偶然の出会い
高校二年生の杉本春菜。
いつもどおり、昼休みに図書室で小説を読んでいた。
窓際の指定席。
母親の手作り弁当をクラスの女子数人と食べてから、みんなと
別れてひとりこの時間を楽しむ。
時折、向かいの校舎にある生徒会室に目をやる。
そこには生徒会の役員たちが集まっていた。
何でも器用にこなす切れ者ばかりの集団。
同じクラスで書記をしている松本冬哉。
机を挟んで冬哉の前に立つのは生徒会長の梅本秋穂。
机の上に置かれたノートらしきものに何か書き入れながら、顔を見合わせている。
誰かが冗談でも言ったのだろうか?
二人は笑っている。
しばらくすると秋穂が冬哉の前からいなくなった。
冬哉は前を見たまま器用に手のひらでペン回しを始めた。
何か考え事をしている時の仕草だ。
テストの最中よく見かける。
秋穂が冬哉の前に帰ってきた。
冬哉はやさしく微笑んで、またノートに書き込み始めた。
春菜はその横顔に一瞬見惚れていた。
同じ教室では彼の横顔さえ見ることができない小心者。
春菜の行為は一種のストーカー紛いのノゾキに過ぎない。
カムフラージュに小説に目を向ける。
先ほどから1ページも進んでない。
小説みたいな恋愛なんて出来っこない。
見ているだけで十分だ。
昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
いつも通り席を立って、自分の教室に戻る支度を始める。
ここまではいつも通りだった。
そう、ここまでは。
自分の教室に向かう途中にある渡り廊下。
中庭に植えられたピンク色のサツキが五月の日差しを浴びて目がくらみそうになる。
授業時間ギリギリで人気のなくなったこの廊下を歩いていると前からものすごい勢いで走って
くる長身の男子生徒とすれ違った。
「ねぇ、ちょっとあんた。売店で焼きそばパンとコロッケパンと焼きそばパン買っておいてくれないか?」
後ろから声をかけられ振り向いて
「私?」
と、自分を指さした。
「そう、頼む」
彼はそう言ってまた走りだして、向かい校舎の中に消えていった。
こんな時間にパンなんて売り切れているはずだと思い、無視しようかと考え
たが、一応売店で聞いてみることにした。
売店には昼の営業時間を終えて後片付けをしている小太りのおばさんがいた。
「すいませーん。焼きそばパンとコロッケパンと焼きそばパン残ってますか?」
「焼きそばパン二個とコロッケパン一個ね。もしかして、剣道部の子の分かい?」
(しまった。あの男子の言ったとうり復唱してしまった)
「剣道部かどうかわからないけど、背の高い男子かな」
「うん、分かった。別にとってあるからはい、390円ね。遅いから、持って帰るとこだったよ。あの子はいっつも忙しい子だね」
「そうなんですか」
相槌をうちながら春菜はガサゴソと鞄から財布を出してお金を支払った。
パンが入った袋をもらい教室へと向かった。
(もう授業は始っているだろうか?なんで、私がこんな頼みを聞かなきゃいけ
ないのよ。しかも見ず知らずの男子生徒の)
そう呟きながらも、余裕のないあの男子生徒の姿を思い浮かべて
(あの子、きっとお昼ご飯食べていないんだ。このパン、早く食べたいだろうな)
そう勝手に想像しながら教室に入ると、教科の先生はまだ来ていなかっいた。
(セーフ)