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お姉様はずるくなかった

掲載日:2026/10/18

「お姉様はずるいわ!」


 朝食の時に顔を合わせた姉、プレシャスは、私の言葉に目をしばたたかせてからにっこりと笑い、食べていたパンを飲み込んだ。


「あらティナ。私がずるいの?」


 余裕そうな表情に私はちょっとイラっとした。


「ええ、ずるいわ。ずるすぎるわ!」


 心の丈を叫んでも、お姉様は涼しい顔だ。涼しい顔で紅茶を飲んでいる。お姉様は優雅なしぐさで音もたてずにカップを置いた。


「ティナ。ずるいというだけではフワッとしているわね。私のどんなところがずるいのか具体的に言ってみて?」

「具体的……お姉さまのずるいところはいっぱいあるの」

「ええ。全部聞くわよ。ひとつずつ言ってみて?」


「……ええっと、私が寝なさいって言われている時間に起きているのに怒られないわ」

「ティナは夜更かしがしたいのかしら? 他には?」


「えっと、婚約者とのお茶会もずるいの。私はそういうのしたことないのに。私がお勉強している間にお出かけしてお茶会をするなんてずるいわ」

「お茶会ね。他にもあるかしら?」


「んー、お父様の執務室に入っても邪魔しちゃダメって追い出されないこと!」

「それはお父様にもお話しないとね。まだあるかしら?」


「あ、そうだ、食事もずるいわ。お姉様、ディナーでいつもおかわりをしているでしょう?お姉様の好きなものばかりがメニューになっているんだわ。……それにたくさん食べているのにスタイルがいいのもずるいわ」

「食べ物の恨みは一生って言うものね。大事だわ。……まだある?」


「まだあるわ! 綺麗なドレスをたくさん持っているし、かわいいリボンもたくさん持っているわ」

「そう。ティナにずるいって言われてもなんだか嬉しいわ」


 お姉様はくすくすと上品に笑った。


「そんなふうに涼し気な顔で上品に笑えるところもずるい……」


 私も淑女になるべく教師に習って仕草の訓練をしているけれど、未だにお姉様のように上品な淑女にはなれていない。お姉様は私よりも10歳も年上だから、訓練している時間が違うのはわかっているけれど、同じ年齢になった時に追いついている気がしない。


 お姉様は少し考えてから、こんな提案をしてきた。


「ティナ。今度、私と一緒に過ごしてみましょう。私と一緒にお茶会に行って夜更かしをするの。どうかしら?」

「する!」


 私はもちろん即答する。


 こうして私はお姉様と一日一緒に過ごすことになった。ずるい姉のまねをするぞー!




「ぐお゙ぇ゙っ」


 今まで私の口から出たことのない音が飛び出した。


「ティナさま。コルセットをしっかり締めないとドレスが着られませんからね。プレシャス様がティナ様くらいの年の頃に着ていたドレスです。ティナ様が着ると選んだんですから、頑張ってください」


 ぐったりした私は背後にいる姉の侍女を振り返って見た。今私は柱につかまりながら侍女にコルセットを締められている。


「も、もう十分締めたんじゃない……?」

「もう少し締めないと入りませんね。さあ、息を吐いて!」

「ぐぼゔぇ゙っ」


 へとへとになった私を見て、「まあ、このくらいですかね」と、侍女がドレスを持ってきて着つけてくれた。着つけられてみればドレスはぴったり。ウエストは史上最高に細い。コルセットは初めてで慣れないけれど、綺麗なドレスを着て、髪にはお姉様の持っているかわいいリボンをつけてもらう。私のテンションはググっと上がった。


「これからお姉様と婚約者様のお茶会にお邪魔するのよね。おいしいお菓子とか出てくるんだろうなぁ。楽しみー」


 着付けをしてくれて、今は私のヘアセット中の姉の侍女に話しかけると、ものすごーく生温かな目を向けられた。返事はなかった。




「今日はティナ嬢も一緒なんだね。久しぶり。素敵なレディになったね」


 姉の婚約者、レオンハルトが私の手の甲を取ってキスをするふりをする。淑女として扱われて私のテンションはさらに上がる。調子に乗って、今までで一番できの良いカーテシーを披露した。


 案内されたお茶会の席には香り高い紅茶とお菓子が用意されていた。お菓子は種類がたくさんあって、どれもすごくおいしそう。私の目にはお菓子がきらきらと輝いて見えた。


 どれから食べようかな、と目移りする。まずは主催者(ホスト)が手を付けてから、招待客(ゲスト)が手を付けるのがマナー。レオンハルトが手を付けないと私が食べられないので、レオンハルトの様子を観察すると、姉のプレシャスと話し始めてしまった。


