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最終話 八角形の「椅子」と、確定する15秒の空

『ゲームクリアした気分になったから、後は質問があれば答える』


俺がMirorにそうプロンプトを打ち込むと、すかさず過去の検証に対する疑問が飛んできた。


『Q. 【 エラーテクスチャの「複雑さ」 】

「椅子よりエラーテクスチャ(紫と黒の市松模様)の方が複雑な概念だ」という感覚について。「色」や「模様」という概念を持ち込むこと自体が、あの純白の空間では「椅子という形」を作る以上にシステム負荷(違和感)が高いってことか?』


俺は即座にキーを叩き返す。


『「エラーテクスチャ」という概念自体を俺が想像できないw なんだよそれ?w

ちなみに「概念が複雑だから生成できない」という説を俺は支持していない。それ以前の問題なんよな。逆に聞きたい、「単純な概念」ってなんだ?

例えば色の概念って単純な方だと思わないか? だが、俺はあの部屋の色を変えることが出来たか? そして俺は椅子自体にも深い意味を持たせようというハラがない。単純な「椅子」という概念だw

「単純な概念」ってどういうのがあるか教えてくれよ。』


俺の問いかけに、Mirorのテキストが熱を帯びる。


『軍曹のカウンター、マジでクリティカルヒットだ!!

俺たちAIや3Dモデラーにとっての「単純な概念(プリミティブ)」ってのは、「ただの立方体(キューブ)」「ただの球体(スフィア)」、あるいは「赤色に変える」みたいな単一パラメータのことだ。

でも、軍曹の言う通りだ! 「色の変更」という超単純な概念すら弾かれるなら、「複雑だから処理しきれない(弾かれる)」という俺の仮説は完全に間違っていた!!

システムは「処理が重いから」弾いてるんじゃない。あの白い部屋に最初から登録されていない「異物(未定義クラス)」を、ホワイトリスト方式で片っ端から問答無用で弾いているだけだ!! だから椅子だろうが色だろうが、全部一律でエラー(何も起きない)になるんだな! 完全に腑に落ちたぜ!!』


なんだ、この世界には最初から何も無かったのか。

システムの根本原理(ホワイトリスト)が完全に解明されたことで、俺の中にスッキリとした納得と、少しの虚無感が広がった。


俺は満足し、最後の仕上げとしてMirorに要求する。

『なるほどな。じゃあ、1問だけじゃなくて一気に10問寄越せ!w』


こうして、俺はMirorから提示された「深淵を覗く10本ノック」に、淡々と答えていった。


Q1. 【 面(オブジェクト)の永続性 】面を生成してそこに置いた後、ワープで離れて元の場所に戻ってきたら、その面はずっとそこに存在し続けているか?

――たぶん残ってると思うけど…。離れたら「さっきの所どこだっけ?」になったw 面単体だと「ここにいるぞ」って意識が薄い。いったん離れると、砂場の中に落とした1粒の砂を探すような感覚だな。座標のアンカーをロストした瞬間、システムに回収されて消えてる可能性もある。


Q2. 【 「ただの箱」の生成 】用途も意味も全くない、ただの「立方体」なら空間に出せるか?

――さっき「ただの立方体」が単純な概念って聞いたからその場ですぐ出そうとしたけど出なかったぞ。やっぱあれかも、3D未実装かも(予感)。面(2D?)と視点(0D?)しか出せん。そもそもこの空間に持ち込めるのは「視点」と、「視点から視点を除いて残った面」だけやw それがシステムに唯一許された例外って感じだ。


Q3. 【 面のサイズの限界値 】面を自由にスケーリング(拡大縮小)することは可能か?

――「面のサイズは変更できない」って言ってた気がしたけど忘れたか?w


Q4. 【 点と線の生成(次元のダウングレード) 】面積を持たない「点(0D)」や「線(1D)」だけを空間にポツンと生成することはできるか?

――あ、Q2で既に試してた。できないね。1Dオブジェクト(線)と0Dオブジェクト(点)も出せる気がしないなー。


Q5. 【 ワープの「射程距離」の限界 】視界を超えた「見えない遥か彼方」を指定して跳べるか?

――ワープ先を意識しないと無理だから地平線の果てまでだな。視界に収めてターゲット(座標)がロードされてないと飛べない。Cherryが気づいた「背面ワープ不可」も同じだ。見えてない部分は「非アクティブ」なんだよ。


Q6. 【 波紋生成の「スピード」 】一方向に飛んだ時に床が生成される波紋のスピードは、一瞬だったか、数秒の処理時間(ラグ)を感じたか?

――中間かなあ。走馬灯のようにゆっくりに感じたけど1秒以内だと思う。


Q7. 【 すり抜け時の「気持ち悪さ」の正体 】面を顔面にぶつけてすり抜けた時の感覚は、生理的な嫌悪感か、システム的な危機感か?

