008 疑念
自宅に戻って今日の会話を思い返し、頭を整理していた。
何度思い出しても動悸は早くなり、血の気が引く思いだ。
「答えて」と、須藤は真剣な顔で言った。
だが、その直後に部署に戻ってきた同僚によって、会話は打ち切られた。
唖然とする相馬を蚊帳の外に、須藤は愛想良く同僚といくつか会話を交わし、「お疲れさまでしたー」と部屋を出て行った。
部屋を出る一瞬、歩みを止めずに相馬の顔を横目で見ていたが、声をかけることもできず、ただただその姿を見送った。
明らかに心ここにあらずの様子の相馬を、同僚は奇妙なものを見るような目で見ていたが、ただならぬものを感じたのか声はかけてこなかった。
もはや、仕事どころではない。
帰宅し、ソファに倒れ込むように横になり、小さく呟いた言葉は、誰に届くでもなく部屋の空気に吸い込まれていく。
「お城・・・砂利道」
(あいつも明晰夢を見てるってことか? なんで俺の夢の内容を知っている? 心を読むエスパーか、俺の夢の中に入れる特殊能力? それこそ、ゲーム脳の馬鹿げた考えだ)
何度も同じようなことを考え、どれくらいの時間が経っただろうか。用も無いがなんとなく手に持ったままになっていたスマホが、短く振動する。
思考を中断され思わず舌打ちが出たが、スマホに来る連絡のほとんどは仕事関係なので、確認しないわけにもいかない。
画面を見て、目を丸くする。
画面に表示されているのは、メッセージの受信を知らせる通知。
表示されている名前は、須藤玲奈。
驚いて思わず上半身を起こし、スマホを両手で持つ。
恐る恐るメッセージを表示させるとー
『今日は変な感じになってごめんね。また後で、ちゃんと話そう』
既読をつけてしまったことを後悔した。
今日の話とは関係の無い内容だったら、どんなに救われたことか。だが、そうはならなかった。
今日あったことは、できることなら目を逸らしてしまいたい現実だったが、どうやら須藤は見逃してくれないらしい。
(あいつは、なんでこんなグイグイ来れるんだよ)
今、自分たちの身に起きてることは、紛れもなく異常なことのはずだ。
夢の中で会っているにしても、記憶を読まれているにしても、常識では考えられない何かに直面してしまっている。
なんと返信したものかと考え込んで、数分経ってしまった。
きっと、既読になっていることには気付いているだろう。
昨日まで気心知れた同期であったはずの彼女のことが、今は何一つとして理解できない。
いくら考えてもこの状況を打破できる気はしなかったので、何も考えずに返事することにした。
『分かった。またあとで』
すぐに既読が付いたが、返事はなかった。
いつもの彼女なら、最後はお気に入りのゆるいクマのキャラクターのスタンプを送って来る。
相馬はそれが、会話の終わりの合図だと思っていた。
(返信のしようもない内容にも、毎度スタンプを送ってくるマメなやつのはずなのにな)
疑心暗鬼になっている。分からないということは、こんなにも怖いことなのか。
食事をしても、シャワーを浴びても、頭からは須藤との会話が離れなかった。
明かりを消し、ベッドに横になるが、とても眠る気分にはなれない。
夢の中での自由を手に入れてから、初めて「夢を見るのが怖い」と思った。
とはいえ、明日も仕事で運転もする。一睡もしないというわけにはいかない。
夢を見ないこと。夢に知り合いが現れないこと。
それを祈り、静かに目を閉じた。




