表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

Daryl side 1

 「3番テーブル、あがったよ」

 昼下がりのはしばみ亭に、厨房から、朗らかな青年の声が響く。料理人で、俺の弟のギルバートだ。

 「はぁい」

 うって応える少女の声、こっちは手伝いのポーラ。ふんわりした見た目とはうらはらに、きびきびとよく働いてくれる。愛想も気立ても良くて、今や、はしばみ亭に、なくてはならない看板娘だ。

 「お待たせしましたぁ」

 両手の皿を、客の前に差し出す。彼女の動きを目でおいかけていた水夫の客たちは、嬉しそうだ。

 「ポーラちゃ~ん、ますます美人になったね。メシもうまいし、この港に来たらここに寄るのは、はずせねぇな」

 「ホント、船旅の疲れが癒されるぜ」

 デレている客たちに、ポーラもにっこりと笑みを向ける。

 「ありがとうございます~。さぁ、冷めないうちに召し上がってください」

 彼女の客の扱いも、慣れたものだ。


 「ダリル」

 厨房から出てきたギルバートが、窓際のテーブルの後片付けをしていた俺に声をかけた。

 「そっち、落ち着いたか、ギル?」

 「うん」

 ギルはやっと一息ついたという顔で頷いて、近寄ってきた。

 今日みたいに、港に交易船のついた日は特にそうなのだが、このはしばみ亭は、昼飯時は殺人的な慌ただしさに呑み込まれる。小さい店だが、ギルの料理とポーラのおかげで、定期的にこの港町に訪れる船乗りや、旅人たちの間でも評判は上々だ。

 そして、今から2時間くらい、昼食の客がひけて夜の賑わいのための支度を始める前までが、小休止でくつろげる時間になる。

 「今いるお客さんがひけたらお昼にするけど、その前に、酒の仕入れに行ってきてくれない?」

 「ああ、そういえば今日、新酒が入るって、いってたっけ」

俺は、なじみの酒屋のアレックスの顔を思い出した。

 「ここ、やっとくから、頼んだよ」

 ギルはそういって、俺が運ぼうとテーブルの端に積み上げていた食器を攫い、厨房に戻っていく。

他のものは全部ギルがやるけど、ギルは下戸だから、酒の仕入れだけは俺の担当だ。

 俺は店の入り口を出て、ドアにかかった『開店中』の表示を『準備中』に裏返し、海沿いの路を歩き始めた。




 はしばみ亭は、この島の南西の港町にある食堂で、夜には酒も出す。

 俺は2代目の店主だが、初代店主は3年前に他界した、俺の祖父だった。

 うちは代々城につとめる軍人の家系だが、祖父は奔放な人柄で、三男だったこともあって、若いうちから家を飛び出して、好き勝手やってたらしい。諸国漫遊した挙句、この港町に流れ着いて、はしばみ亭を開いたのが、今から50年近く前のことだと聞いた。

 親父は一人息子だったが、店は継がずに、国軍に志願して務めあげ、将軍職まで登りつめた。現在は、母とともに、内陸の城下町に居を構えている。

 もういい年なのだからそろそろ引退すればいいものを、まだ若い連中を顎でつかって、ハタからしたら迷惑なくらい健在だ。

 両親とは、年に一度顔を会わせればいい方だが、俺も3年前までは軍に所属していたから、ときおり店を訪ねてくれる当時の同僚から親父の話を耳にする。

 五十路の半ばもとうに超えたというのに、元気すぎるエピソードばかりで、恥ずかしいってことが多い。まぁ、生え抜きの軍人だから、そう簡単に老いぼれもしないんだろう。




 「邪魔するよ」

 俺は挨拶とともに、アレックスの酒屋の軒をくぐった。

 「らっしゃい!」

 快活な女の声が出迎えた。アレックスの女房のヒルダだ。年は俺と大して変わらず、まだ三十路前のはずだが、二人の子持ちの母親の貫録か、酒屋の『おかみ』と呼ぶのに違和感がなくなってきた。

 本人に伝えたら怒りそうだから、絶対に言わないが。

 「今日荷がつくって聞いてたんだけど、アレックスは?」

 「まだ裏で、搬入と検品してる」

 おっと。タイミング悪かったか?

 俺が口を開く前に、ヒルダは紙に書かれたリストを差し出した。

 「ほら、今日の入荷品。この時間にダリルが来るだろうからって、アレックスから預かってるよ」

 「お、ありがとう」

 商売に関して、この夫婦は、本当に気が利いている。他にも、価格や品揃えのいい酒屋は何件かあるけど、入荷の予定を事前に知らせてくれたり、客の来そうなころあいを見計らって準備をしていたりと、対応の細やかさではここが一番だ。

 時々うちの店にも、夫婦で客として来てくれるから、最近の客層もよく知っている。

 「最近、夜も女性客増えたでしょう?これなんか飲み口軽くてオススメだよ」

 「じゃぁ、いつものこれと、これと、こっちの、それぞれ3ダースと、そのおすすめの酒、2ダース頼む」

 「あいよ、夕方には届けるから」

 「よろしく」

 「・・・あー、ダリル。・・・聞いてる?」

 代金を払って店を出ようとした俺に、歯切れの悪いカンジで、ヒルダが尋ねた。

 「何を?」

 何の話やらわからないといった俺の顔を見て、ヒルダは少し気まずそうに笑った。

 「いや、なんでもない。また、近々顔だすから、ギルバートにもよろしくね」

 「おう・・・」

 何だろう。もしかして3人目でもできのたか?

 俺はヒルダの表情から、そんなことを考えながら、アレックスの店を後にした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