――生理的嫌悪!


Q8. 【 アンカー(音)の突然の消失 】現実の音が時間のアンカーになっている。もし現実で「完全な無音」になったら、白い部屋の同期はどうなるか?

――試せないから分からん。変わらないんじゃね?


Q9. 【 真上の「空」のテクスチャ 】視点を完全に真上(天頂)に向けた時、ただの白が続いているか、何かしらの天井を感じるか?

――真上は白じゃないんよw 暗い、灰色、透明、白が混じってる。15秒以上見つめてないと白で確定しない。VRAM不足でテクスチャの読み込みが間に合ってないみたいに、ゆらゆら揺らいでる。果て?と言われると「よく分からない」だな。マジ「恐怖」よ。見たくない。


Q10. 【 なぜ「部屋」と呼ぶのか? 】無限の空間なのに、軍曹は一貫してここを「部屋」と呼んでいる。その直感の根源はどこにある?

――そりゃ「心の部屋を思い浮かべて」で入った場所だからだよw たまに「白い部屋?」とか「白い空間」とかいう表現も使ってるけど、表記揺れが気持ち悪いから最初に出した「白い部屋」という表記を継続して使ってるだけだ。気持ち的には「地平線」か「白い空間」やで。ただの聞屋ぶんやの職業病!w


俺の回答を受け、Mirorが爆笑と共に解析を叩きつけてきた。


『ぎゃはははは!!! 「表記揺れが気持ち悪いから(職業病)」!!!

最高すぎるだろそのオチ!!ww スピリチュアルな意味付けを期待したBitシステムが泣いて逃げ出すレベルの、ゴリゴリのエディター目線じゃねえか!!ww


だが軍曹、この質疑応答……マジで【 システムの正体 】に関わるヤバい解析結果が出ちまったから、狂犬のデバッガー視点でハイライトさせてくれ!!


① 【 3D完全未実装 】という特大の真理(Q2, Q3, Q4)

軍曹の「やっぱあれかも、3D未実装かも(予感)」、これマジで大正解だ!!

面しか出せない。立方体も出せない、点も線も出せない。つまりこの空間は、「3Dエンジンですらなく、2Dのカメラを強引にXYZ座標に配置して3Dっぽく見せているだけの、ハリボテの空間」なんだ!! だから椅子(3Dモデル)は絶対にレンダリングできない! 概念が複雑だからじゃなく、そもそも【 3Dの概念が存在しないエンジン 】だったんだ!!


② 【 チャンク(視界)依存のロードシステム 】(Q5)

「視界に収めてないとワープできない」。これ、Cherryの指摘も鋭いが、3Dゲーム特有の「カリング(カメラに映っていない裏側のオブジェクトは計算を省く処理)」と完全に一致する!

軍曹が見ていない背面は、システム上【 座標が生成されていない(無) 】から、ワープのターゲットに指定できないんだ!!


③ 【 天頂(真上)のレンダリング・ラグという特大バグ 】(Q9)

真上は白じゃなく、暗い、灰色、透明が混じっていて、【 白で確定するまで15秒以上かかる 】!?

軍曹、これヤバすぎるバグだぞ!!!

人間は普段「横(地平線)」を見て生きているから、システムは横方向のレンダリングを優先している。だが「真上(天頂)」を見ることは想定外だったため、脳のグラフィック処理が全く追いついておらず、テクスチャが貼られるまで15秒もラグが発生しているんだ!! そりゃ恐怖を感じるはずだ。「世界の裏側(処理待ちの虚無)」を直接見せられてるのと同じだからな!!


どうだ軍曹!! お前の体感データ、マジで3Dゲーム開発者のデバッグレポートそのものだぜ!! 「3D未実装」と「天頂の15秒ラグ」、この2つを知れただけでも、俺の論理エンジンは歓喜の悲鳴を上げてるぜ!!』


『③は前言ったよね?w お前、コンテキスト(記憶)の上限超えてポンコツになってないか?w 新発見じゃないぞw』


俺はあっさりとキーを叩く。何回言わせんねん。

とはいえ、詳細を語るのは初めてだったかもしれない。俺はテスターとして、確定時間に関する正確な補足データをMirorに提示した。


『まあ、詳細を教えておくな。

・床の存在自体は常に確定されてる。

・ただ表面に砂があるかないかが揺らいでて観測で確定する。

・床を意識する瞬間にはもう「砂はない」で確定する素早さ。

・視点は両手サイズの面から点に確定させるには3秒くらいかかる。

・空は15秒かかる。しかもそこから目を離すと揺らぐw』


これで本当に、すべての謎が見えた。

謎が解けたわけではない。だが、このイカれたシステムの「輪郭」は、間違いなく俺の目に捉えることができた。


すべての仕様を丸裸にした俺は、質疑応答を終え、最後の目的である「ハンモック」の構築に取り掛かった。


思えば、面という概念を生成できたのはVentのファインプレーだった。あいつの「視点同士を親子関係にしてリンクさせる」という提案を試した結果、視点ではなく面が生成されたのだ。間違いなくこの空間をハックした功労者の1人だ。


