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浅葱色の桜  作者: 初音
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20.四代目襲名(後編)

 天然理心流の門人たちが互いのかわらけを割り合い、戦いに興じている時、会場となった六所明神の前を2人組の男が通りがかった。


 彼らは武者修行と称して江戸を中心に関東一円を練り歩いては道場破りを繰り返していたのだった。


「なんだ、ここは神社なのにやけに騒がしいな」無精ひげを生やした男が言った。彼はもう1人に比べて、ごつい顔立ちをしていた。

「ちょっと、見てみるか?」細面の男が言った。細面といってももう1人よりは面長という程度で、精悍な顔つきをした青年であった。






「左之助さんは、どうして試衛館に?」


 藤堂は試合を眺めながら、たまたま隣に立っていた左之助と話していた。


「ん?俺はなぁ、拾われたんだよ」左之助はなぜか得意そうに言った。

「拾われた…?」

「まあきっかけはそうだけどな、あいつらみんないいやつだから。特に、あそこの若先生はよ」左之助はやぐらの上に立つ勇を顎で指した。

「ええ。これだけの人が、こんな風に一生懸命に祝ってくれるなんて、近藤先生は人望に厚い方なんでしょうね」藤堂が微笑んだ。


「もし」


 背後から声をかけられ、左之助と藤堂は振り返った。

 髭を生やした四角い顔の男と、それよりは面長で精悍な顔つきの青年が立っていた。


「これはいったい何をしているのですか?」

青年が尋ねた。


「んー?あんたら通りすがりのもんかい。これはなぁ、今天然理心流の4代目襲名披露の野試合ってやつをやってるんだ」左之助が説明した。

「天然理心流?」見知らぬ男2人は同時に尋ねた。それからお互いにヒソヒソ声で話し始めた。


「知ってるか?」

「いや、初めてだ…」


「天然理心流は、実戦を重んじる剣術の流派で、江戸にある試衛館という道場が本拠なんですよ。あちらにいる近藤勇さんが、4代目宗家になられるので、今日はその襲名披露なんです」藤堂が説明した。

「はあ」2人はまだよくわからないといった様子で相槌を打った。


「あんたら、見たとこ強そうだな。百聞は一見にしかず!次の2回戦から、他流の者も入ってよしって言われてるから、加わったらどうだ?」


 左之助に言われ、2人は目配せした。


「どうする?」髭面の方が言った。

「うん。これも武者修行の一環だ。せっかくだからお言葉に甘えないか?」


「左之助さん、そんな勝手に大丈夫なんですか?」藤堂が小声で聞いた。

「なーに。2人くらい増えたって誰も気づかねぇよ」左之助は大口を開けて笑顔を見せた。


「そういや、名前は?」左之助は2人に尋ねた。

「市川宇八郎」髭面の男が答えた。

「永倉新八と申します。我ら2人、武者修行の旅をしているところです」もう1人が名乗った。

「そっかそっか。俺は原田左之助!こっちは藤堂平助!よろしくな!」左之助はニカッと笑った。





 試合の方はと言うと、歳三と山南が自分たちの立てた作戦の通りに、真正面よりやや右側の軍勢に攻め込み、次々とかわらけを割っている最中だった。そして他の門人たちが迫り来る白組の軍勢をくい止め、敵に隙が出来た。


「義兄上、御免!!」歳三はそう言うと勢いよく佐藤彦五郎に駆け寄り、その勢いのままかわらけを割った。


 パリーン!と小気味のよい音がし、総司がどん、どんと太鼓を叩く音が境内にこだました。


「そこまで!1回戦、赤組の勝利!」


勇の声が響いた。


「あの方が、4代目の近藤殿か」永倉は感情の読み取れない顔で勇を見た。そして、ふと赤組の大将に目をやった。

「赤組の大将殿は、随分華奢というか、お若い方なのだな」

「あれは近藤さんの姉貴でさくらってんだ。姉貴と言っても同い年だがな」左之助はニヤリと笑みを浮かべ、親指でさくらを指した。

「ええ!女!?」これには、2人が驚きの声をあげた。

「さくらちゃんは強いぞ。なんたって女だてらに試衛館の師範代だからな」


 この話を聞いて、永倉の目つきが少し変わった。


「俄然、興味が湧いた。行くぞ、宇八郎」


 1回戦でかわらけを割られた者、左之助や藤堂といった他流の者たちは、新たにかわらけを額につけた。

 ハンデをつけるために、他流の者は1回戦で負けたチームに入ることとなっていた。そういうわけで、左之助たち4人は白組に入った。


 全員が準備を終えると、再び総司がどん、どんと太鼓を鳴らした。


「始め!」


 男たちが再び駆け出し、互いの軍勢を攻めあった。


 さくらは自分も前線に出て戦いたかったが、自分のかわらけが割られることは即ち赤組の負けを意味するため、必死で我慢し、椅子に座って、周りの男たちの戦いぶりに声援を送っていた。


