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幸せケーキ店

作者: 如月はじめ

「ありがとうございましたー」


 カランカランカランとケーキを買われたお客さんが、扉に付けた鈴を鳴らして出て行った。

 ここは『幸せケーキ店』。お客さんのご要望通りのおまじないをケーキに施して売っているケーキ店だ。

 おまじないと言っても少し手助けする程度の効果だけどね。あと名前の通り、お客さんにとって『幸せ』になれるようなプラスのおまじないしかしないことにしているよ。

 まあそれでもおまじないの内容は千差万別。良いことがあるようにとか、健康維持できるようにとか、告白の勇気が出るようにとかそんなふわふわしててちょっとした願い事から、宝くじ当たりますようにとか、頭が良くなりますようにとかそんな俗物的な願い事まで。飽く迄も手助け程度だけどね。

 さあて、これからどんなお客さんが来るのかな。



       *



 ふう。今日も売れ行きは好調だなー。口コミでしか宣伝してないけど、最近はメキメキと売上を伸ばしているよ。

 やっぱりアレかな。この前来たアノ人のおかげかな?

 え? アノ人というのは、お客さんとして来た幸が薄そうな女の人のことだよ。目の下に隈を作っててさ、しかも少し前屈みに入って来てさ。あれは流石にちょっと怖かったなー。あはは。

 ……ああ、そんなこと言っても分からないよね。じゃあ、次のお客さんが来るまで話してあげるよ。





 そう、あの日はいつものようにケーキを数個売って、もう店を閉めようとしていた夕方のことだ。


「すみませーん。あのー……」


 って言って彼女は店に入って来たんだ。すんごーくどんよりした声で!

 んで、私が「はいはーい」って返事をしたわけさ。まあここまでは普通のやり取りなんだけど、次に彼女何て言ったと思う?


「ここって人を呪い殺せる店だと言うのは本当ですか?」


 だよ? ビックリだよ、本当に。一回もそんなおまじない施したことないのに! それにこの店の名前には“幸せ”が付いているのに、どんな曲解したんだろうね彼女は。

 ……んー、彼女、彼女言うのも判りにくいから仮名でも付けるかー。そだなー、あっ、じゃあ『幸が薄そう』から『幸子』さんで! なかなか良い仮名じゃない? 皮肉が効いていてさ。

 それはさておき、幸子さんに私は言いました。


「……何故そんなことを?」


 ザ☆否定も肯定もしない溜めをたっぷり曖昧な返事! だって、キッパリと否定しちゃったらそのまま帰っちゃうでしょ? 話気になるじゃん。幸子さんが聞いた噂とかもさあ。


「やっぱりそうなんですね! 呪い殺せる店なんですね!」


 なーんて、幸子さんはさっきの言葉を肯定の意味に取っちゃったみたいだけどー。ワクワク。


「取り敢えずこちらへどうぞ。話を聞かせてください」


 と言って店に唯一ある丸机と二つの椅子の方へ促す。けれど幸子さんはそこから動かず眉を潜めて、さっきの嬉しそうな声も何処へやら、最初のようにどんより声で言ってきた。


「……話さなければなりませんか?」

「ええ、お願いします。お客様のご要望通りのまじないを施すためですので。そしてそれが当店の売りでございます」


 それはもう見た人を安心させる大変良い笑顔で言いましたよ。ふっふ、これも商売人の必須スキルでございます。


「わかりました……。お話しします……」


 それで幸子さんはしぶしぶだったけれど、私の言葉に納得したのか椅子に座ってくれた。

 続いて私も座ろうかと思ったけれど、その前にと手早く店を閉めた。幸子さんは怪訝そうに見てきたけど、私が「他の人には聞かれたくないのでは?」と言うと「それもそうですね」と頷いてくれた。

 私としてはそれは建前で単に邪魔されたくなかっただけなんだけれどね!