「……地方の土砂崩れの話は聞いた?」「ええ、主要街道が土砂で埋もれてしまったと聞いているわ」「話が早い。どのような支援がいるか文官たちと話し合っていたんだ。プレシャスの意見も聞きたいと思っている」「あの地方は私の友人の領地なの。今日学園でお会いしたから話を聞いたのだけれど、あの主要街道が使えないと、かなり回り道をしなくてはいけなくなるそうよ。……」


 ……お茶とお菓子を食べる前に深刻な話が始まってしまった。こんな時にお菓子を食べたいと声を上げるのは淑女のマナーに反する。私は二人の会話を難しいと思いながらもまじめな顔で聞いていた。


「……とりあえず土砂を撤去する人員を王都からも送っているが、追加で送る必要がありそうだな」「もしこれから人員を送るなら、地質に詳しいものも同行させられないかしら?」「どういうこと?」「あの街道は今までにも小規模な土砂崩れを起こしていて……」「そうか。今回土砂を撤去できてもまた同じことが起こるかもしれないということだね?」「そう。今後のことも考えると……」「そうなると宰相の承認もいるな……」


 どんどん深刻な話になっていく。姉プレシャスの婚約者、レオンハルトは王太子だし、姉もいずれは王太子妃になり、王妃になる予定だから、会話の内容が必要なことだということはわかる。でも私はお茶会に参加するために来たのだ。目の前にお茶もお菓子もあるのに、まるで会議に参加しているみたい。話の深刻さに比例して、私のテンションはダダ下がっていった。


「……そういう方針なら、もう宰相や議会も交えて緊急会議を開いたほうがいいかもしれないな。スケジュールの確認を頼む」


 そう言ってから、レオンハルトはやっとお茶に手を付けた。お茶が冷めていることで、長い時間会話をしていたことに気が付いたらしい。控えていた侍従にお茶を入れなおすように指示をした。


「プレシャス、ティナ嬢。すまない、お茶が冷めてしまっている。淹れなおしてもらおう」


 ようやくお茶会の始まりなのだけれど、下がったテンションはそうすぐには上がらない。


 温かいお茶が淹れなおされて、二人は私も交えて会話をしようとしてくれたのだけれど、結局また二人で深刻な会話を始めてしまって、私は会話からは置いてけぼりになってしまった。


 まあね、最初の雰囲気からしてこんな風になるんじゃないかなって少しは予測していましたよ。いいなぁお姉様。婚約者と仲が良くて。けれど、お茶会ってもっと楽しくおしゃべりするものじゃないかしら。いつもこんな感じだったら、あんまりずるくないかも。


 せめてお茶とお菓子を楽しもう、と侍女にお菓子をお皿に乗せてもらって食べ始めた。新鮮なフルーツとクリームの乗ったタルトは絶品だった。次はマカロンを……と食べようとするのだけどいつものお茶会よりも食欲がわかない。


 何でだろう、おなかの調子は悪くないのに……と細く締められたおなかを見て気が付いた。


 コルセットがきつくて、あまり食べる気がしないのだ。


 せっかくおいしそうなお菓子がたくさんあるのに! おなかに入らない!


 私のヘアセットをしてくれた侍女の生温かい微笑みを思い出した。こういうことか……。


 結局お茶会はおしゃべりには入れず、お菓子もあまり食べられず、不完全燃焼で終わったのだった。こういうお茶会ならあまりずるくないかも……。


 お茶会の帰りの馬車で姉にごめんね、ちょっと深刻なことが起こっちゃったから早く話し合わないといけなかったの、と謝られた。ここで文句を言っても姉は受け止めてくれそうだけれど、今日はずるい姉のまねっこをする日なのだ。大変なことがあったのですからしかたありません、と姉を真似していい子の返事をした。




 ドレスを着替えてコルセットを外し、一息ついたころにはもうディナーの時間になっていた。ダイニングへ入ると既に姉が来ていた。給仕が「今日のメニューはティナ様のお好きな鶏の香草焼きですよ」と言ったのでテンションが上がった。お茶会ではコルセットのせいであまり食べていないのでおなかがペコペコなのだ。


「ううーん、おいしー」


 皮はパリパリ、肉はジューシー。香草の香りがフワッと口の中に広がる。私は一口一口じっくりかみしめながら食べる。姉を見たらいつものようにお代わりをしていた。


「お姉様、おいしいね」

「そうね。今日はお昼もほとんど食べられなかったから、せめて夜はしっかり食べないとね」


 姉はフォークとナイフの手を止めないでスピーディーに上品に食べている。お姉様はおなかがすいたから、ともう一回おかわりをしていた。……お姉様は好きなメニューだからおかわりをしていたと思っていたんだけれど、違ったのかな?


