超しんどい
朝。
目が醒める。
たった数日で頭から生えた角に対する違和感もすっかり無くなり、寝返りも自然に打てるようになったものだ。
ひょっとしたら最初から体は違和感を感じていなかったのかな、そんな事を思いながら私は起き上がる。
別に規則正しい生活を心がけてた健康優良児、ってわけでも無いのに寝起きはバッチリ。
私の名は佐藤花子。
西暦2918年の時代では、どこにでも居るとりたてて特徴の無いオタク少女だった。
20歳で女子大生だけど女の子。少女。
そんな私の今の容姿は12~3歳くらいで、整った顔立ちとちょっと長めのブロンドの髪を持つ美少女。
別に髪を染めてるわけじゃないし、名前の通り、純粋な日本人である私は本来は黒髪である。しかし今は違う。
側頭部から生えた巻き角だけ見ても、真っ当な人間じゃない自分の体。
これはゲームのキャラの姿だったりする。
なんで私がこんな姿になってるのかサッパリだけど、とにかくそうなっちゃったんだから仕方が無い。
オンラインの対戦ゲームをやっていたら、気付いたら知らない場所にトリップしちゃっていたんだ。
不幸中の幸いと言うべきか。
もし、生身の自分の肉体のままだったら即効で死んでいた自信がある。
この世界の事を私はまだ知らない。
それでも、異世界トリップで最初に居た場所が不思議なジャングルであったことで、地球じゃないという事は分かった。
植物が生い茂りまくり、動物も凄く大きい。大昔の動物や虫が載った図鑑で見た物ともちょっとデザインやサイズが違っているのだから。
そんな物騒な世界でも大丈夫だったというのはひとえにこの体のお陰といえる。
私の体は、私がトリップする直前までプレイしてたゲームで私が択んだキャラクターである青君、いやむしろ青さん。
その性能は防御や体力は弱いけど素早い動きとそこそこの威力の魔法を使えるタイプで、まぁゲームのキャラなだけあって人類よりよほど強い体だったから。
そんな能力を使える体だったお陰で、今も生きていられるのだと思う。
とは言え、どんな能力が有っても中身がただのオタク女子大生の私では宝の持ち腐れ。
はっきり言って一人じゃ死んでいたと思う。
一番の幸運は、体がゲームキャラだったと言うことより、むしろ……
「山田さん、今日も早起きしてるんだ」
軽く周囲を見渡しても見つからない、私と同じ境遇の人、山田さん。
彼が側に居たことが一番の幸運だったと思う。
私一人じゃ、森の動物に襲われてもどうしようもなかったと思う。
生きるためには動物を殺してお肉を食べたりしなければならない。
そんな事は分かってるけど、加工された動物の肉と違って生きた動物を殺して肉を捌くのは本当にきつい。
甘ったれなオタク女子大生でしかない私はそれが出来なかった。
この体の元ネタのキャラ、青さんは仮にも暗殺者タイプで多少なりとも……少なく見積もっても私以上のサバイバル能力を持っているんだろうけど、操縦する精神が私だからとてもじゃないけど出来なかった。
そうやって我侭を言う足手まといでしかない私に文句も言わずに助けてくれた人。
ゲームのキャラの体になって異世界トリップ。それだけなら私と同じだろうけど山田さんは本来の性別と違う性別になってしまって、私なんかよりよっぽど大変だろうに。
それなのに、ジャングルに居た時から率先して動物をやっつけてくれて。
山田さんが居なくては私はとうの昔に死んでいたことだろう。
とうなんて言うほど時間は経っちゃいないけど。
それでも随分長い時間が過ぎた気がする。たった数日なのに3ヵ月半は経ったんじゃないかと思える程の時間だった。
それ程に、この数日は色々有ったんだ。
まず始め……と、言うべきか。私達がこの世界に謎のトリップをしてやってきた。
それも見たことも無い動植物が蔓延るジャングルに。
そこで山田さんと話し合い、まずは自分から動いてみようと決めた。
私たちがこの体でこの世界へトリップした事に何か意味が有るのか無いのか……それを知るためにも。
その時に私は決めた。山田さんに頼ってばかりの寄生プレイではなく、自分も役に立ってお互い様といえるようになろうと。超がんばる。
次に起ったこと。それはジャングルを出てからの事。
ジャングルはかなり大きく深い物だったけど、私達の身体能力で強引に突破して外で一夜を明かしたら、偶然にも原住民と接触する機会に恵まれた。
もっとも私が寝てる間に殆ど全部を山田さんが持っていったけど。
接触した原住民の人達は町から派遣されてる軍隊のようなものだとかで、彼らの本拠地とする町があるらしい。
で、私達は彼らに付いていって、彼らの町へと同行することで話がついた。
そこまで僅か2日の出来事である。超ビックリ。
それから数日。
ようやく、彼らの出立の準備が出来た。
準備だけで数日かよ、なんて言わないで欲しい。
2918年の世界ならそれこそ機械化やマニュアル化も進みまくって、行動や撤収なんてスピーディに行われることだけど、この世界の人達じゃそうは行かない。
持ってる装備も原始的なものだし、団体で移動するためには食料の用意が必要だし、飲み水の確保の為にも先んじて水がある場所を中心とした移動ルートを決めなければならなかったり。
