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浅葱色の桜  作者: 初音
14/52

14.共闘

「さくら!どうしよう!トシが来ない!」

 さくらと総司が稽古を始めようか、と木刀の用意をしていたところに、勝太が焦ったようにやってきてそう言った。



 歳三が試衛館から姿を消して10日ほどが経とうとしていた。

 2,3日、遠出の行商でいなくなることはあったがこれだけ帰ってこないことは今までにないことだった。


「うるさいぞ。おおかたまた遠出してるか日野へ逃げ帰ったのではないか」さくらはめんどくさそうに勝太を見た。

「逃げ帰っただって?トシはそんなにヤワじゃないぞ」

「んーでも、歳三さんいじっぱりなところがあるし、姉先生に負けて私たちに顔向けするのが気まずいっていうことはあるかもしれませんよ」総司も落ち着いている。

「まったく、お前らはトシが心配じゃないのか」

「あいつだってガキでもあるまいし。勝太が心配しすぎだ」さくらはピシャリと言って稽古の用意を続けた。



 そうは言ったものの、さくらは総司が言ったことがおおかた当たっているだろうと思った。

 歳三がいなくなったことと、あの時自分が勝負に勝ったことは無関係ではないはずだ。

 ほんの少しだけ罪悪感のようなものはあったが、これくらいでめげる方が悪い、そもそも負けるのが悪い、という思いがそれを打ち消していた。


「まあでも…そうだな。薬の材料を取りに日野に帰ったのかもしれないし。うん。きっとそうだ」勝太は自分に言い聞かせるようにそう言った。








 その頃、歳三はとある道場にいた。


「ありがとうございましたっ!!」


 半ばやけっぱちにそう言うと投げ捨てるように防具と竹刀を置き、道場をあとにする。


「お待ちください!看板は…」道場主が追いかけてきて声をかけた。

「いらねぇ。別に俺はそんな板切れが欲しくて来たんじゃねえ」


 歳三はイラッとした様子で答えるとその場を立ち去った。



 ―――これで7軒目。全部勝った。そうだ。俺は強い。



 さくらに負けてからというもの、歳三は行商そっちのけで道場破りを繰り返していた。


 どの道場でも難なく勝利をおさめ、自分の強さを確信し、そして侍やら道場主やらを名乗る男たちの腑抜けっぷりに呆れる日々だった。


 それだけに、勝太やさくらの強さが不思議であり、羨ましくもあった。

 行商の片手間での稽古に限界を感じていたのも事実である。


「入門…か…」

 ポツリとそうつぶやいたが、ああやって啖呵を切ってしまった以上、なんとなく自分から申し出るのもシャクだという気持ちもあった。


 歳三は懐から財布を取り出し、中身を確認した。

 行商で稼いだ金で安宿に泊まる日々を送っていたが、残金から計算するにもってあと1日2日というところだ。

 試衛館に帰るか、日野に帰るか、選択に迫られていた。

 しかし、


「とりあえずもう1件行ってから考えるか…」


 と、決断を先延ばしにするのだった。





 その後、歳三は町はずれの道場の門をたたいた。


「たのもー!」


 道場主が現れ、歳三をじっと見た。


「なんだ、お前は」

「土方歳三と申す者。修行のため、手合わせ願いたい」


 道場主はそれを聞いて不敵な笑みを浮かべた。


「ほう。おぬしが。噂は聞いておるぞ。ここ最近方々の道場を破っているとな。わが道場は破らせぬ。」





「始め!!」


 審判の合図で試合が始まった。歳三は荒っぽいながらも力強い剣さばきで1人目、2人目、と倒していった。





 稽古を終えたさくら達は町へ食料の買い出しに出かけた。

 さくらは知り合いの農家から野菜を買うために、勝太と総司と別れて町はずれの方に向かった。



 一番にぎわいのある通りを抜けると、商店の数は減り、代わりに宿場や民家が増えてくる。


 にぎやかな町も活気があっていいものだが、このあたりの静かな雰囲気もさくらは好きだった。


 ―――唯一の難点はこの格好が浮くということだがな…


 町はずれまでは少し距離があることもあって、動きやすさ重視でさくらは袴姿でいた。

 そういえば、年々袴でいる時間の方が長くなっている気がする…と女としての危機感を感じ、さくらは1人苦笑いした。


 その時、近くの寺の境内から何やら騒がしい声が聞こえてきた。


 気になって近づいてみると、そこには思わぬ光景があった。



「歳三!?」


 数人の男たちに取り囲まれ、まぎれもなく歳三がそこにうずくまっている。

 全身にアザができており、男たちにやられたのは明白だった。


「なんだ?お前…女子か?変な格好だなおい。こいつの知り合いか?」男の一人がさくらの姿を見てにやりと笑ってそう言った。

「まあ、知り合いといえば知り合いだな。お前たちよってたかって何をしているのだ」さくらは男を睨み付けた。