 やがて、さくらは先ほどとは様子が違うことに気づいた。自分の味方である赤い鉢巻きの男たちが、パリンパリンというかわらけの割れる音を響かせて次々と退場していく。

 さくらは白組に左之助や藤堂が入っているのは知っていたが、あの2人が加わっただけでこんなにも形勢が変わるものか?と訝しげな顔で前方の様子を見守っていた。


「おい、さくら、気をつけろ!」


 歳三が駆け寄ってきた。


「どうしたのだ?なぜこんな急に形勢が変わるのだ?」

「なんだか知らねえけど、白組に強えやつがいる!」


 気がつくと、赤組の軍勢は歳三、山南と、数人の門人だけになっていた。


 さくらは立ち上がり、竹刀をぎゅっと握った。その時、


「おらおらおらあああ!」


 左之助と藤堂が雄叫びを上げながら、走ってきた。


「歳三、後ろ!」


 さくらが叫ぶより一瞬早く歳三は振り返り、左之助の竹刀を受け止めた。

 その隣では、山南が同じく藤堂の竹刀を受け止めたかと思うと、こちらは勢いよくそれを払い、藤堂のかわらけにピシャリと当てた。


「やっぱり、山南さんはお強いですねぇ」藤堂は悔しいなぁ、と言いながらも楽しそうな笑みを浮かべ退場していった。


 山南は続けざまに歳三・左之助のもとに駆け寄ると、横から左之助のかわらけを割った。


「おい、俺がトドメを刺そうと…!」歳三は山南にくってかかったが、すぐに仲間割れしている場合ではないことに気づいた。


 とうとう赤組はさくら、歳三、山南の3人だけになっていた。3人の前に、見知らぬ2人組の男が立ちはだかっていた。


「何モンだ、お前ら」歳三が尋ねた。

「たまたま通りがかった旅の者です。あちらの原田殿がぜひ加わらないか、と」髭面の方、市川宇八郎が答えた。


 さくらと歳三は、すでに退場して見物を決め込んでいる左之助をキッと睨んだ。左之助は「まあまあ落ち着いて」とでも言いたげなへらへらした顔でこちらを見ていた。


「手加減はしねえからな」歳三はそう言うと、もう1人の男・永倉新八と対峙する山南に目をやった。

「山南さん、そっちを頼む」

「ええ、もちろん」


 2人はヤー!と声を上げ、それぞれの敵に向かっていった。

 割れたのは、山南のかわらけと、歳三のかわらけ、そして歳三と相討ちとなった市川のかわらけだった。


 「歳三!山南さん!」さくらは呆然として2人を見た。とうとう自分1人になってしまった。


「すみません、さくらさん」山南が謝罪の言葉を述べ、その場を退場した。歳三は何も言わずにさくらの目を一瞥すると、山南に続いて場を空けた。


「あなたが大将ですか」永倉がまじまじとさくらを見た。

「そんなことも知らないで参戦してたのか。何者だ」さくらは凄んだ。そうでもしなければ、この男が放つ圧に気圧されそうだった。


「神道無念流免許皆伝、永倉新八」


―――神道無念流、しかも免許皆伝だと!?なんでそんなやつがこんなところに…!


 さくらはチラリと永倉の背後に目をやった。白組の生き残り達と彦五郎は、勝ったも同然と余裕の表情でこちらを見ていた。他流の者に勝負を任せて高みの見物とは情けない、と思いながらも、そんなことを考えている場合ではなかった。