兎にも角にも、団体での行動には時間がかかっちゃうものなんだ。
その数日間。あんまりにも暇なもんだからと山田さんはジャングルに入って、動物をハントして現地人軍隊の人達にお裾分けしていたり。
このジャングル、この世界の人にとっては恐ろしい人外魔境と言われていて、個人レベルで出入りなんて普通は出来ないと言われている。ましてや中の動物を取って外まで運ぶなんてどれ程の屈強な軍隊が必要かといわれるレベルらしい。
そんな偉業を簡単に行える山田さんはすっかり、周りの人達の人気を集めてしまった。
逆に私は、能力的には出来るんだろうけど動物を殺すことに抵抗感を覚えてしまう精神が災いして、まるで役に立てずにただ居るだけ。
側頭部から生えた角という異形も手伝って、周りからはまるで良い目で見られない。
だから山田さんに出来るだけ側にいてほしいんだけど、ただでさえ足手まといの私にそんな我侭を言えるわけも無いので、ストレスを溜め込む日々。
今日から移動開始という事で、しばらくは落ち着いて一緒に居られると思ってただけに、目が醒めて山田さんがすぐ側に居ないのは結構ショックだった。
まぁ山田さんは元からか、あるいは体がそうだからか、やたら朝に強くてある程度運動しないと落ち着かないらしいんだけど。
私も結構早起きになってるのにな。
とりあえず団体さんはまだ動き出す時間じゃないし、見張りで立ってる人に山田さんがどこ行ったか聞いてみよう。
「あの、山田さんは……」
「山田『様』は今日も朝早くから森へ入られた」
「……えと、今日から町へと移動するんですよね? どのくらいの時間から」
「それは言わなければならん事か?」
言外に「うるせえ、話しかけんな」と言う態度で返される。
この数日、ずっと。
山田さんには様付けを強調しているように、彼等はとても敬意を払っているようなのに私には全然だ。
見た目の問題とか、色々有るんだろうけど、正直辛い。
元々オタクだった私は対人スキルが低い。ましてや自分を嫌う相手と仲良くするなんてハードルが高すぎる。
山田さんの仲間じゃなければ私なんて追い出してやる、彼らの態度は言外にそれを表していて、私から仲良く歩み寄るための努力をする気をガンガン奪っていく。
なんというか、この団体が軍隊なだけあって男所帯なんだけど。やってる事が女子高みたいで嫌になる。
彼等は私が嫌いなくせに、山田さんと仲良くしたいからってだけで、山田さんが居る時は私に対しても丁重に接してる風を装ってるけど、居ない時にはこれだ。
女子高生ならここで苛めたりするんだろうけど、それが無いだけマシかと言えばそうじゃない。
私としては、そうやってくれれば反撃するなり出来るのに、相手を怒らせるギリギリのラインを超えない嫌な態度を延々と取り続けられるのがつらい。
仮に、私が起れば彼等はこう言うに決まってるんだ。
「佐藤が突然興奮して怒り出した、俺たちは悪い事して無いのに」
って。
いかにも陰湿で嫌すぎる。
相手が一線を越えて怒るような事をしてしまえば、問題が起きた時に相手も悪いけど先にやった方も悪いと言われるだろう。
でも彼らのやり方なら?
ずっとストレスを溜め込ませるけど、一つ一つの行い。態度。そう言ったものは、失礼で無礼ではあるけど怒るに値し無い事なのに、積み重なってこっちがイライラする。
でもそのイライラをぶつけたら、こっちだけが悪者になってしまうんだ。
彼らのやった事は怒るに値しないこと、の筈だから。
そういう間合いの取り方。
それが気持ち悪くてすごく嫌。
ゲロ吐きそう。
言いたい事があるならガツンと言ってくれば良いのに。そう思わざるを得ない。
山田さんが帰ってきたら、私が精神的に楽になるんだけど、彼らの態度の違いが浮き彫りになってすごくストレスが溜まる。
だからって山田さんにそれを言うのは、告げ口みたいで嫌だしなぁ。
「はぁ」
ため息が出る。
現在は移動中。
団体での移動なので荷物持ちとか沢山居て大変みたいで。
山田さんは当然として、私も肉体的にそこそこ強いので重い物を持とうと思えば持てるんだけど、一応は私も客分扱いで持たせるなんてできまんせん、だって。
そういう事を言っておいて、山田さんが居ないところでは
「荷物持ちすらできんのか」
なんて言うんでしょ。
くだらない。
「佐藤さん、大丈夫? よくため息ついてるけど」
「あ、あぁいえ。大丈夫です」
原住民の連中がやる事なす事、くだらなすぎて山田さんには言える事じゃない。
とは言え、このままで良い訳もなく。
どうにかせねばならない。その事を考えると憂鬱になってくる。
「超しんどい」
でも、この程度でへこたれる訳には行かない。
この世界で生きていくのか、帰る方法を模索するのか。
その方向性すら決まって無い私達だけど、自分から動くと決めたのは私なんだから。
これから向かう先で何があるのかわかったもんじゃないけれど、一度廻りはじめた水車は水が尽きるまで廻り続けなくてはならぬ!
自分たちの身に何が起きたのかを知る為の行動という名の水車が廻り始めた以上、もはやそれは誰にも止められないのだー!
「私達の戦いはこれからだ!」