 はてさて、話とは。

 幸子さんの向かいに座ると、話し出した。


「……私には恋人がいるんです。五年ほど前から付き合っています」

「五年ですか」

「ええ。大学四年生の頃からですね。……それで自分で言うのも何ですが、私、とっても優秀なんです」

「……ほう。優秀、ですか」


 この時、思わず「そうは見えませんねえ」とか言いそうだったよ。危ない危ない。

 でも幸子さんは私が少し間があったことに(多分)気付いた様子もなく、そのまま話を続けてくれた。


「そうです。小さい頃から天才だと言われていましたし、それは大学生になっても変わらず、取った全ての講義は常に成績上位でした。いえ、一番を取っていました」

「それは凄いですね」

「でしょう? 自他共に認める優秀さなんです」


 ここで幸子さんがここに来てから初めての笑顔を見せてくれたんだ。私が褒めるような相槌をしたから気分が良くなったんだねえ。

 けれどその直後、膝の上に置いていた手がギュッとスカートを握り締めるのが見えた。


「でも、彼と付き合い始めてからどうもおかしいんです」


 お、やっとここで彼氏さんが登場か。とは言わないけど。


「おかしいとは?」

「最初は少し成績が下がったくらいでした」

「ふむ」

「最近浮かれすぎたかと思ったので気をつけるようにしました。けれど……」

「けれど?」

「……その、……タイミングが合わないんです」

「タイミング、と言うと?」


 幸子さんは「どう言えばいいのでしょうか」と自分の言葉を整理している様子。それにしてもタイミング、ねえ。


「そうですね……、例えば教授にレポートを何度出しに行っても全く会うことが出来ない、アルバイトの申し込み出してもタッチの差で駄目になったとか……」

「それは……」

「ええ、でもこんなとても些細なことなんですが他にも色々あるんです。こう積み重なってくるとどうもおかしいとしか……。それでも私も“彼と会ってから”なんて馬鹿げたこと言いたくありません。けれど、それが就職にまで響くとなると……」

「え、就職にまで響いたのですか?」

「はい。こんなに優秀な私なのに、何処からも声が掛かって来なかったんです!」

「…………」

「こんなのどう考えてもおかしいに決まってます! 今でも定職に就くことが出来ず、その日暮らしのアルバイトをしています。こんなに優秀な私が! ……でも、おかしいとは思っていても彼のことは愛しているから離れられなくて……」

「…………」


 幸子さんは両手で顔を覆い、静かに小さく泣き出した。

 私はというと驚き過ぎて声を失っていた。『本当』と書いて『マジ』で!


「えっと、失礼ですがその彼は今どうしていますか……?」


 とさっきから気になっていたことを訊いてみる。

 幸子さんは鞄からハンカチを取り出し、鼻をすんすんさせながら答えてくれた。


「……彼は、小さな会社で働いてます。……プロポーズもされました」

「では、あなたが働かなくとも……」

「いいえ! 私の優秀な頭脳は国、いや世界に絶対必要なんです! だから私は有名な企業で働かなくてはならないんです!」

「そ、そうですか」


 不覚にも幸子さんの勢いに少し呑まれました。くっ……!


「……では最初に戻りますが、あなたは誰を、何故、呪い殺したいのですか?」

「今の話の通りですが、彼と知り合ってから運がありません。就職も儘なりません。けれど世界は私の優秀な頭脳を待っています。――だから世界のために、彼を殺します」

「殺さずとも彼と別れれば良いのでは?」

「それも考えました。でも、彼が私以外の女と付き合うことになるかもしれないと思うと、どうしても別れられません! だから殺すしかないと思いました。でも、そうすると捕まってしまいます。……どうすれば良いのかと悩んでいたそんな時、ここの噂を聞いたんです」


 言葉もないとはこのことだ、なんて思っていたらここの噂話だと? その内容によってはそれ相応のことをしないとなあ。


「どんな話を聞いたのです?」

「『ケーキに希望するおまじないをしてくれる店がある』と」

「………………、それで何故呪い殺せる店と?」

「だって、まじないってのろいのことでは? ほら漢字も一緒。それに今私が希望しているのは、実行犯が私って知られずに彼を殺すこと。ピッタリだと思いました! 私の成せる技です!」


