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5.今宵は宴

 奴隷として売られ、犯され、嬲られることは、既に覚悟していたのだ。売られる前に商人たちの慰み者にされることまで想定の範囲内だった。

 月障期に入って今日で2日目。障りはあと1日から1日半もすれば終わる。それまで最低限の命と精神さえ護りきれば、それで全て解決できる自信がヴィカにはあった。


 それなのに現実は、控え室だと言って軟禁された部屋で全身衣服を剥ぎ取られ下着から着替えさせられたにも拘わらず、それを眺めていた見張り役の男たちの目には確かに下卑た劣情があったにも拘わらず、ヴィカを犯す腕はなかった。

 幸運なことではあるはずだ。呪字が刻まれた首枷でなけなしの魔力を封じ部屋を出て行く男たちの「魔獣の生み主サマに手ェ出して価値下げたら殺されるからなあ」という言葉を聞いたとしても。それから少ししてどこか近くの部屋から聞こえてきた泣き叫ぶ声に確かに聞き覚えがあったとしても。


「なんでこうなる……」


 崩れるように腰を下ろした椅子の背に後頭部をすりつけながら、ヴィカは呻いた。


「人型の、赤子の、魔獣だと……? なんだよ、それ……」


 魔術師の興奮の理由が理解できぬヴィカではなかった。しかし、魔術師ほど好意的に興奮できないのは、自分の臆病のせいなのだろうか。

 確かに人型を取る獣の例はある。輝核石から生まれた魔獣が人型に転じた例もしかりだ。だが、獣とは本来、ひとならざる形をしているからこそ獣と呼ぶのではなかったか。今し方自分たちが直面したあれをひどく異様で得体のしれぬものだと感じるのは自分の臆病が過ぎるのだろうか。


 いや、とヴィカは思う。自分の臆病を否定する疑心を、否定する。

 輝核石から生まれる魔獣についてはわかっていないことの方が多い。あれもまたただ単に私が知らぬ例のひとつというだけだろう。事実、姿こそ異質だったが、あの狐顔の魔術師が施した術に綺麗に嵌まっていた。

 心配することは他にあるはずだ、と意識を切り替えた。


 身一つで売られるつもりだったが、余計なコブつきになってしまった。この場合、コブの方がヴィカだが。

 魔術師はヴィカたちに「獣の孵し主として売られる」とさも良いように言っていたが、そんなわけがない。ヴィカこそ魔獣のおまけだ。魔獣とセットで売られるなど、単なる性処理具として売られるより暗い未来ばかりが想像される。


「最長2日、生き延びることだけ考えるしかないか」


 ヴィカは低い椅子の背もたれに頭を乗せながら呟いた。目を閉じる。あの香のせいか、精神的な問題か、ひどく疲れていた。金髪が綺麗だった少女の悲鳴はいつの間にか聞こえない。



 競りは急遽(きゅうきょ)その日の夜に開かれることになったと聞かされて、ヴィカは驚かなかった。

 魔獣に施された拘束術は、いわば売りに出すまでの一時凌ぎ的なものだ。不測の事態を考えて早く売りに出そうというのは、安全面から考えても正しい。


「貴方がたのことを話せば、客はあっという間に集まりましたよ。折角ですから、うんと素敵な格好をして、素敵なご主人様に買ってもらいませんとねぇ。――右手を」


 予定を自ら知らせにきた魔術師の言葉はその笑顔と同じくらい中身がない。

 命じられるままに布を当てられ包帯を巻いた右手をヴィカが差し出すと、魔術師は彼女の手を上下から挟み込むように自らの両手で包んだ。

 合わさった掌の間に生まれた熱の塊が熱せられたバターのようにじわりと広がりながら崩れて、掌の傷口から中に染み込んだ。

 魔術師の手が離れるのを待ってヴィカが包帯を解くと、先程短剣で裂かれた掌の傷が完全に塞がっている。ほんのりと薄紅色の一文字が痣のように残っているが、時を置かずに消えてしまうだろう。二度三度を掌を開閉させると、中の肉までがきちんと修復されていることが実感できた。


「さあ、それでよろしい。傷ひとつで値を下げてくる輩もいますからね」


 服を白無地のワンピースに替え、傷も治癒したヴィカの姿を魔術師は上から下まで眺め尽くした。先に彼女の着替えを眺めていた下男たちの目つきとは異なり、そこには欲情の色は全くない。出荷前に商品に不備がないか、それだけを淡々と確認する目である。

 その姿こそが人間を商品と扱うことになれきっている証左にヴィカには思える。


「あの魔獣は少し大人しいようですがね。人型というだけで、まだおつりが来る」


 楽しみですねぇ、と言い置いて魔術師は部屋から出て行った。競りのラストを飾るヴィカたちの出番はまだ先で、良い頃合いに連れにくるらしい。

 魔術師の足音が完全に聞こえなくなってから、ヴィカはさっきまで座っていた椅子を思いっきり蹴り飛ばした。

 嘆いても、苛立っても、何もできることはない。

 魔女ではないヴィカはただの無力な小娘に過ぎないからだ。絶対生き延びてやるからという意思だけが、今のヴィカの持てる全てだった。


 暫くして迎えに来た男たちに連れられていったのは、まるで劇場のような大ホールだった。緞帳のある舞台があり、ホールには豪勢な食事を揃えた円形テーブルが並ぶ。

 老いも若きも、男も女も、申し訳程度に目許を隠して覆面社交会の装いである。仮面をつけていないのは奴隷だけで、その中には日中共に攫われた顔も、知らぬ顔もあった。全裸も、ボロを纏った者も、衣服だけは立派で華やかなものを身につけた者もいたが、皆が皆四肢か首のいずれかに枷をつけていることだけは共通している。

 ヴィカは考えもなく仮面をつけていない人間の中に金髪の姿を探したが、ホールは広すぎてわからなかった。

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