父との酒盛り
夕食を食べ終えて、呼び出しに応じるべく陛下の居場所を近衛兵に確認すれば、既に私室へと下がられて居るようだった。
私室へと先触れを走らせてゆっくりと自室を出た。
剣さえ帯剣していなければ身体がブレることもなく歩けている事実にホッと安堵する。
私室に到着し入室の許可を取ると、直ぐに室内へと通された。
陛下は既に寝間着に着替えており、革張りのソファーに深く腰掛けてグラスに入った御酒を傾けていた。
色からして赤ワインだろう、ソファーの前にあるローテーブルの卓上にはチーズやら干し肉やら、ツマミらしい木の実が並べられている。
陛下に促されて、指定された丁度真向かいに腰を下ろすと、陛下自ら手酌した赤ワインを渡された。
「具合はどうだ?」
そう聞いてくる陛下に絶対安静の怪我人が酒精を口にしていいのか悩みつつも、少しだけ口を付ける。
ふわりと芳醇なワインの香りが口いっぱいに広がった。
「はい、おかげさまで良くなりました。 ご迷惑とご心配をおかけ致しました」
深々と頭を下げると、大きな手が私の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。
「ここには私とお前しかいないんだから気を使うな」
「はい、陛下」
「お父様だ」
「はい父上」
すかさず呼び方を訂正されたが、流石に成人した男が、お父様とは言いづらく、無難に父上と言い直す。
多少不満げだったが、とりあえず納得したようで他愛ない会話をして二人で酒を飲み交わした。
「実はな、シオルには一度スノヒス国へ行って欲しいと考えている」
その言葉にここからが本題なのだろうと姿勢を正した。
「スノヒス国のロブルバーグ教皇猊下を覚えているか?」
「はい、幼い頃は大変お世話になりました」
当時まだ大司教だったロブルバーグ様に初めてお会いしたのは私の誕生を祝う祭りだった。
式は国教である双太陽神教の教会で執り行われ、何故か赤ん坊の言いたいことがわかる猊下に祝福をいただいた。
白く長い髭を蓄えたおちゃめなご老体は、高齢を理由に大司教を引退してレイナス王国の名誉司祭に着任し、シオルの師として色々な知識を教えてくれる様になった。
前教皇猊下が亡くなられた際に実は引退どころか枢機卿へと昇進していた事で、次代の教皇猊下を決めるために双太陽神教会の枢機卿で行われる選定式、コンクラーベへの出席を余儀なくされ、泣く泣くスノヒス国へ強制連行されていった。
必ず会いに行くと約束してから十年以上の月日が経過している。
「ロブルバーグ猊下の体調が芳しくないようでな、最近はご高齢であることもあり床に臥せっている事が多く、死ぬ前に成長したお前に一目会いたいとの仰せらしいんだ」
レイス王国からの帰り道でアンナローズ大司教様から話には聞いていたが、青ざめた私の顔にアルトバール陛下の苦笑が浮かぶ。
「隣国ドラグーン王国が不安定な今、私はこの国を離れるわけにはいかないからな、私の代わりにスノヒス国へ行ってくれるか?」
「行きます!」
自分とさして身長が変わらない程に成長した私の赤い髪を乱暴にかき混ぜる。
「頼んだぞ」
「はい!」
元気な返事を返した私はスノヒス国へ行く為の準備をするために自室へと下がった。