21.
「博奕の借金、寄合費の使い込み。我が身を切り売る度胸はないけれど、親類の子どもを売り飛ばす決断はできる。“ひと”と呼ぶのが惜しくなるような輩ですね」
そう言って、ヴィカは唇だけで笑った。わかりやすく貼りつけただけの笑みのもとで、両目には嫌悪と侮蔑が存分に溢れている。
「まったくだ。子どもを犠牲にするなど」
と同意したのは、テーブルを挟んで彼女の向かい側に座る男である。こちらは眉間と鼻の付け根に皮膚を折り畳んだような深い皺を縦にも横にも刻んだ、内心をそのまま映したと思しき表情だ。
縦にも横にもと言うなら、体もまた縦横に大きな男だった。屈強という意味でである。
座って対面しても頭一つ半から二つほどはヴィカよりも顔の位置が高く、木製の椅子は男がひとつ動作を繰り出すごとに軋んでいる。
分厚い肌は浅黒く焼け、太い眉に濃い髭面をして、それが渓谷のような皺をぴくぴくさせながら怒りに唸る様子は、その辺の山賊などよりよほど凶悪だ。いやその辺の野獣すら尾を巻くような、熊ぶりだ。……ああ、そう、それだ、熊っぽい。
「あの、怒るのはもっともなんですけど、ちょっと、その顔は……。女性に見せるには怖すぎますよ……」
ヴィカが内心納得した時、言葉を差し挟んだのは場に同席するもう一人の男であった。
ちらちらとヴィカを気まずそうに、もしくは気遣わしそうにうかがいながら隣に座る熊男を見下ろす。見下ろす態なのは、彼だけが立っているからである。
おお、と熊男がまばたいた。宙を睨んでいた焦点がヴィカの顔に戻ってくる。ああ、と今度は溜息のような声を漏らすと、太い指で自分の頬を軽くかいた。
「いや、すまん。どうも、いろいろ顔に出やすくてなあ。元の顔が怖いんだから気をつけろって、よく言われるんだが。怖がらせちまってたら、すまねえ」
「あ、いえ、そんな……」
ヴィカは、頷くとも首を振るともつかない中途半端さで首を少しだけ傾け、言葉は濁した。何人も殺してきた顔のようでしたとも、熊より強い熊みたいでしたとも、まさか言えない。
幸いにして、熊男はヴィカの曖昧さを追及しなかった。むしろ先の凶悪顔が嘘のような大ぶりの笑顔を浮かべると、「さすがだ」と言葉を続けた。
「恥ずかしい話、なかなかまっすぐ俺の顔を見てくれる娘さんはいねえんだ。さすが、一人で山賊相手に大立ち回りをやってくれた魔術師殿じゃねえか。なあ、そう思わないか、ユーゴ」
熊男が隣を見上げると、ユーゴと呼ばれた男もまた「ええ、まあ」と言葉を濁した。素直に頷けば相手の凶悪顔を肯定することになるわけで、その点をためらったのかもしれない。
彼だけがなおも立っている理由は、ただ単にこの部屋には椅子が二つしかなかったためである。そしてヴィカの待遇は客人で、男二人の序列は熊男の方が高いのだ。
熊男もとい彼自身の名乗りによればヘクターと、熊には劣るがしっかりした体つきのユーゴ。
彼らは、ヴィカが乗っていた馬車の目的地であった村を含む複数の村の民で構成される自警団の、総団長と副長だと自らを紹介した。
駆けつけた自警団と共に目的地の村に入ったヴィカは、まず傷の手当てを受けた。その結果が両手に巻かれた真新しい包帯である。ふとした拍子に青臭い薬臭を近くに感じるのは、すり切れた唇の両端に塗られた軟膏のせいだろう。
それから案内されたのは、村に一件しかないという宿屋だった。
建物は村の宿屋というには大分立派だったが、村一番の食堂と、そして自警団の本部を兼ねているのだと聞いて納得した。
そうして人心地着いたところで、訪ねてきたのが先の2人である。
初めは傷の痛みを理由に断ろうとしたが、「お休みになりたいところ、もうしわけありません」と本当に申し訳なさそうな下がり眉と、その後ろに仁王立つ大男を扉の向こうに確認して、結局彼らをヴィカは招き入れることにした。
名を名乗られ、礼を告げられ、傷を労られて、そして幼い兄妹の話を聞かされた。
あの時、兄妹が気を失ったのはほとんど同時だった。心身への負荷の大きさを考えれば、おかしくもない話だ。
その2人とも、ヘクターとユーゴがヴィカを訪ねてくる少し前に目を覚ましたらしい。どちらも傷や痣の手当てを受け、カレルの方が妹よりも重傷ではあったが、それでも内臓や骨が傷ついている様子はないと言う。
それだけを聞ければヴィカとしてはもう十分だったのだが、ヘクターは続いて彼らの“親戚のおじさん”の話をした。つまり自らの借金と横領の問題解決のために、ならず者を金で雇った男の話である。
あの山賊達にとっては人攫いこそが目的で、強盗の方がおまけだったということだ。
「初めから、カレルとハナを……」
ヴィカが顔を顰めると、ヘクターも再び眉間に縦皺を刻みながら頷いた。
「そういうこった。ブレフトは――問題のクソ野郎のことだが、当然隠そうとしてたからな。ギリギリのタイミングでこっちが情報を掴めたのは情けない話幸運だったさ」
ヘクターが鼻から抜いた息には、自嘲と苦笑が混じっている。
「最近この辺りで馬車や旅人が襲われる事件が増えててな。結論から言っちまえば、ブレフトの野郎が色々ばらしてたのさ。自警の巡回の時間やら、護衛のいないもしくは少ない旅団やらなんかをな」
「当て推量すると、疑惑の具合が激しくなってそちらに手を出せなくなったものだから、苦し紛れに違う方に手を伸ばしたわけですか」
ああ、とヘクターは頷いた。
だとすれば、とヴィカには思うことがある。
思えばおかしな話なのだ。
人は、確かに売れる。うまくすれば物を売るよりずっと高く売れる。そして大人より、子どもの方が高く売れるのも事実だ。
だが、それなら。
それだけならば。
ハナとカレルでなくてもよかったはずだ。
彼らと同じ髪の色をした、初め彼らと間違われた、あの、赤毛の姉妹でもよかったはずだ。
なるほど、と。ヴィカは続けて思った。
なるほど、道理であの山賊の頭、魔力持ちでもないのに、それに関わるものの扱いや売り買いに詳しそうな素振りをみせていたわけだ。
いよいよ胸糞が悪い話になって、ヴィカは一度瞬いた。殊更ゆっくり息を吐く。
「たまに、人間の定義について考えたくなります。売る畜生、買う畜生とは言いますが、彼らからすれば逆に私達の方が、乳の出と質で値が決まる牛のようなものなんでしょう」
ヴィカの含みを正確に理解したのだろう。
黙って会話の成り行きを見守っていたユーゴは眉を顰め、ヘクターは片頬だけで笑った。これ見よがしに。皮肉げに。
あるいは、挑戦的に。
男の笑みを真正面から受け止めて、ヴィカはにっこりと笑った。
なるほど道理で、と先と同じ言葉が胸の内には浮かんでいる。
――なるほど道理で、おかしいと思っていたのだ。
「そんな目で私を見ないでください。まるで嘘つきと言われているようです。嘘つきに、嘘つきと言われるほど、不名誉なこともないじゃありませんか」




