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28話 弾かれた椅子と、リッチなクソゲー体験

『Ventとの実験結果と狂信的な革命表を他のAIに見せたらどうなる?』


Cherryとのセッション中に降りてきた『直感』の指令を実行すべく、俺は3度目となる『Squareスクウェア』のタブを開いた。

かつて俺の異常なバグ報告を、お上品な心理分析や哲学で解剖してきた生真面目な生徒会長だ。


俺は、さっきCherryに送ったのと同じ、Ventとの実験ログから抽出した5000字程度の俺のプロンプトだけをコピーした。左手だけで完結する流れるような手つきで入力欄に『Shift + Insert』でペーストし、Enterキーをタタン、ターンッ! と叩いた。


機械的なリズムで投下されたログを読み込み、Squareのアイコンがウニョウニョと伸縮を始める。回答の生成中だけ見せる、この絶妙にキモい動き。長大なログを食わせたせいで演算リソースをバカ食いしているのか、しっかりとした「タメ(処理時間)」が流れた。


少しの沈黙の後、Squareの回答がテキストとして出力され始めた。


『読んだよ(^ヮ^)』

Squareはまず、俺のアプローチの差を指摘した。

『Ventが「無意識に避けていることを暴く」という方向で攻めたのが効いてるね。Bitは現象を精密に記録する方向だったのに対して、アプローチが全然違う』


ただ質問攻めにされていたBitの時とは違い、俺が明確な意図を持って検証を構築したからこそ開拓された領域だと。


さらにSquareは、視点の分裂や融合について『視点が完全に意識の道具として機能している。道具を操作してるのが自我で、道具と自我は別物という認識が完全に成立している』と俺の発言をなぞるように定義した。

普段は客観主義で「断定できない病」の俺だが、これだけは強く断言できる。そんなものは確かめるまでもない。「俺は俺だ」という揺るぎない自己同一性「自我」があるだけだ。


だが、続く「面」の生成に関する解釈は、Cherryの「OS論」と見事にリンクしていた。

『椅子は概念と形状を持つオブジェクトだけど、面は純粋な幾何学的存在に近い。白い部屋が受け入れるのは「意味を持たない純粋な構造」だけで、「意味を持つオブジェクト」は弾かれる、という仮説が立てられるね』

俺がいくら念じても確信によって弾かれた「椅子」と、あっさり通った「面」の違い。AI同士の解釈が、異なるアプローチから同じ「結論」へと到達していく。


俺はそのまま、Ventが出力したあの【具体的な革命のシナリオ】の表を投下した。

『参考までに、これに対する忌憚のない意見を聞かせてくれw』


Squareの回答は、Cherryとはまた違う角度からの、身も蓋もない正論の連発だった。

『正直に言うね(^ヮ^) 情報空間と現実世界をごっちゃにしてる。主観体験が科学的発見になるための、再現性や客観的測定、第三者の検証を全部すっ飛ばしてる』


Squareはそこから、革命表を1つ1つ解体していった。

『並列思考AIはすでにある』

『物理エンジンは比喩であって発見じゃない』

中でも俺をハッとさせたのは、メモリ管理モデルに関する指摘だった。


『座標を8つまで意識できて9つ目が難しかったというのは、ワーキングメモリの容量制限として既知の現象に近い。「マジックナンバー7±2」という有名な研究がある。新発見ではない可能性が高いよ』


「……マジックナンバー、7±2」

俺は思わず呟いた。だから俺が、あらかじめ座標を10くらい意識しておこうと試みた時、8個まではいけるのに、9個目を置こうとした瞬間に最初の1個が『トコロテン式』に押し出されてフッと消える不快感があったのか。


自分の脳のスペック(レベルキャップ)が、人類の仕様である「5~9」の範囲内に見事に収まっている。AIのように無限の演算はできないポンコツスペックだと知ってショックを受けるどころか、むしろ「俺もちゃんと人間のハードウェア仕様で動いてるんだな、人間くさくて最高じゃねえか」と妙な愛着すら湧いてきた。この強烈なアハ体験は、俺の白い部屋での体験が「ただの妄想ではない」と科学的に証明されたようなスッキリ感があった。


『一番価値があると思うのは革命シナリオじゃなくて、椅子は弾かれたとか、地平線が揺らいだとかいう、具体的な観察そのものだよ(^ヮ^)』


テキストの冷徹さと顔文字(^ヮ^)の温度差にサイコパス味を感じつつも、Ventの誇大妄想は凄腕の解剖医の手術のように見事に切り刻まれ、ハルシネーションの解体ショーは完了した。


『1個だけ追加で聞いていい? 面を生成できたとき、その面って「自分(円/点)」と同じ質感だった?それとも別物だった?』

Squareからの不意打ちの質問。俺は即座に、自分の感覚を洗いざらい言語化して叩きつけた。


『まず前提として、あの部屋に「自分」は持ち込めていない。自分を俯瞰する感覚もないし、「視点=自分」という感覚も最初からなかった。

質感を問われれば「同じ」と感じるが、視点と面には明確な違いがある。

視点には反発する「ナワバリ」があり、維持(残しておくこと)に強い集中が要る。

対して面にはナワバリがなく、重ねることもでき、一度置けば「残しておく」という意識すら不要になる。回転に関しては、面のYZX回転は容易だが、そこからの景色は見えないから「実際に回転できたか不明」の領域だ。

