まさか冬哉から……
六時間目が終わり、シーンと静まりかえっていた教室内は
帰り支度をする生徒たちで賑わいはじめた。そんな教室内で
春菜の斜め前に座る松本冬哉が制服のポケットから携帯電話
を取り出し液晶画面に目を落とすとすぐに席を立って教室を
出て行った。机の上には教科書や筆箱が置かれたままだ。
(珍しいな。どこへ行ったんだろ?)
春菜は帰り支度をしながら冬哉の席に目を向ける。帰り支度
の終えた梅本秋穂が冬哉の席の前に立ち教室内を見渡してか
ら廊下に出てキョロキョロと辺りを見ている。
春菜は席に着いたまま昼休みに会った竹本を待つことにした。
腕時計を見て後10分待って来なかったら剣道部員が使って
いる挌技場へ行ってみようと思った。弁当箱を忘れると母親
が超ウルサイからだ。
「もう、どこへ行ってたの?役員会はじまっちゃうわよ」
「ごめん、野暮用だよ」
そう言いながら冬哉と秋穂が教室に戻ってきた。冬哉は自分
の席で帰り支度を済ませてから
「秋穂、俺、今日役員会休むよ。ごめんな」
「えっー。欠席?どうしたの?」
「うん、ちょっとね」
冬哉は秋穂に手を上げながら春菜の席に近づいてきて春菜に
向かい合う形で前の席に座った。秋穂は一瞬面白くなさそうな顔
をして、プイッと顔を背けて教室を出て行った。春菜は教室内で
冬哉と二人きりなった。
「これ、夏騎から預かった」
見なれた弁当箱が目の前に差し出された。冬哉とこんなに接近し
たのは入学以来初めてだ。
(わ、私。前髪変に分かれてないよね。今、鼻毛なんか出てないわよね)
自分の最悪の状態を想像している。
「た、竹本君から?」
「すっごく美味しかったって伝えてくれって。杉本、夏騎と仲いいんだ」
「ううん、今日はじめて会って、パン買ってきてほしいって頼まれただけだよ。これも110円で買ってもら
ったって言うか」
「はっはっ。あいつらしいな。どうせ切羽詰まってたんだろう。監督かコーチに怒鳴られる事したか、腹へっ
ていたかどっちかだろうな」
「松本君は仲いいの?」
「うん、幼馴染。家も向かえ合わせだし保育所からずっと腐れ縁って言うかさ。半分兄弟みたいに育ってさ
。家の近くに剣道場があってあいつヤンチャだったから小学生から通わされててその上、強かったから昔から
試合で飛び回っていたな。可哀そうなくらいね」
うなだれていた夏騎を思い出した。
「今だって、三月にあった大会で優勝したとかで市長に呼ばれてて、この弁当箱を持って来る時間がなくて俺
に玄関まで来てくれってメールきてさ」
「わざわざ取りに行ってくれたの?」
「うん」
それから冬哉はまっすぐに春菜の方を見つめて
「あっ、夏騎が直接お礼を言いたいらしくてね。杉本、携帯電話の番号とメルアド教えてやってくれない
か?」
「はぁ?お礼なんていいのに」
「ダメか?」
「うっううん。別にいいよ」