24.
「魔術師なのに騎士団にいるんですか?」
「まじゅつしなのに、嘘ついてきししてるの? じゃあ、うそつきしだ!」
「おまっ、騎士さまに何言ってんだ! うまいこと言ったみたいな顔やめろ! すみません!」
「痛い! にいちゃんげんこつした! ぱーじゃなかった!」
「謝れ!」
「ああああ、喧嘩しないでぇ。危ないからあ」
馬車に乗る前、男達の正体を知って兄妹が戸惑った時間は短かった。幼い子ども達の前にしゃがみ込み、口許に手を添え「秘密の任務中なんだ、内緒にしてくれよ」と深刻に声を潜めて囁くことで、カレルとハナから輝く瞳と真剣な頷きを引き出したヘクターは子どもの相手すら手慣れていた。
「嘘じゃないですよ。ロナルドは、魔術師の認定を受けた騎士なんです」
きょとんと意味を理解できていない顔で瞬くカレルとハナに、ユーゴは微笑んで言葉を換えた。
「普通の魔術師や騎士とは違う、魔術も使えるすごい騎士なんですよ」
「すごいきし!」
歓声をあげたハナを、カレルが横から強めにこづく。今度はハナも反発せずに、素直にロナルドに「嘘つきって言ってごめんなさい」と頭を下げた。
謝られたロナルドはと言えば、「いやあ、あのぅ」と中途半端に持ち上げた両手の指先をわやわやと動かしている。ユーゴに「すごい騎士」と評されたことも、「すごい騎士」をきらきらと見上げる子どもの視線も、照れ臭く居心地が悪いらしい。
嘘吐き+騎士で「うそつきし」か、うまいこと言うなあと、大人の男二人に宥められる幼い兄妹を眺めながら感心する。
ヴィカはふっと鼻から笑う息を抜いた後、顔の直ぐに脇にある窓に掛けられた日よけ布を捲った。
前から後ろへと流れていく景色の前の端に、馬車の先頭と併走する馬の尻がある。荷運びに使う馬は100kg近くを背負うこともあるそうだがと、そんな思考が頭を掠めるのは、やはり馬に跨がる背中の、重量を感じさせるがっしりとした大きさ故にだろう。
熊が馬に乗っているわ、と先程とは異なる冷たい意味で鼻を鳴らすと、機を計ったかのようにヘクターが片目だけで振り返った。視線に反応したのだろう。
ヴィカは反射的に布を離しかけた指を握り込んで、一呼吸ほどの時間その目を見返した後、カーテンを下ろす。擬勢である。
戻した視線の先では、兄妹が初めて身近にする騎士という存在に変わらず夢中になっていた。人怖じしないハナに負けないほど、カレルの瞳も輝いて見えるのは、やはり男の子にとって騎士という職には特別な煌めきがあるからなのだろうか。
ユーゴはにこにこと応対していて、一方ロナルドは二人の勢いに押されているのが傍目にもわかる。
そのにぎやかしくも微笑ましい有様に、……ヴィカは溜息を呑み、左手の包帯を直すふりをして項垂れた。
包帯は、村にいた時とは変わっている。薄い青い字がところどころ書き記されている包帯には、治療術が編み込まれている。とげのついた熱い鉄球を握り込んでいるような激痛も今は薄れて、そればかりは素直に嬉しいと感じる。
話し合いを終えた後、ユーゴの声かけですぐに部屋に入ってきたロナルドに処置されたものだ。
村の医者に、炎症止めや痛み止めの軟膏で十二分に丁寧に処置されたヴィカの左手に、あらかじめ|用意していた包帯を巻きながら、
「本当に、こんな……、よく我慢を……うぅ」
と、ロナルドが半ば震える声を絞り出したので、やはり魔女だとばれていたのかとヴィカは確信できた。
香も薬も要は同じだ。薬の力に、魔女の血に流れる魔力は打ち勝ってしまう。すなわち、人の薬は魔女には効かない。
おまけに都合悪くできたもので、自らの血で自らの肉を癒やす魔術などというものは未だ発明された話を聞かない。従って己の血を媒介として魔術を扱う魔女は、自己治癒の魔術を一切持たないのである。
もちろん代替の方法はいくつもある。例えばヴィカがロナルドにやってもらったように、他者から治癒術を掛けてもらったり、治癒術を付与した包帯を用いたりすればいい。
――つまりあの男は、私が脂汗隠して激痛と戦っていたことを知っていたわけだ。
そう考えるとますますヘクターの好感度が下がる。
再び溜息を隠し呑んだところで、ヴィカは俯けていた目線をあげた。自分の呼び名が会話の中に現れたからだ。
「ねえねえ、じゃあ、ロナルドさんはおねえちゃんよりすごくない?」
ハナの問いかけにヴィカはちょっと眉を下げた。その聞き方では、今度はヴィカが少し照れ臭い。
ちらりと一瞬だけ此方に視線をくれたロナルドと目が合った。思わぬ視線のかち合いに驚いたように瞬いたのはロナルドで、しかしすぐに小さな笑みを浮かべると、その顔のままハナに目線を戻す。
「ヴィカさんみたいに、山賊をひとりで相手したことなんか僕にはないよ。すごくかっこいいよねぇ」
ぱあっとハナの表情が一気に輝いた。期待していた答えを得て、満足した顔だ。そのまま、木床に厚めの絨毯とクッションを置いただけの狭い車の中を膝立ちでヴィカの側まで移動してくる。
「おねえちゃんの方がやっぱりすごいって!」
えへへ、と笑う顔は我が事を喜ぶように無邪気で、当然だと思う気持ちとは別にして、その好意がヴィカには面映ゆい。
「でも、ロナルドさんは剣も使えるんだぞ」
ヴィカとハナが笑い合ったところでカレルが横槍を入れた。やはり少年にとっては、魔術師よりも騎士の方が憧れの位階が高いらしい。
途端に勇ましく眉を立てた妹と拳を強く握った兄との間で始まった魔術師と騎士の代理戦争を、それぞれで宥めていると、折を見てユーゴが口を挟んだ。
「さあ、もうそろそろここからでも見えるんじゃないでしょうか」
それで兄妹揃って前方の窓に張り付き、一緒に歓声を上げればもう2人とも先の喧嘩など忘れている。
折りしも高地の下り坂。視界は遠くまで開けている。あとどれくらいで着くのか、学院はどのあたりか、お城はあるのか。ユーゴとロナルドを仲良く質問攻めにしている二人の背中から、ヴィカは彼方を見た。
ネーベヘルン。
シュヴェーヌ王国において、最も大きく、最も栄える、国の中枢。国内最大の統治者の住まう都。――王都。
気管が急に収斂したような気がする。肺が縮み、胃が拉げ、あいた空間に冷えた金属をみっしりと押し込まれたような心地だ。端的に言えば猛烈に気が重いというだけのことだが、そんな簡単な言葉では断じて済ましたくないほどの気分である。
「ねえ、おねえちゃん」
ハナが振り返る。
「おねえちゃんは、王都行ったことある?」
笑顔を作ってヴィカは頷いた。
「だいぶ前だけどね」
二度と戻らないと誓った日を、忘れたことはない。