 ……曲解もいいとこだよ、幸子! 全く。でもこれで話は終わりか。では本題に移りますか。……ふふふ。


「……事情は分かりました。ですが……、本当によろしいのですか?」

「ええ。私はそのためにここへ来たのですから」


 幸子さんは私の言葉に即座返してきた。けれど、もう一度訊いてみる。


「本当の本当によろしいんですね?」

「……何が言いたいのですか?」


 流石に私の言葉に何か含んでいると分かり、聞き返してきた。


「あなたはこんな言葉を聞いたことはないですか?」

「え?」


「『人を呪わば穴二つ』」


 ぴくっと幸子さんは反応したけれど、何も言ってこなかった。


「この言葉は他人を呪って殺そうとすれば、自分もその報いで殺され、墓穴が二つ必要になるって意味ですよ」

「…………知ってます」

「自分に都合のいいようになるだけではないのです」

「……わかってます」

「それでも?」

「それでも!」


 幸子さんは勢い良く立ち上がり、その拍子に椅子が倒れた。……ああ椅子、傷になってないかなあ。


「彼を愛しています! それでも! それでも、こうするしかないんです!」


 顔を俯かせ、拳を固く固く握る。

 私はその様子をじっと見つめ、溜め息を吐いてから言った。


「……分かりました。少々お待ち下さい」

「……っありがとうございます!」


 それから私は奥に下がり、暫くしてから右手に極普通のイチゴのショートケーキ、左手に小さな目薬のような容器を持って行った。


「ケーキは解りますが、そちらの容器は……?」

「通常お客様にケーキをお売りする場合はこちらでおまじないを施してからお渡ししておりますが、今回は別々とさせて頂きました」

「それは何故ですか?」

「当店が施すおまじないとは、背中を押す程度の効力なのです。しかし殺人ともなるとその程度のものだと心許ありません」

「さ、殺人だなんて……」

「立派な殺人じゃないですか。お客様自身も『殺す』と何度も仰っていましたよね? 例え殺す方法が実証出来ない呪いだったとしても『殺人』には変わりませんよ」


 にっこりと笑ってあげると、幸子さんは目に見えて動揺仕出した。けれど気にせず笑顔のまま、容器を見せる。


「この中の液体は言うなればおまじないを濃縮したものです。とても強力ですよ。それでこれをケーキに掛けて浸透したら彼に食べさせて下さい。きっとあなたに転機が訪れるでしょう」

「………………転機?」

「ええ。転換する機会の方ですよ」

「………………」

「どうかしました? ああ、今箱詰めしますね」

「あっ! …………いえ、お願いします」

「はい、只今」


 その後、幸子は俯きながらだけどしっかりケーキを受け取りお金を払ってもらった。手間掛かってるからちょっと高め。


「ありがとうございました。またの御来店お待ちしております」


 さて、どんな『転機』になるかな。



       *



 あれから一週間。今日も今日とて変わらずお客さんが少ない。いいけど。

 はあ。幸子さんどうなったかなあ。覗きに行きたかったけど、野暮ってもんじゃん? 必死に我慢したよー。早く誰か教えに来てくれないかなあ。

 と、その時。


「すみませーん」


 明るい声で誰かが入って来た。あれ、この声って……。

 入って来た彼女は、私に気が付くとにっこりと笑った。


「こんにちは。お久しぶりです」

「こんにちは。あなたはもしかして先日の……」

「ええ。『彼を呪い殺して』と依頼した者です」

「やはりそうでしたか。随分サッパリと明るくなりましたね」

「自分でも驚いてます。ふふ、これもあなたのお陰です。素敵な『転機』が訪れましたよ」


 血色も良く身綺麗なキャリアウーマンなお姉さんに変身してた。わお。

 また同じように誰も入って来ないようにして椅子に座り、ことの結末を語ってくれた。

 話によるとこんな感じ。





 あれから家に帰ってきた私は、彼が帰ってくるまで家事をしながら待っていた。


「彼と会ってからおかしい。彼がいたからおかしい。彼のせいで声が掛からない。彼がいなければ元に戻る。彼さえいなければ元に戻れる。彼は私のもの。だから私は、世界のために彼を――殺す」


 私はぶつぶつと呟いていた。それはさながら壊れた人形のように、自分に言い聞かせていた。あの店の主に指摘され、揺らいでしまった決意をもう一度固めるために。

 そして、彼は帰ってきた。


「ただいま」

「おかえりなさい。ご飯出来てるわよ。それに今日はデザートもあるの」

「え! デザート? お前今日外に出たのか? 何かあったのか?」


 と彼は驚きと心配が入り混じった声で訊いてきた。最近は引きこもりがちで今朝も隈を作っていたから(今もあるが)、まあ当然の質問だろう。因みに私は本当に何故かデザートが作れず、食べたい時はネットじゃなく店頭で選ぶ派ゆえの彼の発言。


