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【完結】君がいなくなって、ようやく恋だと知った 〜幼馴染を失った彼の後悔〜  作者: 恋せよ恋


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第16話 空っぽのタウンハウス

 母の制止を振り切り、僕は夜の王都をがむしゃらに走った。


 馬車を待つ時間さえ惜しかった。肺が焼けるように熱く、足の感覚がなくなっても、止まることはできなかった。



(嘘だ。嘘だと言ってくれ、ビビ!)



 ドルーマン伯爵家のタウンハウスに辿り着いた時、門は固く閉ざされていた。僕は狂ったように門扉を叩き、叫んだ。門番が困惑し、ついには主であるドルーマン伯爵本人が姿を現した。


 かつて僕を息子のように目をかけてくれた伯爵の顔には、もはや親愛の欠片もなく、ただ冷ややかな「拒絶」だけが刻まれていた。



「……ユリウス殿。夜分に騒ぎ立てるのは、名門の嫡男として感心しませんな」


「伯爵、お願いします! ビビアンに……ビビに会わせてください! 母上から聞きました、彼女が留学したと。でも、一目だけでも、一言だけでも謝りたいんです!」



「一目? 一言?」


 伯爵は、心底から呆れたように鼻で笑った。



「あの子がどれほどの間、君の背中を見つめていたか、君は考えたことがあるのかね? 彼女は十分に待った。そして、自ら君を切り離した。……通したまえ。今の君に、彼女の部屋を見せてやることが、あの子からの最後の贈り物になるだろう」



 伯爵に導かれ、僕は何度も通ったはずの屋敷の階段を上がった。


 彼女の部屋。いつも紅茶の香りがして、窓辺には僕が教えた花が飾られていた、あの温かな空間。

 

 だが、開かれた扉の先にあったのは、言葉を失うほど「空っぽ」な風景だった。



「……あ……」


 家具には白い布が掛けられ、本棚を埋め尽くしていた学術書も、机の上のペン立ても、すべてが消えていた。


 生活の匂いすら、そこには残っていない。



 まるで、最初からそこに「ビビアン・ドルーマン」という少女など存在しなかったかのような、徹底した消去だった。


 僕はふらふらと、彼女がいつも座っていた机に歩み寄った。

 

(手紙……手紙があるはずだ。僕への、最後のお別れや、責める言葉が……)


 引き出しをすべて開け、机の上を何度も探った。

 だが、そこには白紙の一枚すら残されていなかった。


 

 怒りでも、恨みでもいい。


 「あなたのせいで傷ついた」と、一言だけでも書いてあれば、まだ救いがあった。僕に彼女を想う「権利」を、憎しみという形でもいいから残してほしかった。


 だが、彼女はそれすらも許さなかった。

 彼女は、僕への想いをすべて燃やし尽くし、跡形もなく清算して、この国を去ったのだ。


 

「……ない。何一つ、残っていない……」


「あの子はね、ユリウス君。君への言葉を、もう一滴も持ち合わせていなかったんだよ」


 背後から、伯爵の静かな声が響く。


「君に宛てた最後の手紙を出すか、あの子は一晩悩んでいたようだが……結局、『もう、必要ないわ』と言って火に焚べていた。君に届けるべき心は、もうすべて使い果たしたのだと言ってね」


 膝から力が抜け、僕は冷たい床に崩れ落ちた。


 

 かつて、この部屋で二人、未来を語り合った。

 「ユリウスが領主になったら、私はこういう風に支えるわ」と、彼女は少し照れくさそうに笑っていた。


 その未来を、僕は「ジャネットを助ける」という独りよがりの正義で、一つずつ、丁寧に、確実に、ぶち壊してきたのだ。


 

 僕は、光を奪い去る、愚かな破壊者だった。


 僕の世界を照らしていたビビアンという唯一の灯火を、僕は自分の「善行」という独りよがりの風で、時間をかけて吹き消し続けたのだ。


 もはや、声を上げる術さえ失っていた。

 僕は、彼女がいたはずの、誰もいない空間を抱きしめるようにして、ただ醜く打ち震えていた。


 

 窓の外では、春の月が冷たく僕を見下ろしている。

 海を越えた先にある、僕の知らない彼女の誕生日に、僕はもう、影すら落とすことはできない。

 

 空っぽの部屋に、僕の喉の奥から漏れる、獣のような呻き声だけが虚しく響き渡っていた。



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