マリア王妃、転落
王城に上がった炎に、ゼスト殿に外門の指揮を任せて私とロンダークは走り出した。
城下町も混乱がひどい、王城を見ながら嘆き崩れる住人や、逃げ惑う人々を避けて整然と並び敷き詰められた石畳を駆け抜ける。
アールベルトの立太子式の為に飾り付けられたのだろう、道路を挟んで家と家を繋ぐように頭上に渡された紐には小さなレイス王国の国旗が無数に吊るされ、王城から吹き付ける熱風にはためいている。
ふと、王城へ続く道の端で侍女のお仕着せを着た若い娘を見付け足が止まった。
ただ呆然と炎上する城を見上げ、涙を流す少女に駆け寄り腕を掴む。
「アールベルト殿下の命で、王妃様とナターシャ姫を助けに来た。 お二人は御無事なのか?」
アールベルトの命などもちろん受けていない。 それでも情報を得るためなら嘘八百並べてやる。
「あっ、あぁ……おっ、お助けください! ナターシャ様は私の母と……乳母と共に隠し通路から脱出いたしました、マリア様はまだ城内に居られます! お願い……マリア様を、ナターシャ様を助けて」
助けを求めるようにシオルの服に掴みかかり滂沱の涙を流し訴える少女の背中を落ち着かせるために軽く叩いた。
「そうか、私達はこれから王城へ向かう、貴女は東門へ逃げなさい、東門に私達の仲間が居るからこれを見せて保護を申し出るんだ。 いいね、東門だよ?」
奪った制服の下に着たままだったシャツからレイナス王国を示す模様が彫り込まれた飾りボタンを引きちぎると少女の手に握り込ませた。
涙を袖口で拭い、東門へ走り出した少女の見送りもそこそこに、私達は王城へ向かって走り出した。
王城内では王妃様を守ろうとする者達とギラム将軍率いる反乱軍との小競り合いが続いているようで、私兵の制服を着た私達は、ギラムの私兵が守る城門をすり抜ける。
やはり彼ら反乱軍の味方である私兵の制服を着ている為か、見咎められる事はない。
「シオル様、このまま城の中へ突入しますか?」
並走するロンダークの言葉に走りながら考える。
はっきり言って今も城内から剣戟の音や怒号、悲鳴が聞こえていた。
「せめて、王妃様が今どこに居るのかさえ分かれば、強行突破の勝率も上がるんだろうけど、たった二人で四方八方を敵に囲まれて大立ち回りはやりたくないな」
歴史上の偉人が一人で千人斬り無双する前世でやったゲームを思い出す。
プレイヤーはたった一人で何千人もの敵兵の元へ斬り込み、拠点や有名な武将キャラクターをバッサバッサとなぎ倒して戦を勝利へ導くゲームだ。
はっきり言って、あんなこと現実で再現するなんて無理だ。
数人も斬れば、血脂で剣は切れなくなるし、正面から打ち合えば刃こぼれする。
どうしたものかと思いながら城壁沿いに正門から離れてひた走る。
「危ない!」
「うわっ!?」
ロンダークの声と同時に襟首を掴まれて、強い力でそのまま横に引き倒された。
すぐに私が居た場所に頭上から降ってきたのは、先程会った少女と同じようなお仕着せをきた年配の女性だった。
お仕着せの胸元と頭部からはおびただしい出血が見られ、地面に叩きつけられた衝撃で、両足が無残にもありえない方向へ折れ曲がってしまっている。
動く気配は見られず、既に絶命しているようだ。
「ロンダーク、ありがとう……助かった」
「いえ、先を急ぎましょう」
「あぁ」
今は地面に伏せて亡くなった女性を弔う余裕もない。
軽く黙祷と双太陽神教で使われる死者への祝詞を口ずさみ、再度城壁沿いに移動しはじめる。
暫く城の様子を探っていた私達が目にしたのは、城下町からも良く見える場所に城から突き出るように建設されたバルコニーから落下するマリア王妃の姿だった。