 姉の方が先に食べ終わった。ゆっくりと食べている私に姉は声をかけてくる。


「ティナ。夜着に着替えたら私の部屋に来てね。お望み通り一緒に夜更かしをしましょう」

「やった! 夜更かし楽しみにしてるね」


 姉は私に生温かい微笑みを向けてからダイニングを去っていった。生温かい微笑みを向けられるのは今日は2回目。……ちょっと嫌な予感がする。


 おいしいディナーを食べて満腹になった私。夜更かしは楽しいものだ、と嫌な予感を振り払い、スキップしながら姉の部屋に向かい、ノックをして中に入った。


 待っていたのは私の家庭教師。


「ティナ様。今日の昼はプレシャス様たちとのお茶会でお勉強ができませんでしたからね。これからお勉強の時間ですよ」


 家庭教師は教本を片手に私を手招きする。手招きをする先は姉の机の隣。私の課題が置かれた机が準備されていた。


「お姉様……?」


 ねえ、夜更かしって楽しくおしゃべりすることじゃないの、という希望を込めて姉に話しかけると、姉は机から顔を上げた。


「ティナ。私は学園の課題をしなければいけないの。お互い早く終わったら一緒にゆっくりする時間が取れるかもしれないわ。頑張って」


 姉はそう言ってまた顔を机に向ける。姉の机には分厚い教科書や辞書が積まれていて、それを開きながら姉は勉強をしているようだ。


 対して私に用意された机にあるのは分厚くない教科書とノート。分量だけ見れば私の方が早く終わるはずだ。……うう、楽しい夜更かしの前に少し頑張るか……。




 気が付いたらベッドに寝ていた。姉の部屋ではない、いつもの自分のベッド。呼び鈴を鳴らすと、私の侍女がすぐに部屋に入ってきてカーテンを開けた。まぶしさに目を細める。


「ティナお嬢さま、おはようございます。まずは顔を洗いましょう」


 侍女はお湯を入れた盥を準備し始めた。


「ねえ、私、お姉様の部屋にいたはずなんだけど……?」

「ティナお嬢さまは昨夜勉強の途中でお眠りになられました。私がこちらのベッドまでお運びしましたよ」


 手際よく準備をしながら侍女が答える。


「夜更かしは……?」


 記憶にない。


「勉強の途中で寝落ちされましたからね。昨日は慣れないお茶会にも参加されましたし、お疲れだったのでしょう。今日もいつもより時間が遅いのですよ」


 窓の外を見ると太陽が高い。もうお昼近いのか。


「ささ、まずは顔を洗って着替えましょうね」


 侍女に促されて緩慢に動きながら昨日の夜のことを思い出す。


 お姉様の夜更かしは私があこがれていた夜更かしじゃなくて、ただ勉強をしていただけだったらしい。お姉様の夜更かし、全然ずるくない。




 ディナーでお姉様と顔を合わせた。


「ティナ、昨日は寝てしまって夜更かしできなくて残念だったわね。また今度別の日に計画してみましょうか?」


 お姉様は今日も上品に食べながら私に声をかけてきた。


「夜更かしして勉強するくらいなら私は早く寝るわ」


 お勉強の夜更かしなんてしたくない。不貞腐れている私の様子が面白いのかお姉様は笑った。


「レオンハルト様とのお茶会は?また再来週に計画されているわ。差し迫ったことがなければ和やかにおしゃべりするようなお茶会になることもあるのよ。たまにだけど。あと、今週末はお父様に一週間の報告をする予定よ。一緒に行けば追い出されないわ。どうする?」


 お父様の執務室に入って追い出されないのはずるいと思っていたけれど、昨日のお茶会みたいに私は蚊帳の外になるだろうことが予想される。全然楽しくない。


「執務室は一緒に行かないわ。お姉様。私、この間の発言を撤回するわ。お姉様は全然ずるくなかったわ」

「あら、そうなの? 私はティナと一緒に過ごせて楽しかったのだけど。また一日一緒に過ごさない?」

「絶対に嫌!」


 私の心からの叫びにお姉様はくすくすと上品に笑ったのだった。


 ……上品に笑えるところだけはやっぱりずるいかもしれない。

ご指摘を頂きまして、姉妹の年齢差を5歳から10歳に変更しました。

姉は17-18歳くらいを想定しています。

歳の離れた子でちょっと甘やかされがち、とお目こぼししていただけると嬉しく存じます。

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― 新着の感想 ―
読者と作者(テンプレ)の都合によって歪められた妹が一人の人間(キャラクター)に戻っていく物語ですね。お見事です。
5歳差・・・ お姉様、学園生ということは15~18歳? だとしたら妹は10~13才。 13才にしては言動が幼(バカ)すぎるから10才ぐらい? 10才でもコレはあかんでしょ。 「ずるいずるい」が可愛く思…
この“ズルい”妹は、ズルいと感じた内容が可愛いですね(* ´艸`) ちょっと考えが足りなかっただけで、素直な良い子。 これは可愛がりたくなる。
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