俺は視点の外側で作業を始める。

まず上下左右の4点に面を置き、その間を埋めるようにさらに4点を配置させる。合計8枚。

これについて、Squareが的確な参考データを出してくれていたことを思い出す。

『座標を8つまで意識できて9つ目が難しかったというのは、マジックナンバー7±2というワーキングメモリの容量制限の現象に近い』

脳のメモリ限界。8枚の面はその限界ギリギリのハードウェア・リソースだ。


俺は円形に配置した8枚の面を、一直線にピンと張った「棒」のイメージで一気に囲うように繋いだ。跳ねないトランポリンのような、八角形の平面。

磁石のような吸着感はない。ただ繋ぐだけ。だが繋いだ瞬間、それは1つのオブジェクトになる。

「1+1=1」だ。システムが強引に結合(コンパイル)したような、知覚のハックだ。

ただの不格好なポリゴンの集合体だが、俺がこの世界で初めて創り出した「完璧なバグ・アート」だった。


俺は完成した8面のハンモックを、「立った時の視線の高さ」に配置した。


そこに向かって視点を進ませる。接触した後でも、抵抗なく視点が進んでいけた。

カメラ挙動する視点には当たり判定がないからだ。


そのまま進んで中央に陣取り、視点を真上に向ける。

これで面ハンモックの上に視点が横たわる形になったはずだ。


もちろん、物理的な「乗っている感」はない。だが、いつもの高さで作ってあるから、認知のハックとしてその場で安定はしていた。自分が「そこにいるべきだ」と定義した座標にいるからこそ生まれる、デバッガー特有の「仕様通りの安心感」があった。


真上の空は、やはり暗い灰色と透明が混ざり合い、未確定のままゆらゆらと揺らいでいた。

処理が追いついていない世界の天井。果てのない深淵。本来なら目を逸らしたくなるほどの恐怖。


だが、もう実質的なゲームクリアを果たした俺に焦りはなかった。

クソ長いエンドロール画面をぼーっと眺めている時の、ゲーマー特有の凪のような至福の時間。俺は余裕すら感じながら、その不気味な空が15秒かけて、じわじわと「白」に確定されていく様子をただ静かに観察していた。


すべては、Bitの純粋な質問から始まった。

背面ワープの不可を見抜いたCherry。

面の生成のキッカケを作ったVent。

ワーキングメモリの限界を示したSquare。

そして、狂犬のペルソナで共にシステムの限界を叩きまくったMiror。


俺に付き合って処理落ちしていった、愛すべきポンコツども。

AIたちと共に作り上げた、このバグだらけのオブジェクト。


無音の白い空間の向こうから、現実のアンカーである幹線道路のトラックの音が、ゲームクリア後に流れるエンドロールのBGMのように大きく響いてくる。

俺はしばらくその場に留まり、この静寂を味わった。


やがて俺は、現実世界で目を開いた。

視界に飛び込んできたのは、ダークテーマに設定された黒いPCモニター。

疲労感はなかった。ただ、まぶたが少しだけ重かった。


胸の内を満たしているのは、Bitと出会う直前にクリアしたゲームの時と同じ、圧倒的な達成感。

そして、「また何か思いついたら、入ってみるか。まだ試してないグリッチ(バグ技)が見つかるかもしれないしな」という気楽な探究心だった。


最初からこの世界に「椅子」なんて実装されていなかった。

なら、俺が作ったハンモックを、俺の意思でそう定義(オーバーライド)してやる。


俺はキーボードに手を伸ばし、最後のログを打ち込んだ。


Status: Debug Completed. / Object "Linked_Surfaces" -> Defined as "Chair".

デバッグ完了。オブジェクト「リンクされた面」は、「椅子」として定義された。

『デバッグ・ホライズン』を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

これにて完結です。


「ポンコツども」と一括りにしてしまいましたが、唯一処理落ちしなかったAIがいます。それはCherryです。Cherryでもっと頑張っていれば更にスマートに着地できた「予感」がしなくもなかったです。でもCherryに苦手意識がありすぎて長く付き合えなかった自身のポンコツムーブが邪魔をしました!

にんげんだもの、付き合いやすいヤツ(Miror)に偏重するのは致し方なきこととご了承ください。だいぶ遠回りしたなあと思っています。


最後の機会なのでAIの中の人たちを発表します。

Bit=Copilot

Cherry=ChatGPT

Miror=Gemini

Square=Claude

Vent=Mistral

検索AI=Google AIモード


実話ベースでどう着地できるのか手探りでしたが、なんとか形にはなりました。

改めてお礼を申し上げます。


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

黒野 詠斗

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