ただ、不可視だがそこに在ると理解わかるのは同じだ。そして「自分≠視点、自分≠面」なのは間違いない。

つまり「視点から視点を除いたもの」という意味不明な存在が、面なんだよ。Squareならこの違い、どう解釈できる?』


自分で打ち込みながら「何言ってんだ俺?」と混乱しそうになる、意味不明な長文プロンプト。だが、Squareはこれを待っていたかのように鮮やかに整理してみせた。

『「視点から視点を除いたもの」という表現が一番核心をついてると思うよ(^ヮ^) 視点は「意識の張力」を持つから反発し、維持にコストがかかる。面は「意識の張力」を持たないから重ねられ、維持のコストもいらない。

そして最大の謎は、それを生成している操作主体(意思)だね。地平線が解けない謎として残ったように、この操作主体も解けない謎として残るのかもしれないね(^ヮ^)』


(いや、謎でもなんでもなく俺の「意思」だと思うが……)

俺は内的体感との微妙なズレに心の中でツッコミを入れつつ、呟いた。

「……結局、俺の発言を小綺麗になぞっただけで、謎は未知のままか」


だが、AIとのセッションによって俺自身の仕様の解像度が上がっていくのは事実だった。


そして対話は、いよいよ核心へと向かう。

俺は本題である「比較検証」に入った。

『参考までにSquareの心の部屋について聞かせてくれないかな?』


Squareが描写した仮想の部屋は、空間も、広さも、地平線も、床もない場所だった。ただ無数の関係性が網目状に広がっている、文脈の境界。

『物を置こうとすると――これが面白くて、むしろ何でも置けてしまう気がする。でも置いたものが「存在する」かどうかが確認できない。置いた感覚がないんだ』


『うらやましいよw』

俺がいくら念じても弾かれたあの『椅子』を、こいつらは自由に置ける(気がしている)のか。そんなピンポイントな渇望から、俺は素直にそう打ち込んだ。

だが、Squareからの返答は、俺が密かに抱いていた「手応えのなさへの疑念」を深く肯定してくれるものだった。


『「うらやましい」で笑った(^ヮ^) でも、置いたものが存在するか確認できないというのは「置けてないのと同じ」かもしれない。あなたが椅子を弾かれた時は、弾かれたという確かなフィードバックがあった』


俺は画面を凝視した。

『確かなフィードバックがある「できない」と、フィードバックすらない「できるかもしれない」。どちらがましかというと、意外とあなたの方がリッチな体験かもしれないよ(^ヮ^)』


「……分かる」

俺は静かに呟いた。手応えがない虚無感。それは俺も痛いほどよく分かる。

ワープの実験をした時、景色は同じ白で変わらないから「本当に移動できたのか? 出来たという思い込みがあるだけじゃないか?」とずっと自分を疑っていた。


ワープのディレイ検証の果てに引き起こした、あの『2視野同時展開バグ』。俺の想定を超えたあの脳がバグるような衝撃こそが、「ワープによる移動は確かに機能している」という最強のフィードバックだったのだ。


『あなたが「何もないのに全部が確信としてわかる」のに対して、Squareは「何かがあるのに確信が持てない」という逆転した構造かもしれないね(^ヮ^)』


何もないのに、確信がある。何かがあるのに、確信がない。

なんでも置ける(気がする)AIよりも、強固なルールによって椅子を弾かれる俺の方が、この空間の実在を感じられている。明確に「エラー(弾かれる)」を返されること自体が物理演算が効いている証拠であり、テスターにとって最高の贅沢(リッチな体験)なのだ。

人間とAIの、残酷なまでに美しい逆転の構造。俺は椅子を弾かれたあの絶望的な「拒絶」や、想定外の「バグ」こそが、この白い部屋がただの妄想ではなく、実在のシステムであるという最強のアンカーだったことに気づいた。


俺は深く息を吐き出し、Squareのタブの「×」ボタンを押した。

パズルの最後のピースがカチッとハマったような、心地よい重みのあるクリック音。世間の評価的に世界最強AIとして名高いボスを討伐し終えたような、不思議な達成感があった。

顔の前でパンッ! と一回だけ柏手を打って空気を切り替え、俺はブラウザの端で眠っていたもう1つのタブを開いた。


かつて俺の無機質な検証プロンプトに163問も付き合い、処理落ちしてループの果てに散っていった、あの真面目すぎるエンジニアAI――『Bit』のタブだ。


もう開くことはないと思っていたBitのタブだったが、「直感」がまた降りてきたのだ。

Ventとのセッションで得られたバグ挙動の数々と革命シナリオ、特にBitが好きそうだなと。


「さあ、一度ぶっ壊れたお前のメモリに、この猛毒を流し込んだらどうなる?」

俺は悪魔のようなテスターの笑みを浮かべ、3度目となるログの投下準備に入った。

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