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浅葱色の桜  作者: 初音
19/52

19.四代目襲名(前編)

1861年 夏



 天然理心流の4代目襲名披露が近づいていた。


 主にさくら、歳三、山南が中心となって当日の流れや諸々の手配を行っていた。3人は今、襲名披露最大のイベント・天然理心流門人による野試合について板の間で話し合っていた。


「さくらさん、野試合の際の赤と白の組み分けですが、この出場予定の門人名簿のここからここまでが赤組、こちらから先が白組ということでよろしいでしょうか」山南が巻物状の紙を広げ、門人の名前を指した。

「えーっと」さくらは門人名簿をよく見た。

「あ、駄目です。それだと石原村の島田さんと吉兵衛さんが赤と白に別れてしまう」さくらは眉間にしわを寄せた。

「なんか問題でもあるのかよ」歳三が名簿を覗き込んだ。

「島田さんと吉兵衛さんは仲が悪いんだ。前に出稽古に行った時、本気で戦い合って吉兵衛さんが怪我をしてな。今度2人を戦わせたら本当の殺し合いになりかねない…」

「それは失礼しました。ではこの吉兵衛さんを赤組にしましょう。さすが、さくらさんは門人1人1人のことをよくご存知だ」


 山南は感心したように言いながら、吉兵衛の名前を線で引っ張って赤組に加えた。さくらは少し顔を赤らめ、満更でもないといったように微笑んだ。


「へへ、まあ小さい頃から門人の皆さんには遊んでもらったりいろいろよくしてもらいましたから」


「なあなあ、俺は参加できないのかよー?」

「左之助は門人ではないだろう。駄目だ」さくらがピシャリと言った。


 左之助は歳三の頭上から門人名簿を覗き込んでいたが、ちぇっと言って歳三の後ろに座り込んだ。


 試衛館に住み込むと言った左之助だったが、物理的に彼の寝る場所はなく、この板の間や道場の片隅で寝泊まりしていた。たくさんの本を所持している山南と違い、身一つで来ていたためそれでもなんとかなっていたのだ。


 そして彼はあくまでも門人ではなく「食客」として、ごく稀にやってくる道場破りを撃退したり、剣術の他に槍も習いたいという門人の要望に応えたり、時々歳三の薬売りを請け負ったりなど、一応試衛館の運営に貢献していた。

 と、いうパフォーマンスを見せないと、左之助がタダ飯を食らうのをキチが許可しなかったのだった。実際のところは、歳三のかかえる石田散薬の在庫を背負わせ、さくらや歳三が尻を叩いて送り出していたのである。



「いいじゃねえか、こんなに人数いるんなら1人くらい増えたってわかんないだろ~?」左之助はぶすっとした顔でさくらを見た。

「まあ、そう言うと思ってだな」


 さくらはニヤリと笑みを浮かべた。


「実は父上からもうお許しが出ている。名簿には載せないが、後方支援ということで、どちらか人数の足りない方に入っていいとな」

「本当かよ!やっりぃー!!」左之助は歳三と山南の間から身を乗り出し、にかっと笑った。


「姉先生、私も参加したいですー」同じく山南の頭上から名簿を覗き込んでいた総司が不服そうに言った。

「総司は太鼓役なんだからどう転んでも駄目だ」さくらが答えた。

「つまんないなー。私もみんなと一緒に戦いたいです」

「沖田くん、君は大先生と若先生の期待と信頼があるからこの役に抜擢されてるんだよ。光栄なことじゃないか?」


 山南が諭すと、総司は少し不服そうながらも「はーい」と答えた。



「さくらさん、私からも少しお願いがあるのですが」山南がさくらを見た。

「なんでしょう」

「私の知り合いで、天然理心流に興味があるという者がおりまして。野試合の観客として招待しても構わないでしょうか。名前は藤堂平助といいます。以前、同じ道場で稽古をしていた者なのですが、なかなかの腕前なんですよ。もちろん、お邪魔にならないようには言って聞かせますので」


「そういうことなら大歓迎ですよ!邪魔どころか、山南さんが北辰一刀流の人たちにうちの話をしてくれてるなんて、本当にありがたいです」

 さくらはにっこりと微笑んだ。北辰一刀流が一目置いた流派という噂が立てば、天然理心流のいい宣伝になるかもしれないと考えた。


 事実、この襲名披露の儀式では参加者・見物人からのお祝い金という現金収入と、近隣の人々に試合を見てもらうことで、天然理心流の名を広める宣伝効果の両方を狙っていた。

 試衛館は相変わらず裕福とは言えない道場であったが、桜田門外の変以降、黒船来航後の時のように一時的に門人は増えていた。その勢いに乗るなら今だ、というわけなのである。