「こいつが悪いんだぜー?俺たちの道場をめちゃくちゃにするからよ」

「どういうことだ」

「こいつはこの辺じゃちょっと有名な道場破りなんだよ。だが卑怯な手で俺たちの道場をやぶった挙句、『看板はいらねえ』なんてナメた真似しやがってよ」

「お前にわかるか?道場を続けられなくなるだけじゃねえ、自分で看板を下げる俺たちの惨めさをよお」もう一人は悲壮感を漂わせて言った。


「くだらぬ…」さくらがぽつりとつぶやいた。


「はあ?」


「要するに、お前らの言っていることはただの逆恨み。逆恨みで歳三をぼこぼこにしたくせに、自分たちを正当化しようとそんな理屈を並べ立てるのだろう。大勢で1人を襲うなんてお前たちの方がよっぽど卑怯ではないか。それに…」


 さくらは男たちを睨み付けた。


「歳三は強いぞ。独学だから型が読めなくてお前たちは卑怯だと思ったのかもしれないが、卑怯なのではなくお前たちが弱いのだ」


「なんっだと…!このアマ!おい、こいつもやるぞ!」


 男たちは持っていた竹刀を手にさくらに向かってきた。


 さくらはすっと身を低くし、男に体当たりすると、竹刀を1本奪った。


「望むところだ。私はお前たちのような者には負けぬ」


 そう言うと、さくらは正面から来る男をかわし、その隣にいた小太りの男の腹を突いた。

 男はうっとうめき声をあげてその場に倒れた。


 そして、さくらは振り向きざまに背後から飛びかかってくる男を竹刀で打ち払った。


「さくら!」


 歳三が叫んだ。さくらはいつの間にか復活していた先ほどの小太り男に後ろを取られ、そのまま地面に打ち付けられた。


「へへ、女ぁ、口ほどにもねえな」さくらが最初に竹刀を奪った男が、さくらの頭をぐっと踏みつけた。


「やめろ!」歳三が叫び、男に体当たりした。男は不意をつかれ、尻餅をつき歳三を見上げた。


「くそ、お前、まだそんな体力が…」


 さくらは起き上がり、歳三と背中合わせに立った。


「礼を言う」さくらが小さく言った。

「まあな」歳三がにやっと笑った。

「やれるか」

「おう」


 2人は5人の男たちに囲まれた。人数では相手に分があるが、さくらも歳三も負ける気はしなかった。


「いくぞ!」さくらが声をあげ、目の前の男の急所を突き、続いて向かってきた男が振り下ろした竹刀を受け止めた。


「はっはっは、女子の力で俺に敵うか!」

「ああ。確かに力では敵わぬな」さくらはにっと笑うとすっと竹刀を引き間合いを開けた。男は力の行き場をなくしよろめいた。

 その隙に後ろに周り、同様している男の脳天を思いっきり竹刀で叩き付けた。


 男はどさっとその場に倒れ意識を失った。


 一方で歳三も、すでに1人目を倒し、もう1人と対峙していた。


「そんな体で何ができるというのだ」男があざだらけの歳三の体を見てにやついた。

「うるせえ。こんなところでやられるわけにはいかねえんだよ!!」そう声をあげた勢いで男の胴を払い、振り向きざまに面を打ち、男を倒した。


 残る敵は1人となり、形勢が逆転した。

 すると、その男は急に怖気づいたような表情を見せ、「くそ、お、覚えてろよ!!」と捨て台詞を吐いたかと思うと倒れている4人を見捨てて走り去ってしまった。


「ふう…」歳三は息をつくと、へなへなとその場に崩れ落ちた。


「お、おい、歳三、大丈夫か!?」さくらは歳三の肩を掴み、体を揺すった。

「はあ、はあ…大丈夫だ…」

「少し歩くが、試衛館に行くぞ。手当が必要だ」

「へっ、薬屋が手当されるんじゃ世話ねえな」


 歳三はよろよろと立ち上がると、荷物を持って境内を出た。

 その危なっかしい様子が見ていられず、さくらは歳三の荷物を持ち自分の肩に歳三の腕を回して支えた。

 歳三は驚いた様子でさくらを見た。


「さくら…」

「なんだ」

「俺も、礼を言う」

「なんだか、気持ちが悪いな」さくらはくすっと笑った。

「んだよ、人がせっかく…!」歳三が声を荒げた。


「歳三」

 さくらは真面目な調子で歳三の名を呼んだ。

「うちに入門しないか」


 歳三は目を丸くしてさくらを見た。


「…俺もちょうどそう思ってたところだ」

「なんだ。それならば早く言え」


 さくらの笑顔を見て、歳三もふっと笑った。


 互いに背中を預けて戦ったことで、2人の間には友情のようなものが芽生えていた。


 ―――今までいがみ合っていたことは水に流そう。これからは同志として共に天然理心流の稽古に励もう。


 言葉にしなくても、そんなことが互いに伝わったようだった。





 その後、土方歳三は天然理心流に正式に入門。

 同時に、試衛館に住み込むこととなり、さくらたちと寝食を共にすることになった。



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