに、大人になったからか小さくなってもサクラの体色は美しい真紅のままだ。
ベッドから身体を起こし、衣服を整えていると目を覚ましたサクラが当たり前のように私の服の中へと滑り込む。
予定では今日中にスノヒス国へ入る為の準備を整えて明日の早朝出発予定だが、誰も起こしに現れない事を考えれば自国の王子を放り出して寝ているのかも知れない。
今に始まったことではないが、どうもレイナス国民は楽観主義者が多く、そして脳筋で血気盛んなのだ。
一通り準備が終わった頃、二度のノック音の後に、朝食を携えたクロードが入室してきた。
「クロードおはよう」
どうやらクロードはまだ私が寝ていると思っていたようで、声をかけると驚いた様子で慌てて頭を下げた。
「シオル殿下おはようございます」
「うん、レオルな」
相変わらずなクロードに苦笑しながら、朝食を受け取る。
今日は粗挽きの小麦で焼いたパンと越冬用に乾燥させた野菜を入れた鶏だしのスープだ。
「美味しそ〜! いただきます」
朝食の前で両手を合わせた私の様子を不思議そうにクロードが見てくる。
「今回のスノヒス訪問の追従を陛下から賜ってから気になっていたのですが、シオ……レオル様の食事の前になさっているその儀式はどんな意味があるのですか?
」
クロードの問に、儀式? と一瞬何のことかわからなかった。
そんな私の様子にクロードは両手を合わせる。
「いただきます……ご馳走様でした」
クロードが口にしたのは食前の挨拶だった。
「そうだね……いただきます……は、食材の命を「いただい」て、自分の命を養わせてもらうことに対して感謝致しますかな?」
他にも諸説あったと思うけど、私はこの意味で覚えている。
生きとし生けるもの全てが弱肉強食とは言え、なにかの命を奪って生きている。
動物だけにとどまらず、スープの野菜だって、パンに使われた小麦だって命。
またこうして朝食が私の所に来るまでに、クロードのみならず生産から調理配膳まで何人もの人の手が掛かっているのだ。
「だから食べる前に、いただきますと言ってから食べるし、食事を出すために馬を馳せたり、自ら狩りや収穫をしたり、走り回って用意してくれた人に対して感謝の気持ちを伝える意味で、ごちそうさまでしたと言うようにしてるんだ」
「感謝の気持ちですか……短い言葉にそれほどの意味があるのですね」
私の話を聞いて何やら考え込んでしまったクロードを放置して美味しい朝食を堪能した。
スープには生姜に似た物が入っているのか、ピリリとした辛味があるものの、冷えた身体をぽかぽかと温めてくれる。
「そうだ、クロード朝食の後で一緒に剣術の修練をしないか?」
ロンダーク亡き後から、改めて剣術の修練を始めた。
剣を持ち構えると言った基本中の基本から始め、素振りをして僅かにブレる体幹や、無駄に大振りした剣先の軌道のブレを直したり、最小の動きで無駄なく動けるように。
「お断りさせていただきます。 殿下は少し休まれた方がよろしいかと、上司が休まなければ私ども部下が休めません。 ですからお休み下さい」
「ゔっ……わかったよ」
そうクロードに言われてしまえば休まざるを得ないだろうな。
「リヒャエルは?」
「明日の朝スノヒス国へ入る商隊の所へ出ております」
リヒャエルは早速昨晩たのんだ案件に動いてくれているようだ。
「なら私は少し街の様子でも見に行ってこようかな」
「では私もお供を」
「大丈夫だよ、剣も携えていくし」
「ですが護衛は必要ですし私の目を盗んでまた無茶をなさる恐れがありますから、キャロライン様からくれぐれも目を離さないように言われております」
レイス王国から戻って以来キャロラインが心配そうに私を見ていたのは知っているけれど、まさかクソ真面目なクロードを監視につけてくるとは思わなかった。
「はぁ……一緒に行くか?」
「もちろんお供致します」
二つ返事で承諾したクロードに内心ため息を吐きながら、最後のパンを口に含みスープで流し込む。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
両手を合わせて感謝の祈りを捧げる。
「では私は下膳して参ります」
「わかった」
クロードが空いた食器を持ち部屋から遠ざかったのを確認し、私は素早く外套を羽織り部屋から抜け出した。
「さてと、クロードが来る前に脱走しようっと」