「何もないわよ。ただ、気分転換したかっただけ」


 そう言うと、彼は「良かった」と言って泣きそうな、けれど心底安心したというような顔をした。少しどきっとした。


「なんで、良かったなの?」

「お前最近、目に見えてピリピリしてたじゃないか。それにずっと家に籠ってたし。けど、自分で気分転換出来るくらいになれて『良かった』んだよ」


 彼はそう言うと洗面所に行ってしまった。残された私は、正直どんな顔をしているか判らなかった。




 ご飯を一緒に食べ、いよいよケーキだ。彼は甘いものが好きだから少しウキウキしてるようだ。


「あ、そう言えばデザートって何? ゼリーか?」

「デザートと言ったらケーキよ。イチゴのを買ったの」

「イチゴか! お前の眼鏡に適ったイチゴかあ。楽しみだなー」


 ニコニコと笑う彼。久しぶりに見る彼の笑顔。……ちゃんと目に焼き付けて、おかないと……。


「今持ってくるわ」

「おう」


 台所に行き、怪しまれないように二つ買ったイチゴのショートケーキを用意し、ポケットに入れていた容器を握りしめる。大丈夫。大丈夫。やれる。彼を愛しているから。


「おーい。まだかー?」


 彼の声にはっとなる。片方に“おまじない”を掛けて染み込んだのを確認してから手に持つ。


「今行くわ」


 おまじない入りのケーキを彼の前に置いてから、向かい側に座った。


「確かにおいしそうだ」

「……でしょう?」

「ああ。じゃあ頂こうか」

「……ええ」


 彼はフォークでケーキの先端を一口くらいに切って刺し、「いただきます」と言って口を開いた。

 私はそんな彼をじっと見つめ、そして――――





「え? 彼、食べてしまったのですか?」


 私は堪らず幸子さんに訊いてしまった。

 幸子さんはくすっと笑う。本当に明るくなったなあ。


「彼が本当に食べていたら、きっと私はここには来ていませんよ」


 話の前に出しておいた紅茶のカップを持ち上げ、「その時は共犯者の店ですもの」と幸子さんは紅茶を一口飲んだ。





「待って!!」


 もう少しで口の中に入るっていうときに私はストップを掛けた。彼はそのままの状態で、目で私に「何故?」と訴えてきた。


「えーと、その、そ……のケーキ! と私のケーキ! 逆だったわ! そっちのケーキは見た目は一緒でもカロリーが控えめなの!」


 指で交互に指しながら必死に「今気が付いたの!」と言い募る。すると、スススとフォークをお皿に戻してくれた。彼はケーキを何回も見比べるが、首を傾ける。


「え、そうなのか? 同じように見えるのになあ」

「で、でしょう? だからうっかりしてたわ。と言う訳でそのフォークごと交換するわね」

「待って待って、食べ比べさせてよ」

「駄目!」

「あ、おい!」





「とまあ、そんな感じで問答無用で入れ替えて私が食べました」

「そうだったのですか。味はいかがでした?」

「訊くところはそこなんですか? 大変おいしかったですよ。おまじないの味もしませんでしたし」

「まあ一応無味無臭にしてますので。気に入っていただけて良かったです」


 お互いに紅茶を飲んで一息。幸子さんがカチャッとカップを置く。


「それにしても、店主さんは意地悪な方ですね。『転機が来る』だなんて。こうなることも読んでいたんですか?」

「さあ。何のことだか分かりかねますね」

「ふふ、そう言うだろうなと思いました。……食べてから、私死ぬのかなと思いました。でも彼がケーキを食べるギリギリのところで大切なことに気付いたので、後悔はありませんでしたが」

「気付いたとは?」


 幸子さんはにっこりと微笑む。後で思ったけど今までで一番綺麗な笑顔だった。


「世界よりも何よりも彼が『大事』だ、って」


 私は少し目を見開いた。まさか、幸子さんの口からそんな言葉が出るとは思わなかったからさあ。だって、ずっと『世界の為に愛してるから殺す』とか言う幸子きけんじんぶつさんだよ?


「驚きましたか? 私もそう思った時びっくりしましたわ」

「自分でも驚いたのですか?」

「ええ。だって彼のこと愛してるって言い続けてたのに、大事だなんて今まで思ったことがなかったんですよ。薄情でしょう?」

「愛す=(イコール)大事ではなかったと?」

「そうみたいです。……まあ、それからいつまでも変化が訪れないので『騙された?』なんて思っていたら、私の携帯にずっと就職したかった企業から電話が掛かって来たんです」