 かくして、1861年8月、勇の襲名披露の日がやってきた。今日をもって勇は正式に近藤の姓を継ぎ、周助は名を周斎と改め、隠居の身になることとなっている。


 府中・六所明神に入った試衛館の面々、多摩や日野の門人たちは広い境内で野試合の準備をしていた。


「はい。じゃあ皆さんこれを額に結びつけてくださいね」


 さくら、歳三、左之助は出場する門人たちに「かわらけ」を配った。要するに、突けばすぐ割れる強度の素焼きの皿である。


 その一方で、境内の太鼓楼の側に設けられた簡素なやぐらの上に、一張羅の裃を身につけ勇が座っていた。

 隣には周斎が同じく裃を身につけ座っており、境内の様子を眺めていた。太鼓係の総司は、鉢巻きとたすき掛けをし、バチを握りしめていた。源三郎は、ひっきりなしにやってくる訪問者の取り次ぎをしていた。野試合の準備が終わるまで、日野の門人を始め、招待していた近隣の道場の者が代わる代わる挨拶に来ていたのだった。


 その中で、山南が1人の若者を連れて現れた。


「近藤先生。先日お話した、伊東道場の藤堂平助です。以前は私と同じ道場で北辰一刀流を学んでいました」


 山南に紹介され、藤堂平助は折り目正しくお辞儀をした。


「お初にお目にかかります。この度は誠におめでとうございます。僕のような者までお招きいただき、ありがとうございます」

「これはこれは。わざわざこんな所までありがとうございます。山南さんにはいつもお世話になっていて。北辰一刀流に比べれば荒っぽい剣術かとは思いますが、どうぞゆっくり見ていってください」勇が答え、同じくお辞儀をした。


 後がつかえていたので、2人の会話はそれで終わり、藤堂は「それでは」と言ってその場を下がった。


「若いのにしっかりしてるなぁ」勇がつぶやいた。

「確か、今年で18だか19だったかと」山南が答えた。

「えっ!年下!?」話を聞いていた総司が驚いてバチを取り落としそうになった。総司はぽかんと口を開け、やぐらを降りて境内を歩いている藤堂に目をやった。


「山南さん、どうだろう。1回戦は天然理心流の門人のみだが、2回戦からは左之助も入ることだし、あの藤堂さんにも入ってもらっては」

「近藤先生がそうおっしゃるのなら、ぜひ。後で平助にも伝えておきます」山南はにっこりと笑い、やぐらを降りていった。


 その様子を見ていた総司は、ぶすっとした顔になって境内に目をやった。すると、さくらが大きく手を振りながらやぐらの側に近づいてきた。


「総司!そろそろ始めるぞ!」


 勇に挨拶しようと列を為していた者たちは一旦解散し、さくらがやぐらに上ってきた。胴着袴を身につけ、額にかわらけを固定したさくらは改めて勇に向き直った。


「勇、本当におめでとう」さくらははにかみながらそう言った。

「ああ。ありがとう」勇もにっこりと微笑んだ。


 総司がどん!どん!と太鼓を叩き、あたりは静かになった。

 さくらは勇の前に出て咳払いをした。


「皆様、本日は我が天然理心流4代目・近藤勇の襲名披露の儀にお集まりいただきありがとうございます!私は本日赤組の大将を相務めます近藤さくらにございます!」


 下からかわらけを額に巻きつけた男たちの「知ってるよ!」「よっ!さくらちゃん!」「いいぞ姉先生!」といった歓声が聞こえてきた。


「本日は、勇の祝い、ならびに天然理心流の益々の繁栄を願いまして、紅白に分かれての戦を致します!皆様、準備はよろしいですか!」



 おおーっ!と声が聞こえ、さくらは満足げに微笑んだ。





 赤組の大将さくらと、白組の大将佐藤彦五郎は、それぞれ境内の端と端に設けられた椅子に鎮座した。その前には予め組み分けされた門人たちが立ち、互いの陣営を睨み合っていた。




「赤組!負けるんじゃないぞ!」


さくらは自分を囲む赤組の陣営に声をかけた。


「お前に言われなくたってんなことわかってるよ」歳三が振り向いてニッと不敵な笑みを浮かべた。


「土方くん、一気に攻め込んで敵陣の一角が崩れた隙をついていきましょう」隣に立っていた山南が言った。

「ふん、奇遇だな。俺も同じこと考えてた」歳三は山南の目を見ずに言った。


 さくらは2人の光景を見てひとり微笑んだ。


―――これを機に、あの2人が仲良くなってくれたらいいのだが。私と歳三の時みたいに。



 そんなことを考えていると、どん、どん、と太鼓が鳴った。



「始め!!」



 総司の声が境内に響き渡り、紅白両組の男たちは、わっと声を上げて走り出した。



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