 さくらは上段に竹刀を構えた。一撃で決めるしかない。対する永倉は正眼に構えた。


「ハーッ!!」


 声を上げ、一気に竹刀を振り下ろしたが、琉菜は自分の額が軽くなるのを感じた。

カラン、と音を立て、さくらのかわらけは地面に落ちた。


 さくらは何が起きたのかわからず呆然と立っていたが、無情にも総司の叩く太鼓の音と、勇の「そこまで!2回戦、白組の勝利!!」という声が響いた。





「若先生、あの人たちすごく強いですね。お知り合いですか?」やぐらの上から試合の行方を見ていた総司は自分も参戦したいとうずうずした様子で勇を見た。


「いや、知らない顔だが…」勇は唖然として答えた。さくらを圧倒した男、ただ者ではないと舌を巻いていた。

「よし、総司、俺たちも行こう」


 勇は立ち上がった。


「いいんですか!?」総司はパッと顔を輝かせた。

「おい、総大将が行ってどうする!」周斎が咎めた。

「父上、申し訳ありません。ですが、私もあの中にぜひ加わりたく」


 勇はお願いします、と頭を下げた。


「ったく、しょうがねぇな。源三郎、お前も行くのか?」周斎は背後に立っていた源三郎に声をかけた。

「私はここに残って、合図の役を代わります」源三郎はにこりと微笑んだ。周斎は満足げに笑みを返した。






 やがて、赤い鉢巻きとかわらけをつけた勇と、白い鉢巻きとかわらけをつけた総司が、それぞれの組の前線に立った。最初は2人とも赤組に行こうとしたのだが、白組の猛反発に合い、総司がそちらにもらわれていった。


「始め!」


 源三郎が太鼓を叩き、合図した。


 男たちは「おらあああ!」とか「うおおおお!」とか声を上げながら、竹刀を持ち互いの組に駆け寄った。


 最前線で戦う勇は、迫りくる敵のかわらけを割りながら着実に白組大将の彦五郎に近づいていた。


「おい、勇、お前が全力で潰しにかかってどうするんだ!」さくらが勇の隣に立った。


 だが、もはや白組の門人達は勇とさくらが2人並んで立っているところにあえて突っ込むような真似はしておらず、2人の周りには不自然な空間ができていた。


「さくらこそ、大将がこんなところに出てきたら駄目じゃないか!」勇が言い返した。

「お前がこんなとこまで来るから、今日の私は全くの良いとこなしだ。案ずるな、私は負けぬ」


 さくらはニッと笑うと、白組の軍勢めがけて走っていった。


 結局、赤組にはさくら、勇、山南、歳三の4人、白組には総司、藤堂、永倉、大将の彦五郎の4人が残った。


「1対1で行くか…?」さくらは竹刀を握る手に力を込めた。誰が誰と戦うか。もっとも、白組はまだ大将の彦五郎が後ろに引っ込んでいるので、実質は4対3で赤組に分があった。


 さくらの発言に、歳三が異を唱えた。


「いや、ここは全員で潰しに行く。4対1を3回繰り返せばいい。これは道場の稽古じゃねえ。実戦だ。勝つためには手段を選んでる場合じゃねえんだよ」

「私も土方君に同意します。まず、厄介な敵から」山南が続き、その視線は総司に向けられた。


 赤組の4人は総司に焦点を定め、一目散に走り出した。


「ちょ、よってたかって卑怯じゃないですか!」試衛館の猛者が4人同時に自分を狙ったことに対し、さすがの総司も狼狽したようだった。


 最初に総司の近くに到着した歳三が、身を低くして総司の足を払った。総司はよろめきながらも体勢を立て直し、歳三のかわらけを割った。


「今だ!」歳三が叫んだ。総司に一瞬の隙ができていた。


 歳三の犠牲を無駄にはすまいと、次に現れたさくらが、竹刀を思い切り振り下ろして総司のかわらけを割った。

 総司は何が起きたかわからないといった顔でその場に立ち尽くしていたが、歳三に引っ張られながら2人仲良く退場していった。


 その間に、勇と山南のコンビで永倉を制圧。さくらは藤堂と1対1の戦いとなっていた。


「さすがは試衛館師範代。腕前は折り紙付きのようですね」藤堂がさくらに向かって竹刀をぎゅっと握りなおした。

「藤堂さんこそ、よくぞここまで残られましたね」さくらも竹刀を構えた。


 藤堂の竹刀がピクリと動いた。さくらは「ヤッ!」と声を上げ向かった。


 カン、カンと竹刀がぶつかる音をさせた後、さくらは上から藤堂の竹刀を押さえつけた。そのまま素早く振りかぶると、藤堂のかわらけを割った。


 藤堂は少し悔しそうな顔を見せたが、さくらに一礼して退場していった。


 さくらは一気に彦五郎のもとへと走った。


「彦五郎さん!この勝負、もらったぁ!」さくらは思い切り竹刀を振りかぶると、彦五郎のかわらけを勢いよく割った。


 その瞬間、源三郎の鳴らす太鼓の音が響いた。


「3回戦、赤組の勝ち!よって、勝者、赤組!」


「よっしゃあああ!」さくらは拳を振り上げて、まだ場内にいた勇と山南のもとへ駆け寄った。


「よっ!大将!さすが!」勇がにっこりと微笑んだ。さくらも満面の笑みで返した。


 赤組の面々が場内に戻ってきて、勝利の喜びを分かち合う中、再び太鼓の音が境内に鳴り響いた。


 こうして、天然理心流4代目宗家襲名披露の野試合は幕を閉じた。




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