「なるほど」

「それからはトントン拍子にことが進んで、……今は見ての通り順風満帆ですよ」

「それは何よりです」


 すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干し、幸子さんは立ち上がった。


「では紅茶の飲み終わりましたので、これで失礼しますね。ごちそうさまです」

「いえいえ。またいらっしゃってください」

「はい、また来ます。それでは」

「またのご来店をお待ちしております」


 幸子さんは扉の方に向かって歩いたが、数歩もしないうちに「そうだ」と振り返った。


「どうかされましたか?」

「忘れていましたが、この店へちょっとしたお礼させて頂きました」

「お礼ですか?」

「ええ。あと数日もすれば分かると思います」


 それで本当に店を出て行った。はー、久しぶりの台風のようなお客さんだったなあ。それにしてもお礼って何だろう? あと数日ねえ。取り敢えず期待せずに待ってみますか。



       *



 ……とまあ、幸子さんのお礼は口コミを大々的に広めたことで、それで最近お客が増えたよって話でした。

 こんなに長ったらしく話しておいて、最後をそんな適当に締めるな! とか言われそう。あはっ、気にしなけどね! あ、因みに幸子さんが来た二日後にお客さんが増えたよ。大々的にって言ってたけどどうやったんだろうねえ?


 さて、この話の裏話。

 今回自分で食べたから(・・・・・・・・)幸子さんにはあの転機が訪れた。だけどもし、そのまま彼に食べさせていたら違う転機になるところだったんだ。

 そうそう誤解の無いように言って置くけれど、この店は最初に言った通り幸せになれるようなプラスのおまじないしか売らないよ? 呪い殺すようなおまじないなんて売る訳がない。今回売ったのは何回も言うけど幸子さんにとってプラスになる『転機』。まあ強力だって言うのは本当。それで食べる人によって違う転機になるようにしたからね。容器に入れて渡したのはなんとなくかな。自分が招くことの結果を良く考えればいいとは思ったけどね。

 幸子さんが食べたら生活が今の真逆になるの『転機』、即ち就職。で、彼が食べていたら辛い日々から解放の『転機』、即ち幸子さん自身の死。

 え? 死がプラスになる訳がない? あははっ。私は解放と言ったんだよ? その人にとって日々がどん底だったら死も『プラス』なことに入るんだよ。まあ人生から逃げたということになるけどね。

 でも、幸子さんよく直前に思いを変えたなあ。あのままだったら死ぬだろうと思ってたのに。あー本当に人間ってよく分からないなあ。いついかなる時も、どのぐらい時が経とうとも、判らない。解る日が来ない。

 それにしても彼が食べたら問答無用で死ぬって理不尽過ぎない? って、彼女から言ってきたことだよ? 依頼内容とは違うけどさ。そこは最初に勘違いして来た幸子さんが悪い。

 何か最初から幸子さんに対して刺々しくない? だなんて、よく分かったね。当たり前じゃないか。

 

 だって、私ああ言う独善で、傲慢で、厚顔な考えの人、大っ嫌いなんだ。


 優秀、優秀うるさいし、殺すしかないなんてそんなこと考えるの、どこかでその人を見下してないと出来ないことじゃないかな? というか彼を愛しているのではなく、彼の優位に立っていたいから傍にいたかったのでは?

 ……ま、それも私の勝手な憶測に過ぎないけれどね。直前に改心したしさ。これぞ、終わり良ければ全て良しって言うやつだね。

 ん? 何でそんなことペラペラと話すのかだって? しかも独り言で? あはは。何言ってるのかな? 最初から話聞いてたんでしょ?


 そう、そこでこの画面に向かっている『あなた』に、私は最初から話しかけてたんだよ?


 ふふふ。さてと、もうひと踏ん張りしてきますかあ。また、話し相手になってね。と言っても、こっちからの一方的な話なんだけど!

 ……あ、そうそう。さっきの話は内緒だよ? 信用問題になっちゃうからね。

 私の正体? 何者なんだ? えーそんなの決まってるじゃーないか。


「私はちょっとしたおまじないを施す『幸せケーキ店』の店主でございます。以後お見知りおきをお願い致します」


 なんてね。


 ――――すみませーん。


 おっと、お客さんが来たみたいだ。これで本当に話終わりね。最初からお客が来るまでって言ってあったし。

 じゃあ、またいつか。



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― 新着の感想 ―
[一言] いゃ~面白い! 話しけてくるタイプの語り口調の物語は何度か読んだことがあったが、まさか《現実の私》に話しけてこられたかのような「ドキ!」っとした感覚は新鮮でした。 次回作も楽しみにしておりま…
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