23.
「後手に回ったのは確かだ。あんたの大立ち回りがなけりゃあ、俺達は間に合ってなかったかもしれん。たまたまあんたが乗り合わせてくれていたおかげだが、……まあ、いくらでも考えようはある。悪い可能性から潰していくのが仕事でね」
王立騎士団第二騎士隊長ヘクター・ハンコックは、そう言って肩を竦めた。
―――いや、いやいやいや。
ひく、と喉が動くのをヴィカは感じる。
つっこみどころは、少ない。少ないが、大きい。大き過ぎる。
触れられるところから片付けていくしかないのか。
頬から口許を右の掌で覆い隠す形で頬杖をついたヴィカは、心の中で呻く。
余裕にも警戒にも見える鷹揚さで彼女の応答を待っている様子のヘクターに、ヴィカはまず視線のみを向けそれから掌から顔を起こした。大きな溜息をつくふりをする。本当は深呼吸だ。
「……恥ずかしながら、予測の域を超えていました。いくつか言いたいことはありますが、とりあえず、その可能性とやら、どうやって潰していくつもりですか?」
やはり疑念とは、一定の水準を超えた時点で他の何物をも栄養にし始める厄介な代物なのだ。正しいと証明する困難さと、否定する容易さは平衡ではない。
「たまたま乗り合わせていたと言うけれど、もしかしたら内側から獲物を見張っていたのかも。怪我をしてまで子ども二人を守ったけれど、自警団の存在を察して一芝居打ったのかも。二人のおじさんに引き合わせてみて、彼が知らない奴だと答えたとしても、顔も声も明かしていなかっただけかもしれない。――それこそ、どうとでもいくらでも覆し方はあるでしょう。どう考えても私に不利なんですけど。正当性はどう担保されるんです?」
ことによっては、最早穏便にとも敵対したくないとも言っている場合ではなくなる。
すると、ヘクターは大きく椅子を軋ませた。腕を組み、背もたれに体重を預けたのだ。
「それが難しいところだ。正直な話をすると、今この場この時点のみで言えば、あんたは違うんじゃねえか、って話はあるのさ」
ヴィカが瞬き眉を顰めるのを眺めながら、ヘクターは口端を僅かに歪めて苦笑する。
「あんたに明かさせてばかりだからなあ。――捕らえた賊の頭だが、変わった道具をひとつ持っていた。うちの隊には探知系の魔術が抜群の奴が一人いるんだが、そいつによるとそれは魔力の有無やらなんやらを測る道具らしい。色々機能の付与された、既製品じゃない手の込んだ誰かのお手製っぽいんだと」
ヴィカとて魔女である。話の結論は見えた。だが黙って、歪みそうになる唇に力を込めて引き結ぶ。苦笑が零れそうになったのではない。口角は両方とも、今にも下に引っ張られそうな心持ちだ。
「で、道具に込められてる魔力と比較するに、その作り主は明らかにあんたじゃないと言う。それに、あんたが賊の一味だって言うんならそんな道具持ってくる必要はねえし、逆を言うなら、あんたがわざわざ顔を晒して同乗する意味も薄れる。……とまあ、こう考えればだ。だがまあこれも」
「……魔術師や魔女がひとりとは限らない」
「と言ってしまえば、それもそうだ」
低い声で言い継いだヴィカの言葉を肯定して、またヘクターは肩を竦める。
「だが、俺は、俺の部下の能力を信じる。今まで一度も痕跡を探知されていない魔女が、こんなところでいきなり堂々と現れるのはおかしいだろう。――それに、」
不意にヘクターの声が笑う。
「誤魔化したいにしちゃあ、おもねらない。印象良く切り抜けようというには、不機嫌を察しろとばかりに睨んでくる。ふざけるなよ見当違いの頓珍漢どもと、必死に隠したキレ顔で言われているようで身が竦んだね」
と、にやにや笑いながら言うのだから、心底本当にこの熊は性格が悪いのだとヴィカは決めた。思ったのではなく、決めた。
言葉を挟まないと決めているのか、ヘクターとヴィカの間で視線を行き来させるだけのユーゴの目の中に、慌てや申し訳なさそうな色が確認できるのがまた腹が立つ。
ついに隠さずヴィカは舌を打った。
それに対してだろう、くく、と喉を鳴らしたヘクターは、しかしまた一転、眼差しを細める。
「で、大事なのはここからだ。正直に答えてくれ。あんた、どこかの国に登録済みか?」
「……、いいえ」
そうか、とヘクターは体重をかけた椅子を軋ませながら、次の言葉までに短い間を置いた。
そして、言う。
「では選べ。この国からその足で出て行くか、それとも俺達と一緒にネーベヘルンに来るのかを」
瞠目するヴィカを前に、ヘクターは続ける。
「察してくれると思うが、俺達が正体隠してこんなところに潜むほど、現状少々厄介な事案をうちは抱えている。未登録の魔女をそうと知って、放置できるほどじゃあない」
「……私に、貴方がたの紐付きになれと?」
「それが嫌なら、悪いがこの国からでていってくれ。2人の子どもを身を挺して助けたあんたへの、これが最大限の信用と譲歩だと思って欲しい」
ヴィカ無言で眉間に深い皺を寄せた。奥歯に自然と力が入る。
「永遠に、とは言わん。魔女は長生きなんだろう? この国を気に入ってくれているというのなら嬉しい話だ。だが、暫くは駄目だ」
「確認したいから聞きますが、一度出た後すぐに戻ってきたらどうなるのですか。あるいは、出たふりをして残っていたら」
「辺境全体に正体不明の不審な魔女の情報が通達されていると考えてくれ」
ヴィカは押し黙った。
心の中では、ぐるぐると同じ言葉ばかりが巡っている。嫌だ。無理だ。そこにたまに違う言葉が一瞬混ざる。ふざけるな。
だが、どちらかを選ぶ以外に道がないことも明らかだ。
「今ここで選べと」
「すまんが、そうだ」
2つ以外に道はない。そして、選びたい道は選べない。




