伝えられた死
「うわっ!? 矢が飛んできた!」
飛んでくる矢を愛剣シルバで叩き斬りながらレイス王国軍に馬で走り抜ける。
「はぁ、しかし下手くそですね、ろくに狙いを定める事すら出来もせずに矢を射るなど矢の無駄使いもいいところです」
煩わしいそうに弓を斬り伏せロンダークは眉をひそめる。
「シオル!」
遠くから聞こえてきた声の出処を探し、直ぐに馬に声がした方角へ向かう様に指示を出す。
「アールベルト! とりあえずこの矢を止めてくれ」
「いまやってる」
アールベルトに飛んできた矢を叩き斬り合流すると、しばらくして矢は飛んでこなくなったがアールベルトの無言の怒りをかんじる。
アールベルトに案内されて本陣へと招かれると戦装束に身を包んだカストル二世陛下がこんな無作法な訪問の仕方をしたというのに、温かく迎えてくれた。
「シオル殿下、ようこそ我が陣へ。 本来なら歓迎をしたいところだがすまないな」
「いいえ、気になさらず……時間もあまりありませんし単刀直入にお聞きします。 こちらへ王都から連絡は?」
私の言葉に訝しげな反応を示すカストル二世陛下の様子に、やはりと国内に裏切り者が居るとわかる。
「落ち着いて聞いて頂きたいのですがーー」
「失礼します! ドラグーン王国軍が動きました!」
本陣へ駆け込んで来た伝令兵の言葉にカストル二世陛下はそれまでの私に対する態度を消し去り鋭く動き出したドラグーン王国の軍を睨みつけた。
「直ぐに迎え撃つ! アールベルトはシオル殿下から話を」
「陛下、ご武運を!」
剣を握り締め去って行くカストル二世陛下を見送る。
「シオル、一体何があった?」
アールベルトの表情は険しいままだ。
私は視線を合わせてゆっくりと口を開く。
はっきり言って家族を愛するアールベルトに伝えるのは身を切る様に心が痛い。
「ギラム・ギゼーナが王城を放棄した」
「なっ、ギラムが!? 母上とナターシャは無事なのか!?」
驚きのあまり私の胸元に掴みかかったアールベルトの手をゆっくりと外す。
「マリア王妃殿下はギラムの手にかかり王城のテラスより落下され命を落とされた。 遺体はなんとか保護する事が出来たので隠してある」
「そんな……」
顔色が悪く力が入らず、呆然とするアールベルトを支え、なんとか立たせる。
今前線に出ているカストル二世陛下からこの軍を任されているアールベルトに倒れられては困る。
「しっかりしろ!」
絶望で動けなくってしまったアールベルトの頬を張り飛ばして、胸ぐらを掴み引き上げる。
「ナターシャ姫は乳母と脱出したようだが、行方が知れないっ、こうしている間もナターシャ姫が危うい! ギラムはなんとか捉えたが他にも内通者がいる!」
止めようとする周りに目も向けずに私はアールベルトを睨みつけた。
「シオル……頼みがある、私はいまこの場を離れることは出来ない……ナターシャを、捜してくれないか?」
「いま部下たちが懸命に捜してくれているが、川に落ちたようで見つからないんだ。 他国につながる支流に流されれば、私だけでは厳しい」
八方塞がりなのは重々承知しているが、ここはレイナス王国じゃない。 他国民である私にできることなど限りがある。
「殿下!」
セイグラムに支えられて戻ってきたカストル二世陛下は怪我をされているようだった。
「父上!」
「くそっ、アールベルト……兵を引けっ!」
動けないアールベルトにカストル二世の叱責が飛ぶ。
こうしている間にも乱戦が引き続き、指揮官が居なくなったレイス王国軍は次第に不利な戦況に追い込まれている。
「アールベルト! しっかりしろっ!」
このままではこの本陣も危うい。
ギリリと握りしめた短槍を手に持ち、アールベルトに背中を向けた。
「私は離脱させてもらう……ロンダーク、ゼスト殿っ前線を突破する! 続け!」
頼む少しだけ時間は稼ぐから復活してくれ!
これまで移動ばかりでストレスを溜め込んでいたレイナス王国の血の気が多い騎士たちが嬉々として戦場へ飛び出していく。
バッサバッサと攻め来るドラグーン王国の歩兵を斬り倒し前線を突破するどころか若干無双気味……
戦闘民族レイナス王国騎士……笑えない。
短槍を振り回しドラグーン王国の兵をひとり、またひとりと昏倒させていく。
正直言って誰かを傷つけるのは好きじゃない……それでもやらなければならない事はこちらの世界に転生してから身を持って体験した。
そうこうしているうちに、レイス王国軍の動きが変った。
レイス王国軍は次第に前線を押し返し始めている。
退却していく民兵を深追いはせず、未だに襲ってくる兵だけを薙ぎ払い、意識を刈り取っていく。
あとはアールベルトがなんとか……
なんとか立て直したレイス王国軍に、たった一瞬でも気を抜いた自分の未熟さ。
「シオル様っ、危ない!」
倒れた兵に隠れていた敵の姿に気が付かず、私はドンッと身体に強い衝撃を受けて体勢を崩した。