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6.宴もたけなわ、最後を飾るは

 引き立てられて上がった舞台の中央には、既に男児が――もとい、人型の魔獣が椅子に拘束されていた。目と喉の拘束はそのままに綺麗な服を着せられている。手首の術布は袖に隠れて見えなかったが、これもやはりそのままだろう。

 四肢には更に金属枷がはめられ、これは床に埋め込んだ固定具と鎖で繋がれていて、膝の上に無造作に置かれた両手はそれより上にはあがらない。

 椅子の下には魔方陣も敷かれ、安全対策は万全と言ったところなのだろう。


 それは、ひどく罪悪感を掻き立てられる光景だった。何も知らなければ無垢な幼子が捕らえられ、厳しく拘束されているようにしか見えない。もっとも下衆(げす)しかいないこんな場所ではそんな感情を抱くのはヴィカだけのようだったし、当の魔獣も目隠しされたままきょろきょろと首を巡らしたり、時折鼻をひくつかせたりと現状に不快や不安を抱いている様子はまるでうかがえなかったが。


 舞台に上げられたヴィカが連れて行かれたのは、その魔獣の元ではなく、少し離れたところに置かれた巨大な檻のそばだった。中に入るのではなく、傍らに座ることを命じられる。従うと今度は分厚い革製の首輪を付けられ、最後に首輪と檻とが鎖で繋がれた。

 準備がととのうのを待っていた魔術師が、一歩下がって全体を眺め渡すように顔を動かした。そして満足したのだろう、にたりと細い目が弧を描く。自分の置かれたパフォーマンスを理解して、嫌悪感も隠さずに顔を歪めたヴィカの表情をどう解釈したのか、わざわざもう一度近づいてきて身をかがめると、いいこにしていてくださいねえと鳥肌の立つような声で優しく彼女に囁いた。

 それと共に頭をひと撫でされて、ヴィカの全身に怖気が走る。

 ふふふ、とまたあの甲高い声で笑った後、立ち上がった魔術師はヴィカに背を向けた。


 魔術師が首に下げた大きな石飾りを爪先でカツカツと叩くと、石の中心に星状の光が灯る。


「皆様、お待たせいたしました!」


 魔具によって拡大された魔術師の声が、ホール中に響き渡った。

 既に舞台上に視線を向け会話を弾ませていた人々のざわめきが、一瞬途絶えてしんとなる。

 しかし魔術師が口上を述べ始めると、おさまっていたざわめきが一層の熱を帯びて再発した。

 当初の予想通り、人型の、それも(いとけな)い幼子の形をした魔獣は、参加者たちの欲を存分にかきたてたようだった。一応ヴィカはセット商品で、檻はおまけのプレゼントだと説明されたが、当然のように注意は払われなかった。

 一度言葉を切った魔術師が、もったいぶった素振りで会場を一望する。参加者たちの早く早くと()き立てる視線を一身に浴びて、きゅっと口角を吊り上げた魔術師は片手をあげ、一際大きな声をはりあげた。


「それでは、ただいまよりオークションを開始致します!」



 ――競りは熱狂を極めた。


 参加者たちは番号札を振り上げ莫大な金額を口々に叫ぶ。

 司会を務める魔術師は、金額が落ち着きかける頃を見計らって彼等を煽る。

 煽られた人々は、口角泡を飛ばす勢いでまた声を張り上げる。


 異常だった。

 気持ち悪かった。


 でも、ここではそう思う自分の方こそ異常なのだと、理解もしていた。

 なぜなら彼等は同じ穴に棲まう(むじな)で、ヴィカは餌の鼠でしかない。

 ただ、満腹を知らない狢どもがより欲しているのはヴィカではないもう一匹の鼠の方で、彼等の爛々と輝く目はほとんど全て魔獣の方に注がれていた。それを幸いと言い切ることもできなかったが、しかし安堵していることもまた事実だった。

 重ねて握り込んだ手はじっとりと汗をかいている。それなのに強張った指先は凍り付いたように冷たい。



 魔獣とほとんどおまけの檻付きのヴィカを競り落としたのは、目許だけを覆う仮面を付けた56番という名の男だった。匿名性を保持するための仮面であり番号制度だろうが、「あの男、最近大きな商売を成功させてたからな」という声がホールから聞こえてくるあたり、誰にとってもただのポーズでしかないのだろう。

 声を聞けば中年だが、頬や手などは瑞々しく皺もない。と言ってもそれは若々しいということではなく、むちむちに膨らんだ肉と脂肪が顔や指の皺を押し伸ばし、肌全体が油でも薄く塗ったように輝いているというほどの意味である。

 顔も体も下膨れのその男は、拍手の音に囲まれながら嬉々として舞台に上がってきた。


「56番さま、おめでとうございます」

「んむ。よい買い物をさせてもらったよ。今夜は来て本当によかった」


 男は舞台に上がる(きざはし)から近いところに控えさせられているヴィカを見下ろして、品なく唇を緩めた。おまけにも価値を見いだしてくれているのは、幸いなのか不幸なのか。


「いつもご贔屓にしてくださり、ありがとうございます。では、こちらへ」


 にこやかな魔術師に促され、魔方陣の外側に立って魔獣を眺める56番の男の顔は遠目にも少し緊張し始めているようだった。

 魔獣の方はと言えば、気配を感じたのか二人を窺うようにちょっと首を傾げて鼻をひくつかせたが、すぐに興味をなくしたように顔をそらしている。


「近くで見ると、ますます人間の子どもにそっくりだな」

「ええ、珍しくておもしろいでしょう? 今は目隠しでわかりませんが、ととのった綺麗な顔をしていますよ」

「そうか。――のう、人型の魔獣というのは、見た目だけではなく、内側の作りも人間とそっくりだというのはまことだろうか」

「あるいは、それ以上とも聞きますねえ」


 そ、そうか、と僅かに紅潮した顔で中年男は頷いた。

 厚い肉に覆われた喉がごくりと上下するのがヴィカのいるところからも見えて、彼女は嫌悪と感嘆の入り交じった奇妙な感情にさいなまれた。どうやら自分達を競り落としたのは色に狂った生粋の変態であるらしい。


 ひっそりと全身を粟立たせたヴィカに対し、平然と男の相手をする魔術師の傍らに舞台袖から現れた下男が立った。両手に捧げ持つ白布の上には短剣がある。

 思い思いに歓談に興じていた他の客達の意識と視線が再び舞台に集まり始めているのがヴィカにもわかった。


 今宵の競りは全て終わって。

 ここから後は、余興の時間だ。

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