Daryl side 1
「3番テーブル、あがったよ」
昼下がりのはしばみ亭に、厨房から、朗らかな青年の声が響く。料理人で、俺の弟のギルバートだ。
「はぁい」
うって応える少女の声、こっちは手伝いのポーラ。ふんわりした見た目とはうらはらに、きびきびとよく働いてくれる。愛想も気立ても良くて、今や、はしばみ亭に、なくてはならない看板娘だ。
「お待たせしましたぁ」
両手の皿を、客の前に差し出す。彼女の動きを目でおいかけていた水夫の客たちは、嬉しそうだ。
「ポーラちゃ~ん、ますます美人になったね。メシもうまいし、この港に来たらここに寄るのは、はずせねぇな」
「ホント、船旅の疲れが癒されるぜ」
デレている客たちに、ポーラもにっこりと笑みを向ける。
「ありがとうございます~。さぁ、冷めないうちに召し上がってください」
彼女の客の扱いも、慣れたものだ。
「ダリル」
厨房から出てきたギルバートが、窓際のテーブルの後片付けをしていた俺に声をかけた。
「そっち、落ち着いたか、ギル?」
「うん」
ギルはやっと一息ついたという顔で頷いて、近寄ってきた。
今日みたいに、港に交易船のついた日は特にそうなのだが、このはしばみ亭は、昼飯時は殺人的な慌ただしさに呑み込まれる。小さい店だが、ギルの料理とポーラのおかげで、定期的にこの港町に訪れる船乗りや、旅人たちの間でも評判は上々だ。
そして、今から2時間くらい、昼食の客がひけて夜の賑わいのための支度を始める前までが、小休止でくつろげる時間になる。
「今いるお客さんがひけたらお昼にするけど、その前に、酒の仕入れに行ってきてくれない?」
「ああ、そういえば今日、新酒が入るって、いってたっけ」
俺は、なじみの酒屋のアレックスの顔を思い出した。
「ここ、やっとくから、頼んだよ」
ギルはそういって、俺が運ぼうとテーブルの端に積み上げていた食器を攫い、厨房に戻っていく。
他のものは全部ギルがやるけど、ギルは下戸だから、酒の仕入れだけは俺の担当だ。
俺は店の入り口を出て、ドアにかかった『開店中』の表示を『準備中』に裏返し、海沿いの路を歩き始めた。
はしばみ亭は、この島の南西の港町にある食堂で、夜には酒も出す。
俺は2代目の店主だが、初代店主は3年前に他界した、俺の祖父だった。
うちは代々城につとめる軍人の家系だが、祖父は奔放な人柄で、三男だったこともあって、若いうちから家を飛び出して、好き勝手やってたらしい。諸国漫遊した挙句、この港町に流れ着いて、はしばみ亭を開いたのが、今から50年近く前のことだと聞いた。
親父は一人息子だったが、店は継がずに、国軍に志願して務めあげ、将軍職まで登りつめた。現在は、母とともに、内陸の城下町に居を構えている。
もういい年なのだからそろそろ引退すればいいものを、まだ若い連中を顎でつかって、ハタからしたら迷惑なくらい健在だ。
両親とは、年に一度顔を会わせればいい方だが、俺も3年前までは軍に所属していたから、ときおり店を訪ねてくれる当時の同僚から親父の話を耳にする。
五十路の半ばもとうに超えたというのに、元気すぎるエピソードばかりで、恥ずかしいってことが多い。まぁ、生え抜きの軍人だから、そう簡単に老いぼれもしないんだろう。
「邪魔するよ」
俺は挨拶とともに、アレックスの酒屋の軒をくぐった。
「らっしゃい!」
快活な女の声が出迎えた。アレックスの女房のヒルダだ。年は俺と大して変わらず、まだ三十路前のはずだが、二人の子持ちの母親の貫録か、酒屋の『おかみ』と呼ぶのに違和感がなくなってきた。
本人に伝えたら怒りそうだから、絶対に言わないが。
「今日荷がつくって聞いてたんだけど、アレックスは?」
「まだ裏で、搬入と検品してる」
おっと。タイミング悪かったか?
俺が口を開く前に、ヒルダは紙に書かれたリストを差し出した。
「ほら、今日の入荷品。この時間にダリルが来るだろうからって、アレックスから預かってるよ」
「お、ありがとう」
商売に関して、この夫婦は、本当に気が利いている。他にも、価格や品揃えのいい酒屋は何件かあるけど、入荷の予定を事前に知らせてくれたり、客の来そうなころあいを見計らって準備をしていたりと、対応の細やかさではここが一番だ。
時々うちの店にも、夫婦で客として来てくれるから、最近の客層もよく知っている。
「最近、夜も女性客増えたでしょう?これなんか飲み口軽くてオススメだよ」
「じゃぁ、いつものこれと、これと、こっちの、それぞれ3ダースと、そのおすすめの酒、2ダース頼む」
「あいよ、夕方には届けるから」
「よろしく」
「・・・あー、ダリル。・・・聞いてる?」
代金を払って店を出ようとした俺に、歯切れの悪いカンジで、ヒルダが尋ねた。
「何を?」
何の話やらわからないといった俺の顔を見て、ヒルダは少し気まずそうに笑った。
「いや、なんでもない。また、近々顔だすから、ギルバートにもよろしくね」
「おう・・・」
何だろう。もしかして3人目でもできのたか?
俺はヒルダの表情から、そんなことを考えながら、アレックスの店を後にした。